騒動の中の帰還3

「エリージェさん」

 話を切り替える様に、エミーリア・ルマ侯爵夫人がエリージェ・ソードルに笑みを浮かべた。

 そして、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に視線を向けながら言う。

「そんな事より先ずはそちらの方を紹介して頂けないかしら?」

「ああ、失礼しました。

 こちらは、わたくしの友人であるヘルメス伯爵家のご令嬢、ルイーサです。

 ルー、こちらはわたくしの母方の祖父であり、法務大臣、ルマ侯爵よ。

 そして、こちらは――」

とエリージェ・ソードルは順々に紹介していく。

 ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は緊張しながらも丁寧に挨拶をしていく。

 それを、祖父マテウス・ルマを初めとする面々が柔らかな笑みで見守っている。

 カタリナ・マガド令嬢まで挨拶を終えると、エミーリア・ルマ侯爵夫人は「ルイーサさん」とルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の手を取り優しく微笑んだ。

「エリージェさんのご友人ですもの、何かあったらわたしに相談するのよ」

 名門侯爵家夫人からの言葉である。

 伯爵とはいえ、その中の下位にいるヘルメス伯爵家の令嬢にとって身の程を超える言葉だった。

 なので、流石のルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢も言葉を上擦らせながら

「は、はい!

 畏れ多い事です」

と言うのがやっとのようだった。


 エリージェ・ソードルが席やお茶の準備をさせ、各々が腰を落ち着かせた頃、またしても扉が軽く叩かれた。


 エリージェ・ソードルが視線を向けると、応対していた侍女ミーナ・ウォールがこちらに近寄ってくる。

「第一騎士隊長がお話ししたい事があるとの事です」

 エリージェ・ソードルは全員に断りを入れると立ち上がり、扉に近づく。

 先回りをした侍女ミーナ・ウォールが戸を開けると、今回の帰還、その護衛を指揮する事になっている騎士隊長ミロスラフ・クローゼが立っていた。

 騎士隊長ミロスラフ・クローゼは中にいる面々を少し気にしながら、小声で報告をする。

「お嬢様、道中の護衛配置のことで”少々”揉めています」

「どういうこと?」

 騎士隊長ミロスラフ・クローゼは苦笑しながら答える。

「王家近衛隊、神官戦士隊、リーヴスリー騎士団が自分たちこそが中心になると言い始めまして……。

 今は教育係ジン・モリタモリタ子爵が取りなしてくださっているのですが、手を焼いていらっしゃるようで、お嬢様からも”一言”頂けませんでしょうか?」

 そのげんに、エリージェ・ソードルは少し眉を寄せる。


 騎士隊長ミロスラフ・クローゼはまだ若い。

 そして、地位もまだ隊長止りである。

 自尊心の高い”連中”相手では、”前回”の団長時の様には行かないかもしれないと弟マヌエル・ソードルの教育係にしたジン・モリタに補佐を頼んでいたのだが……。


 それでも、無理を通そうとしているようだった。


 エリージェ・ソードルが一つ溜息を吐くと、「エリー、何かあったのか?」と祖父マテウス・ルマが声をかけてきた。

 その問いに、エリージェ・ソードルは振り返ると閉じた扇子で掌を叩きながら答える。

「王家近衛隊、神官戦士団、ついでにリーヴスリー騎士団までもが護衛の事で背比べをしている様です。

 わたくしが行かないと収まらない様なので、少し、失礼します」

「何をやっているんだ、彼奴あやつらは……」

 祖父マテウス・ルマが眉をしかめ立ち上がる。

 そして、騎士隊長ミロスラフ・クローゼを睨んだ。

「近衛がいようが、神官騎士がいようが、ソードル家から出発するのだ、ソードル騎士お前達が主導権を取られてどうする!」

「面目次第もございません!」

と頭を下げる騎士隊長ミロスラフ・クローゼを庇う様に、エリージェ・ソードルが閉じた扇子を振る。

「お爺様、相手は王家近衛隊副隊長と光神神官騎士団団長ですよ。

 流石にミロスラフを責めるのは酷でしょう」

 だが、祖父マテウス・ルマは顔をしかめながら首を横に大きく振る。

「エリー!

 大将軍に顧問をお願いしている様だが、ソードル騎士だけでは無く、お前の意識も変えなくてはならないぞ。

 木っ端貴族とは違うのだ!

 ……いや、十歳そこそこの令嬢お前にそこまで望む方が酷か……」

 そこまで言うと、祖父マテウス・ルマは女の元に近づきながら騎士隊長ミロスラフ・クローゼに改めて視線を向けた。

「隊長、わしが話を付けよう。

 案内しろ!」

「はっ!」

「お爺様、それこそわたくしが……」

「祖父が孫の世話を焼くのは当たり前の事だ!

 それに、ルマ家騎士の配置の事もある。

 そこら辺はこちらに任せて、お前は方々に出発の準備をさせろ!」

 そこまで言うと、騎士隊長ミロスラフ・クローゼを急かしながら、さっさと出て行く。

 ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンが「閣下にお任せください」と女に微笑んだ後、その後に続く。

 取り残された形のエリージェ・ソードルに、エミーリア・ルマ侯爵夫人達の会話の輪から離れたレネ・マガド男爵が近寄ってきた。

「お嬢様、この場は閣下にお任せしてはどうです。

 ”お爺様”らしい事がしたいのでしょう」

「……まあ、そうね、お任せしましょう。

 ところでレネ、あなたもこのまま、ブルクまで付いてくるの?」

 レネ・マガド男爵は少し気まずそうに頬を掻く。

「はい、そうさせて貰います。

 恥ずかしながら、マガド家には騎士と呼べる者が非常に少ないので、ルマ家にくっついていないと、護衛騎士にも困る有様なんです。

 わたし一人であれば、それこそ単騎でも良いのですが、カタリナ嬢もいますので、流石にそういうわけにはいきませんからね」

「まだ、男爵領にソードル家の騎士が残ってたでしょう?

 それこそ、ルマ家騎士もいたはずだから、連れてこれば良かったのに」

 女の言に、レネ・マガド男爵は苦笑する。

「そこですよ、お嬢様。

 お嬢様がいまいち理解しきれていない点は。

 以前はルマ家に所属していたとはいえ、わたしはもう他家の人間になったんです。

 そんなわたしが”主動”で率いるとしたら、その騎士はマガド家わたしの傘下に入った、そう取られかねないという事です。

 逆もしかりです。

 王家近衛隊、神官戦士団が主導すればお嬢様が第一王子殿下や大司祭の風下かざしもに立った。

 そう評価をされてもおかしくはないのです」

 仮に王家親衛隊を引き連れているのが国王オリバーであれば問題ないのだが、今回は第一王子ルードリッヒ・ハイセルと王族ロタール・ハイセルである。


 ソードル家から向かう事になる今回の移動で、王位継承順位が高くても、ソードル家がその後塵こうじんを拝すのは、”国としても”良くなかった。


 レネ・マガド男爵は困った様に眉を寄せながら更に続ける。

「……この辺りは、貴族と言うよりも軍の管轄に近いのですが。

 とにかく、本来であれば今回の中心に立つべき騎士隊長殿が体を張って立場を死守しなくてはならないのに、そこから抜けだし、お嬢様に助けを求めたのが問題なんですよ。

 その辺りの認識、大将軍を招くのであればお嬢様自身も学び直されるのも良いかもしれません」

 エリージェ・ソードルは視界の端にいる従者ザンドラ・フクリュウが何度も頷いているのを見つつ、一つ溜息を吐いた。

「まあそうね、お爺様がお見えになったらお話を聞いてみるわ」


――


「エリー、急な訪問といい、叔父上の事といい、本当に申し訳なかったね」

 ようやく出発する玄関口にて、済まなそうに眉を寄せた第一王子ルードリッヒ・ハイセルが声をかけてきた。

 エリージェ・ソードルは苦笑しながらそれに答える。

「殿下がそのような顔をされることではありません。

 悪いのはオーメと王弟殿下ですもの」


 実際、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは悪くない。


 王族ロタール・ハイセルは勝手に乗り込んできたに過ぎず、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが結果的に先触れも出さずに訪問してきたのも、幼なじみオーメスト・リーヴスリーが、エリージェ・ソードルと出発する日付が同じだと聞きつけ、勝手に行き先を変更したからなのだ。

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは直接、ブルクに行くものとばかりいたので、出発したばかりの馬車が突然、王都公爵邸に入っていき、驚いたのであった。

 エリージェ・ソードルは少し困ったように眉を寄せる。

「そもそも、殿下、たかが、わたくしの誕生日会に足を運んでいただくこと自体、申し訳ありませんわ。

 殿下もお忙しいでしょうに」

「何を言っているんだ、エリー」といいつつ、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは女の手を取った。

「君の誕生日なんだ。

 何を置いても駆けつけるよ」

「そのようなこと、いけません!

 殿下の公務はわたくしの事よりも大切ですよ」

などといいつつも、エリージェ・ソードルは少し恥ずかしそうにする。



 実際の所、この第一王子、現在、大半の公務から外されている。


 国王オリバーから婚約者問題を、まずはどうにかしろとそういう扱いになっているのだ。


 この第一王子、今までならここで、その辺りの事情をおくびにも出さず、「ごめんね、僕がそうしたいんだ」とか言っていただろうが……。


 以前に、国王オリバーから”下らん戯言”と指摘された事もあり、その事を躊躇した。



 なので、頬を掻きながらこのように言った。

「実は今、そんなに忙しくないんだ」

 エリージェ・ソードルは少し小首をひねる。

「あら、そうなんですか?」

「うん、だから君の所に行っても問題ないんだ!」

「それなら、良いのですけれど……」

 などと、話してると、幼なじみオーメスト・リーヴスリーが何やら機嫌良さげに近寄ってきた。

 そして、第一王子ルードリッヒ・ハイセルに握られていた女の手をひょいっと奪い取ると、そこに唇を落とした。

「ちょっと!」と第一王子ルードリッヒ・ハイセルが非難の声を上げるも無視し、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは笑顔のまま、片目をパチリと閉じて見せた。

「エリー、俺も行く事を忘れないでくれよ」

 エリージェ・ソードルは苦笑しつつ、手を引っ込めると苦言を呈す。

「オーメ、あなたはいい加減、その軟派男みたいな言動、止めなさいって言っているでしょう!

 それに、殿下をほったらかしにして、どこに行ってたの!?」

「ん?

 ああ、ちょっと、槍姫様と話をしていてな!

 やったぞエリー、空いている時間に稽古を付けてくれるってさ!」

「あなた、王族のご夫人に何をしてるの!?」

 流石のエリージェ・ソードルも声を粗げていると、「構いませんよ」と横から声が聞こえてきた。

 にこやかな顔をした王族夫人ナディネ・ハイセルが王族ロタール・ハイセルと腕を組みながら共にやってきた。

「わたしも、最近余り体を動かしていませんから。

 リーヴスリーの若き才子との手合わせ、楽しみにしていますわ」

 そこに、王族ロタール・ハイセルが少し不満そうに言う。

「体は動かしてるだろう?

 わたしとほら――」

 王族夫人ナディネ・ハイセルはその唇に人差し指を置く。

「”それ”は今晩の楽しみにしておきますわ」

 そして、エリージェ・ソードルに笑顔で会釈すると、仲よさげな夫妻は玄関を出て行った。

 それを見送りながら、幼なじみオーメスト・リーヴスリーが興奮気味に言う。

「名高い槍姫様との手合わせ、俺、凄く楽しみだ!

 なあエリー、ルマ家騎士団長とも手合わせできるように頼んでくれよ!」

 エリージェ・ソードルがため息を付くと、苦言を呈そうとする。

 だがその前に、視界に弟マヌエル・ソードルが近づいてくるのが見えた。

 エリージェ・ソードルは彼に手招きすると、第一王子ルードリッヒ・ハイセルや幼なじみオーメスト・リーヴスリーに紹介する。

「きちんとご挨拶させるのは初めてでしたわね。

 こちらにいるのがわたくしの弟、マヌエルです。

 マヌエル、こちらにいらっしゃるのが第一王子殿下、そして、こちらはオーメスト・リーヴスリー伯爵子息よ」

「は、はい!

 お初にお目にかかります!」

と弟マヌエル・ソードルは緊張気味にではあったが、丁寧に挨拶をする。

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは柔らかく微笑みながら、こちらも丁寧に応対する。

 が、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは流石、と言うべきか、弟マヌエル・ソードルの細い肩に手を回し、「オーメストだ! よろしくな」と笑いかけた。

 弟マヌエル・ソードルは面食らった様に目をぱちくりさせていたが、「よ、よろしくお願いします」と辛うじて答えていた。

 エリージェ・ソードルは幼なじみオーメスト・リーヴスリーの手を叩いて、肩から外させると、弟マヌエル・ソードルを正面にして言って聞かせる。

「マヌエル、こちらのお二人はわたくしとも懇意にして頂いてるから、よほどの事で無い限り大目に見てくださるわ。

 それでも、少なくとも第一王子殿下には失礼の無い様にお相手するのよ」

「はい!

 お姉様!」

 硬い表情の弟マヌエル・ソードルに第一王子ルードリッヒ・ハイセルは優しく微笑む。

「そう堅くならないで。

 そんな風に構えられると、僕も緊張しちゃうよ」

 そんな風に、二言三言話をすると、落ち着いてきたのか弟マヌエル・ソードルの顔にも柔らかさが戻ってきた。

 幼なじみオーメスト・リーヴスリーが「同じ馬車に乗るぞ!」と困った顔の弟マヌエル・ソードルを引っ張っていくのを見ながら、エリージェ・ソードルは第一王子ルードリッヒ・ハイセルに向かって眉を寄せる。

「殿下、申し訳ありませんが、弟の事をよろしくお願いします。

 あの子は余り、同年代の殿方と交流がありませんので、失礼があるかもしれませんが……」

 第一王子ルードリッヒ・ハイセル達の訪問は突然の事ではあったが、エリージェ・ソードルはこれを機に、弟マヌエル・ソードルの交流関係を広げようと考えた。

 ”前回”でも、弟マヌエル・ソードルとそれなりに仲の良かった第一王子ルードリッヒ・ハイセルであれば、取っ掛りとしては申し分が無いと思った。

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは心配そうなエリージェ・ソードルに優しく微笑んで見せた。

「大丈夫だよ、エリー。

 弟君の事は任せてよ。

 ……将来、僕の義弟になるのだし」

 途端、エリージェ・ソードルの表情が、スーッと真顔になった。

「殿下、わたくしは――」

「あ、ごめんなさい。

 その事は今は良いです」

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは慌てて取り繕うと、「じゃあ、また後で」と幼なじみオーメスト・リーヴスリーの後を追っていった。

 エリージェ・ソードルはそれを、複雑な表情で見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る