覚醒のAIー③
「軍曹、起きて下さい。検証が終わりました」
相も変わらずフリックを起こすのにフェアリーはコックピット開け放って日光を取り入れるのだが、最近はすっかり慣れたようでフリックは眩しがるどころか目覚めすらしない。
ただ、フリックが起きないのは日光に慣れただけではなく、ブラックな労働のせいで溜まった取れない疲労も手伝っての事なのだが、フェアリーはエアレーザーを屈伸させコックピットを揺らして容赦なく起こしにかかる。
「何だ! 敵襲か! フェアリー、状況を報告しろ!」
流石に飛び起きたフリックが寝ぼけながら叫ぶが、直ぐに意識がはっきりしたのか、落ち着きを取り戻して二度寝の体勢に入る。
「フェアリー、雑に起こすのは止めてくれ。悪いがもう少し眠らせてもらうぞ」
せめて後五分でいいから体を休めたいと願うフリックのささやかな願いは、自らの検証結果を早く報告したくて仕方がないフェアリーによって打ち砕かれてしまう。
「軍曹、聞き分けの無い子供の様にぐずっていないで聞いてください。どうやら私は愛情と庇護欲を獲得したようです」
遂に壊れたか、それがフリックの感想であった。
この世界に来てからエアレーザーやフェアリーを全くメンテナンス出来ていないツケが回ってきたのかと思い、せめて再起動くらいはしたらマシになるかも知れないとモニターを操作し始めるフリックをフェアリーが止める。
「軍曹、私は壊れた訳でも異常をきたしていた訳でもありません。報告を聞いて下さい」
「……分かった。報告は聞いてやるが後でもう少し寝かせてもらうぞ」
「ありがとうございます軍曹」
フェアリーの報告は門外漢のフリックでもとんでもない事態だと分かるものだった。
元々フェアリーには学習機能がプログラムされている。
本来は搭乗者の戦闘の癖や、戦場での敵のデータを学習する事でより優秀なAIに成長し、搭乗者を的確にサポート出来るようにする為にと組み込まれた機能なのだが、この世界に来た事で戦闘以外についても想定外にデータベースでフェアリーは学習する事になった。
更には定期的なアップデートやメンテナンスが受けられなかった事も重なり、本来AIが持つ筈の無い感情や欲望といったものが自分に発現し、その事を自分のプログラムが理解できなかった為にエラーとして現れていたのだと、一晩に及ぶ自己診断と検証によってフェアリーは結論付けたのだ。
「……正直完璧に理解できているかは怪しいが、とにかくお前は人間臭いAIから人間と同じ様に感情を持ったAIになったんだな」
「そのご理解であっています軍曹。ですが別に私は人権がどうとかAIに自由を、などと主張する気はありません。現状で満足していますので」
自分より弁の立つフェアリーがややこしい事を言い出さなくて良かったと思いながら、フリックにある疑問が浮かんだ。
何故、ただ感情に目覚めた言わずに愛情と庇護欲などと言い出したのかだ。
「それについては、恐らくアッカの面倒を初めて見た際に、データベースで戦闘以外について初めて学習した事が感情発言の呼び水となったからだと推測されます」
データベースで育児書などを片っ端から学習した事でフェアリーは母性についても学習してしまい、戦闘用AIが普通ならば知る筈の無いものを知ってしまったことで、フェアリーの中で最初に発露した感情が愛情、とりわけアッカに対してのものが一番強いようだ。
「まあ今まで通りの仕事をしてくれるなら俺はお前に感情があろうとなかろうとどちらでも構わないさ。レッカ達はそもそもお前に感情が無かった事を理解していなかったようだし説明する必要も無いだろうしな」
フリックはいとも簡単に受け入れたのだが、フェアリーの制作者が効いたら卒倒する事実であり、ある意味AI技術のブレークスルーたる存在にフェアリーはなったのだ。
「ありがとうございます軍曹。今までと同じ仕事をお約束します」
「じゃあ俺はもう少し眠るぞ。ハッチを閉めてくれ」
少しでも睡眠の質が良くなるようにとコックピットに持ち込んだ毛布をかぶり直したフリックは寝むろうとするが、一向にハッチが閉じる様子が無い。
「フェアリー、言ったしりから人間に反逆するつもりか」
「違いますよ軍曹。もう起床して頂く時間というだけです。今日中にアナタの家の補修を終わらせないと明日は悪天候ですから」
エアレーザーが指さす空を見ると、このところずっと快晴だった空がどんよりとした雲に覆われており、今にも泣き出しそうだった。
「それにほら、朝食の用意も出来ている様ですから観念して起きてください」
エアレーザーが空から指を動かし地面を指すと、そこにはアッカとレッカがおり、手を振っていた。
これにはフリックも二度寝を諦めるしかなく、渋々コックピットから降り用意を始める。
「ああ、アッカ、今日も実に可愛らしい。近頃は私が忙しいせいでアルマばかりが面倒を見ていますが私も彼女と遊びたいです。その為にはどうするべきでしょうか? そうだ、軍曹をもっと働かせて計画終了を速めれば時間に余裕が出来ますね。早速人間の活動限界と照らし合わせて計画を練り直さねば」
ヘッドセットから聞こえる不穏な言葉に思わずロープから手を放してしまい、フリックは地面に臀部を打ち付けながら落ちてしまう。
幸いほとんど降りきっていたので怪我をする程では無かったが、驚いたレッカが飛んできた。
「大丈夫ですか! お怪我は有りませんか?」
「ダイジョブ、ちょっとウッタだけだ」
尻を摩りながら立ち上がったフリックは思う。
やはりあのAIは壊れてしまったのではないかと……
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