第32話 ダンジョン探索

『ええと、つまり。この錠前のロックを外すと、言語理解能力が上昇する、ってこと?』


 ナターシャがスライムに問いかけた。

 スライムはロシア語を覚えたようで、ナターシャの質問にわかる範囲で答えている。


『わ、わけがわかんない。こんなの、上にどうやって報告すればいいのよ……』


 いやまあダンジョンとかいう非科学的なことが起こってるのに科学的思考で理解しようとしているのをやめなよ。

 実数平面で虚数解を求めようとしてるようなものだよそれ。


『とりあえず、その錠前は桃井さんが持ってて。多分、一番効果があると思うから』

「うん! あ! そうだ! ねね、スライムさん。この鍵って、しばらく効果が続くけど、効果が切れるとしばらく使えないんだよね?」


 スライムは茜の問いかけを肯定で返した。

 まあ、こいつも、地球に送られたはいいけど塔の召喚装置に呼び出されてあの空間にいただけらしいから、経験則以上のことは言えないんだと思う。


「ねね、だったらさ、灰咲くん。今日の探索が終わったら、ルナさんの言葉を教えてくれない?」

「ん? えーと、それは?」


 え、探索が終わった後俺に時間割いてくれるって話ですか? え、いいんですか?


「あ、忙しかったかな?」

「や! 全然そんなことないです! 俺でよければ」

「本当!? ありがとう!」


 あ、役得。

 ありがとう言語理解スキル。

 お前がここまで役に立つ存在に成長するだなんて、初めて出会った時は思いもしなかったぜ。

 これからもよろしくな。


『ちょ、ちょっと、ズルい――じゃなくて、それだったら私も参加するのが筋ってもんでしょ!』

『え、なんで?』

『私の反応薄くない!? 一緒にダンジョンに潜る仲間だからよ! いざというときに連携が取れないと困るでしょ!?』


 うーん。

 それはまあ、そうなんだけど。

 果たして一般人の域を出ないナターシャと、俺やルナが迅速に連携を取らなければならない場面がどれくらいあるだろうか。


『あ、じゃあ俺が桃井さんに教える。ナターシャはルナに教わる。これでどうだ?』

『良くないわよ!』


 えー、わがままだな。


『マスター! 私もマスターと一緒に遊ぶー!』

『ルナ、話聞いてた?』


 勉強だって言ってるじゃん。

 勉強遊びじゃねえから。


『ルナさんナイス……っ、ほ、ほら! ルナさんもこう言ってることだし、4人で勉強会をするってのはどうかしら? し、仕方なくなんだからね!』

『言い訳が、苦しい』

『うっさい!』


 どうしてこう、ナターシャは頭がいいのに本心を隠すのがこんなに下手なんだろう。


 あー、でもあれか。

 字が汚い人って頭の回転に手が追い付いていないから、みたいな話もあったし、ナターシャの喋りが下手なのもそれと同じ原理なのかも。

 いやわからんけどね。


「わあ! なんだかとっても楽しいことになりそう! ね! スラ太郎!」

「名前まで付けてる……」


 自由か。


 その後も、そんな感じで、やいのやいの騒ぎながら俺たちはダンジョン探索を進めた。

 今日の進捗は5層の入り口まで。

 それ以上の探索は打ち止めにして、一度帰宅することになった。


(ずいぶんとまあ、賑やかになったよな)


 ――なんで生きてんだろう。


 そんな疑問に、悩んだ時もあった。


(こんな毎日を、諦めきれなかったんだな)


 今となっては、言えるのは一つ。

 あの時死ななくて、よかったってこと。


「おーい! 灰咲くん! 早く早くー!」

「おう! 今行く!」

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