第6話 課長のざまぁと俺のモテ度

「俺、会社辞めます」


 言葉にしてみると、すうっと、溜飲が下がっていくのがわかった。


 頭の冷静な部分は「これからどうするんだ」と警鐘を鳴らしているけれど、知らん。

 逆に、こんな会社に居続けて、それこそ「これからどうするんだ」って話だ。


 明日のことは明日考えればいい。

 その代わり、今は今日のことを考えるんだ。


「ふ、ふざ――」

「ええ!? だ、ダメだよう! あたし、まだ灰咲くんとお友達にもなってないよ!?」


 えと、桃井、さん?

 どうしてそこで割り込むんです?


「そうだそうだー! 一緒に食事に行くって言ったじゃん!」

「いや、俺は言ってない」

「は、灰咲くん……、私たちのこと、嫌い?」

「……いや、嫌いじゃないけど」

「はいはーい! 私、名案思いついちゃった!」


 ここまで来て怪しむなって言われる方が難しいわけで、どうせ続くのはろくでもない言葉なんだろうなって思った。

 案の定、背の高い彼女が口元にニヤリと笑みを浮かべる。


「逆に、私たち全員でやめちゃお! ね?」

「え?」


 斜め上かつ想像よりはるかに巨大な爆弾発言した? したよね? ちょっと待てや!

 俺がやめるのは順当な流れだよ?

 でもそっから先の流れおかしいだろうが!


「わあ! それとってもいい考えかもっ!」

「でしょでしょ?」

「前々から転職考えてたし、いい機会かも」

「わ、私もっ!」

「いひひ! みんなノリいいね!」


 俺みたいなコミュ障が割り込む隙も無く進んでいく会話。課長の顔がどんどん青ざめていく。


「待ちなさい! そこのボンクラはともかく、君たちにまでやめられたら会社は――」

「それ! その言動だよっ! あたしがこの会社辞めたい理由!」

「な、何を言っている! これは灰咲くんの成長を思って」

「えー、でも灰咲さん体調崩したじゃないですか。明らかにやりすぎじゃないです?」

「そ、それは灰咲が心身ともに未熟だからで……」

「は、灰咲さんは一生懸命頑張ってます! 心身が弱っているなら、原因は外的な部分にあると思います!」

「私のせいだと言いたいのか!」

「はいはーい! ぴんぽんぴんぽーん! 大正解でーす!」


 目の前で起きていることが、理解できなかった。

 最大の脅威だと思っていた課長が滅多打ちにされている。


「ふ、ふざけるな! そんな身勝手な理由で退職届が受理されるわけないだろう!」

「じゃじゃーん。課長は知らないみたいだけど、退職代行サービスってのがあるんだよね。法的に会社側が退職を断るって不可能だし」


 退職を提案した女性社員が、スマホでとあるページを開いて周囲に見せつけた。準備がいいんだけど、もしかして本当に退職するつもりだったのか?


「よーし! じゃあみんなでお祝いだー!」

「ま、待ちなさい!」

「いえーい! ほら、灰咲くんも!」

「え、え?」


 退職代行サービスはその日のうちに対応してくれて、晴れて俺たちの退職が決まった。

 民法で退職は2週間前に申請しないといけないって聞いてたけど、ブラックな面が浮上するのを恐れた会社はその日のうちに俺たちの退職届を受理した。


 退職って、意外とすんなりいくんだな。

 手続きを煩わしいと思ってたのが、馬鹿みたいだ。



「灰咲くん食べてる!? しっかり食べなきゃダメだよ!?」


 そんな感じで、退職祝いにご飯を食べることになった。女性たちの中に一人男子。正直、気が気でならない。


「えと、皆さん、ありがとうございました」

「ん? 退職のこと? いいっていいって、どうせ私たちもそのうち辞めるつもりだったし」

「や、それもなんですけど、俺の味方についてもらえた時、すげー心強くて、あったかい気持ちになって」


 言葉はうまく出てこなかった。

 伝えたい気持ちはいっぱいあったはずなのに、どうやっても思いの丈を形にできる言葉は見つからず、そのことが無性に歯がゆい。


「あははー。なんだろうね。今日の灰咲さん、妙にかっこよく見えるっていうか」

「う、うん! 一緒にいたいって気持ちになる、って言えばいいのかな?」

「わかるわかるー! 昨日まで気づかなかったのが不思議なくらいかっこいいよね! ねね、なにか特別なことしたの?」

「いや、特に何も――」


 ふと、思い出す。

 

(昨日のステータス画面。てっきり幻覚だと思ってたけど、もしかして)


 寝覚めがよかったのは生命力VITが上がったから? 桃井さんたちから声をかけてもらえたのは魅力CHAが上がったから?


「あー! やっぱり何かあるんだー!」

「ごめん、ちょっとお手洗い」

「へー、秘密ってわけだ。わかるよ、そっちの方がカッコいいもんね!」


 ごめんその理論はよくわからない。

 俺が席を外した理由は別にある。


(この錠前を開いた先の不思議な空間で起きたこと、あれは全部本当のことだったのか?)


 カバンに入れたままにしてあった、不思議な錠前を取り出して握りしめる。

 側面には変わらずスイッチがある。

 これを押せば、もう一度あの空間に飛ばされるのだろうか。


(せめて昨日スライムから獲得した宝石があれば現実の出来事だって考えれるのに)


 と、考えた時だった。


――――――――――――――――――――

換金メニュー

――――――――――――――――――――

ルビージュエリーのルビー:10万円

サファイアジュエリーのサファイア:10万円

エメラルドジュエリーのエメラルド:10万円

アメジストジュエリーのアメジスト:10万円

トパーズジュエリーのトパーズ:10万円

――――――――――――――――――――


「は?」


 握った錠前からウィンドウが飛び出した。

 昨日スライムがドロップしたアイテムと、その価格の対応表が表示されている。


「じゃあ、ルビージュエリーのルビーで」


――――――――――――――――――――

ルビージュエリーのルビーを換金します

よろしいですか?

――――――――――――――――――――

【はい】【いいえ】

――――――――――――――――――――


 はいをタップ。

 次の瞬間、錠前から1万円札が10枚あふれ出た。


「……は、はは。まじかよ。スライム一匹倒すだけで10万円手に入る簡単なお仕事ってか?」

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