許嫁
@kunimitu0801
第0話「プロローグ」
『許嫁(いいなずけ)』という言葉を知らない人はいないだろう。
細かい意味の説明を求められれば答えられないかもしれないが、『親同士が決めた結婚相手』ということはなんとなく知っているはずだ。
ただ、言葉として知っていても、実際に許嫁がいるかどうかは別問題だ。
今のこの時代に許嫁がいる人なんてそうはいないだろう。
しかし、俺にはいる。
幸か不幸か生まれた瞬間から俺には許嫁がいた。
昔はこの事が不幸としか思えなかったのだが。
最近は不幸なのかどうか判断に迷うようになっている。
*
高校生になり最初の夏休みを目前に控えたある日の放課後。
俺は友達に問い詰められていた。
「いいか竜一。お前はわかってないみたいだがこれは由々しき問題なんだ」
「そんな大問題ってわけでもないだろ」
「大問題だ。特に俺達男子にとってな」
俺に詰め寄る友人。杉村浩司は自分がその男子の代表だと言わんばかりの勢いだった。
「だから、お前と神林さんが付き合っていることをいいかげんに認めろ」
「違うって。梨花とはただの腐れ縁だよ。何度も同じことを言わせるな」
「怪しいんだよな。いつも一緒にいるし。お互い名前で呼び合っているし」
「そんなにいつも一緒にいるわけじゃない。幼稚園の頃から一緒だから名前で呼び合ったままになっているだけだ」
本当は幼稚園より前から一緒だったんだが余計なことは言わない。
「でもさ、俺じゃないけど神林さんに聞くと肯定も否定もしないって話だぞ」
それはあいつがボロを出すのを恐れて言わないだけだと是非教えてやりたい。
「私がどうかしたの?」
背後から急に話題の人物の声が割り込んできた。
「か、神林さん」
思わぬ登場に浩司は驚きを隠せなかった。なんと答えていいかわからずに助けを求めるような眼でこちらを見ている。
俺は身をすくめて声を出さずに「せっかくだから自分で聞いてみたら」とのジェスチャーをした。
浩司は梨花を見る。
梨花はやや微笑むように浩司を見ている。
「ご、ごめん。なんでもないんだ」
顔を真っ赤にして照れてしまった浩司はそそくさと立ち去って行った。
本人に聞けない事なら俺に聞くなよと思ったがまあしょうがないだろう。
「杉村君と何を話していたの?」
「他愛もない話だよ」
「そう」
大した追及もなく梨花は納得してくれたようだ。
今の梨花を見て思う。
昔と比べて随分と大人しくなったものだと。
両親公認の許嫁。
もっとも認めているのはそれぞれの両親だけである。
そして俺は『許嫁』という言葉に苦しめられてきた。
『許嫁』という言葉だけでなく、『許嫁』の存在にも苦しめられてきた。
苦しみのピークは中学生の時。
あの時の俺は、本当に梨花のいない世界に逃げたいと思っていたものだ。
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