第2話 順調と挫折
「破滅を回避するなら、やっぱり強さよね」
最悪、物理能力さえあれば、くいっぱぐれる事はない。
貴族令嬢として生まれた私だが、護身の術は習っている。
だから、その技を極めていこうと思った。
「とりあえずそこらへんの暴漢くらいは楽勝で退治できるようにならないと」
考えたくはないが破滅した後、平民として暮らしていく事もありえる。
その時までに、自分の身は自分で守れるようにならなければ。
でもやりすぎてしまったらしい。
私は運命を変えるために強くなることを決意したのだが。
剣の腕を磨いて、師匠を呼んで、とにかく特訓していたら。
その腕はやがて、英雄と呼ばれるまでになっていたのだ。
「そなたに英雄の立場を与えよう。これから国の為に尽くしてくれ」
あれ?
どうしてこうなったの?
時は流れに流れて、私はどんどん英雄としての立場を強くしていった。
こうなったら、なるようになれ、と頑張りすぎたせいだ。
「英雄様、なんてお強いんだ」
「英雄様がいれば怖くない」
「さすが英雄様だ」
皆は私を口々に褒めたたえる。
ヒロインや攻略対象もそうだ。
結構順調だった。
向かう所敵なしじゃない?
なんてそう思って、天狗鼻。
その時の私は調子に乗っていた。
後から思えば、思えばいい気になっていたのだ。
原作でひどい目にあうはずだったヒロインや攻略対象まで助ける事ができたから、調子に乗っていた。
魔物の襲撃で村を亡くしてしまうヒロインを助けたり、怪我を負うはずだった攻略対象を助けたり。
そんなだから、
自分の短所も分からずにきてしまったのだ。
私は強さを追い求めるばかり、内面の修行をおろそかにしていた。
そのつけを払うのは、もう間もなくのことだ。
どうして、罰を払うのは私ではなかったのだろう。
どうせなら、自業自得であればよかったのに。
でもそうではなかった。
「英雄様さまが無事でよかった」
私が率いる部隊で初めて犠牲者が出た。
その人は、私が調子に乗って戦っていたのを、よく気にかけてくれる副官だった。
いつも「細かいわよ」「何とかなるわよ」って言い返していたけど、その言葉のありがたみを後から知る事になるなんて。
私は英雄と呼ばれるほど、強くなった。
犯罪者を難なくとらえられるようになったし、貴族の護衛だって簡単にこなせるようになった。
でも、私の心は弱いままだったらしい。
死の危険にさらされた時、硬直してしまったのだ。
死にたくない、そう思ったら頭が真っ白になってしまった。
かばってくれた人を死なせてしまってから、初めて自分の弱点に気が付いた。
失敗続きで、まったく何もうまくいかない。
今までできていた事ができなくなった。
その原因は分かっている。
「やっぱり私なんかじゃ、無理だったんだわ。こうなる運命だったのよ」
だから、原作通り、ヒロインに全て任せて舞台からおりよう。
悪訳なんかに出来る事などないのだ。
その時は、心の底から、そう思っていた。
私は所詮悪役令嬢なのだから。物語を動かす偉大な人間ではないのだから。
努力をしても無駄なのだとあらかじめ決められていたのだ。
特別な才能のある登場人物達とは違う。
ハリボテの私などには。
けれど、そんな私を周りの人間は放っておいてはくれないようだった。
「もう一度立ち上がってください。みんな待っています」
戦いをやめて、数日。
落ち込んでいたら、ヒロインに励まされた。
「君の足らないと事は仲間が補おう。無防備になった背中は仲間が守ろう。それで完璧じゃないか。元から完璧な人間なんていやしない」
攻略対象にもだ。
私に期待しているらしい。
こちらの舞台に戻って来いだなんて、今さら私に何を期待するのだろう。
これ以上私が頑張っても、犠牲を増やすだけだ。
今までうまくいっていたのは、たまたま運が良かっただけ。
だって私は、ずっとこんな日が来ることを心の底で予感して、怖がっていた。
そんな臆病な娘なのだから。
かつて、悲劇に遭うはずだったヒロインを助けた。
かつて、怪我に悩まされるはずだった攻略対象を助けた。
それが何だというの?
彼らはその時に私が言った言葉を、繰り返した。
「立ち上がれない人はいないって、そう言ったのは誰ですか?」
「強くなれない人間なんていない、そう言って来たのは誰だ?」
戦えない私なのに、彼らはそれでも私を信じ続けている。
「きっといつか立ち上がってくれる」
「きっとまた強く導いてくれる」
「その時支えられるように、やるべき事をやっておかなくちゃ」
「その時背中を守ってやれるように、鍛えておかないとな」
だとしたら私は……。
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