第5話 ナベちゃんとカエルム
身なりを整えたカエルムには、朝食の準備を手伝ってもらうことにした。
手伝ってもらうと言っても、朝食なのでそんな手間をかける物もないので、野菜を切ったり千切ったりするくらいだ。
とりあえず、ローブの上からエプロンを着せてみたら、それも様になっているのでイケメンズルイ。
「それじゃあキュウリとトマト切ってもらおうかな、刃物は使えるよね?」
「あぁ、子供の頃から剣術を学んでいたから問題ない。この短剣は初めてみる形だな? これでこのキュウリとトマトを切ればいいのだな?」
カエルムがまな板の前で、渡された包丁を観察するように見て、包丁を大きく振り上げたので、思わず止めに入った。
「待った!! そんなに勢いを付けなくて切れるから!」
「そうなのか? こんなに小さい刃物なのに?すまない、厨房に入るのは初めてなので、加減がよくわからなかった」
「料理はしたことないの?」
「学園の野外訓練で、保存食を水で戻したり、肉を焼いたことくらいならある」
それは、ほぼ料理をしたことないということでは!?
「野菜はだいたいは、勢いつけなくてもだいたいの物は切れるからね。むしろ勢いつけたら危ないからね。食材を抑えてる方の手の指は、こうやって指先を丸めると指を切らないからね」
「なるほど、やってみる」
包丁の使い方を実演しながら教えると、最初はぎこちない手つきだったが、刃物の扱いには慣れているらしく、すぐにトントンとテンポよく野菜を捌けるようになった。
カエルムには、サラダの野菜を切ってもらうのと、スクランブルエッグ用の卵と牛乳を、かき混ぜる作業をやってもらった。
「厨房というのは、こんな仕組みになっているのか」
焜炉の魔道具に点火して、フライパンでスクランブルエッグを焼いていると、カエルムが興味深そうに覗き込んで来た。
うちのキッチンは、私の前世の記憶を元に作った物なので、今世のよそ様のキッチンがどんなになってるかは知らない。でも魔石を利用した魔道具がある世界だから、多少の違いはあれど、よそ様の台所もきっと魔道具で快適な環境なんじゃないかな?
「なるほど、炎の魔石でこの部分だけ熱くなるのか……ここが火力調整部分で……"式"はどこに描いてあるんだ? ん? こっちは水の魔石で水が出るようになってるのか……炎の魔石も付いているという事は、湯もでるのか? 生活用の魔道具をじっくり見るのは始めてだ、厨房という物はこんな風になっていたのか」
カエルムはブツブツと独り言を呟きながら、キッチンを物色している。
「そろそろ出来るから、席について頂戴」
「あぁ、初めて見る物でつい夢中になってしまった。ん? 三人分あるように見えるが、他に誰か一緒に住んでいたのか? いや、そうだよな? 普通に考えて、女性が森の中で一人暮らしなんてしてるわけがないな。一人暮らしなら男女二人っきりで一つ屋根の下って事だし……」
そういえば、カエルムはほとんど部屋で寝てたので、ナベリウスとはまだ会ってなかった。最後の方は独り言風味にボソボソしてて、何言ってるかよく聞き取れなかった。
「一人で住んでるけど、ご飯の時はお友達が来るの」
「一人暮らしなのか? 森の中に? ここは魔の森の中だよな?」
「うん、子供の頃からだから慣れちゃった。ずっと一人ってわけじゃないよ、五年くらい前までは、一緒に住んで人いたから。今は一人暮らしだけど、毎日友達がご飯食べに来てるの」
「という事は、その友達がいない時は、この家には俺達しかいないのか?」
「そうよ? それがどうかしたの?」
「いや、やましい事をするつもりはないが、夜寝る時は必ず部屋に鍵をかけてくれ」
「カエルムの部屋に?」
「いや、リアの部屋だ」
「何で? この家は魔物避けの柵もしてあるし、結界貼ってあるから魔物は入ってこないわよ?」
「うん、魔物は入って来れないかもしれないけど、うん、とにかく、俺がここで世話になってる間は、寝る時は部屋に鍵かけておいて欲しいんだ」
「??? よくわからないけど、わかったわ」
部屋に鍵は付いてるけど、オウルと暮らしてる時も部屋に鍵なんて掛けた事はないし、今まで保護した人にもそんな事言われた事はなかった。どうしたのかしら?
テーブルに料理を並べ終わる頃に、窓ガラスをコツコツと叩く音がしたので、窓の方を見ると、窓の外に見慣れたカラスの姿があった。
「カラス? 友達というのはカラスのことか?」
カエルムもナベリウスの姿に気付き、首を傾げた。
「ええ、そうよ。おはよう、ナベちゃん」
「うむ、おはよう。今日は"すくらんぶるえっぐ"というやつか、いいぞ、我はそのふわふわした卵は好きだ」
窓を開けると、ちょんちょんと跳ねならナベリウスが室内に入って来て、いつもの席に着く。
「なっ!? カラスが喋った!? 魔物か!?」
カエルムがギョッとした顔で、ナベリウスの動きを視線で追う。
「我はカラスでも魔物でもないわ。我はナベリウス、高位の幻獣である敬え」
偉そうに胸を張るカラス、無駄にかわいい。
「幻獣? 幻獣が人間の前に姿を現すだと?」
「ナベちゃんは幻獣だけど、お友達なのよ。カエルムを森からここまで運んでくれたのも、ナベちゃんなの」
「ほう、森で死にかけてた小僧か。我がお前の命の恩人ぞ? 感謝して敬ってよいぞ」
「その大きさのカラスが?」
「だから我はカラスではない。我は幻獣ゆえに、姿など好きに変える事ができる」
ナベリウスがバッと翼を広げた。
「はいはい、食事の前だからね、羽バサバサはやめてね。あと家の中で大きくなるのもやめてね?」
「む、そんな事はしないぞ」
「カエルムは怪我が良くなるまで、うちにいる予定だから、仲良くしてね?」
話しながら、デザートの野イチゴを盛った皿を、テーブルに並べた。いつもの朝食は、あまりデザートは付けないのだが、今日はカエルムがいるので特別にデザート付きだ。
「む、野イチゴか? ミルクとハチミツを混ぜたやつを掛けてほしい」
「はいはい」
ナベリウスは肉や卵が好きだが、甘い物も大好きだ。
「我はナベリウスだ、改めてよろしくたのむぞ」
「……カエルムだ、しばらくの間よろしくたのむ」
カエルムは少し戸惑った感じだったが、ナベリウスとはうまくやってくれそうだ。
「ところで小僧、お主の魔力、光属性が強いのか?」
「そんなこともわかるのか?」
「上位の幻獣の我なら、そのようなことわかって当然だ。なかなか、よい魔力を持っておる。どうだ? 何か困っている事はないか? 申してみよ? 我が願いを聞いて……」
「ナベリウス!」
ナベリウスの不穏な発言が聞こえたので、即座に会話を遮った。
「ナベちゃん? 取引持ち掛ける時はちゃんと前提条件を説明しないとダメでしょ?」
「ぬ? 余計な事を……」
「何か言った?」
「いや……」
もごもごと言い淀んで、朝食に嘴を付け始めるナベリウスと、首をかしげるカエルム。
ナベリウスが助けた人に、いきなり"取引"を持ち掛けたのは初めてだったので、慌ててしまった。今までそんな事はなかったのに。
「ナベちゃんに何かお願いをすると、必ず代償を払わないといけないから、気を付けてね? どんな小さなお願いでもよ?」
状況がつかめてないカエルムに、ナベリウスについて説明する。
「お願い事?」
「そう、ナベちゃんにお願いすると、ナベちゃんの力で可能な事は叶えてくれるけど、それには代償が必要なの。願いの大きさに応じて代償も大きくなるわ。何を代償とするかはナベちゃんの匙加減だし、こっちから先に代償を出したら、それの範囲でのお願いも聞いてくれるわ」
「なるほど?」
「そうだ、何か願い事があれば我を頼れ。代償次第で大きな願いも叶えてみせようぞ」
「お願いするのは自由だけど、代償が必要なの事を忘れないでね」
「代償か……残念ながら、今の俺は代償を払えるような物を持ち合わせてないから無理だな」
とカエルムは苦笑いをしながら肩をすくめた。
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