2.小森好恵


「あー、聞いてる? もしもーし、聞いてるかっ!? さっさと係決めないとマズいんだけどォ!?」


 校庭の運動場で惨敗劇が繰り広げられた、その一方。

 二年三組の教室では、一ヶ月後にせまった修学旅行の係を決めるべく、LHRの時間が設けられていたのだが。


「えー、ダリィ」

「こんなの後にして、さっさと帰ろーぜ」


 キレ気味になっている男子のクラス委員長と、弛緩した雰囲気の二年三組の生徒達とで、取り留めのない進行となっていた。

 しかも、担任の教師は急な用件で席を外しており、それがまとまりの無さを助長している。


「あァッ!? おめーらがそういう態度だから、いつまでも決まらんのだろがァっ!?」

「まーまー、落ち着け西田にしだ。そんなに怒りっぽいと、将来ハゲるぞ」

「桐生、テメェ! また髪の話しやがってゴラァッ!?」

「ええぇ? 俺、一度もおまえに髪の話をしたことない上に、ハゲ云々は例え話なんだけど……」

「例え話でもこちとら死活問題なんじゃオラァッ!」


 クラスの男子生徒である桐生きりゅう信康のぶやすが宥めるも、男子委員長の西田は自分の生え際の後退具合を指し示しながら、激昂に拍車をかける。

 完全に逆効果であり、このままでは係決定も何もあったものではない。

 結局、西田をハゲます……もとい、落ち着かせるのに時間を要し、グダグダな雰囲気で今日は何も決まらないかと、クラスの誰もが思ったところで、


「……じゃあ」


 今の今まで、教室の隅で無言だった、女子のクラス委員長――小森こもり好恵このえが小さく呟いて、チョークを取っていた。


「な……」

「小森さん?」


 皆が呆然とするのも気にすることはなく、小森は黒板へとチョークを進め――まったくの空白だったそれぞれの係に、クラスの生徒の名字がどんどん埋まっていく。


「……これで、どう?」


 すべての人選が終わり、小森は、静かに指し示してみせる。

 一瞬、該当の生徒から異論が出るかと思われたが……不思議と、その声は上がらなかった。

 全員が全員で、『これなら行ける』『決め直しになるよりは、この方が断然いい』と納得しているからだ。


「……西田くん、反対はないみたいだから、これで決定で、いいよね?」

「お、おう」

「……では、みんなも、出来るだけの協力を、お願いします」


 切れ切れに言いつつ最後に一礼をして、再び、教室の隅で待機モードとなる小森好恵。

 おさげにしてあるセミロングの黒髪、眠たげな半眼と丸みのある顔立ち、制服を一部の隙もなく着こなした外見は、存在感が希薄な人形然としているのだが。

 最後に言った『お願いします』には有無を言わせぬ説得力がこもっており、クラスの生徒達に、与えられた役割の使命感を抱かせていた。



 LHRおよび帰りのHRが終わった後、最後まで不在だった担任の教諭に報告を行うべく、小森が早急に出て行ったのを見送りつつ、


「この人選。なんだか、みんなのことよく見てるって感じだね、小森さん」


 ざわめきが残る教室内で、後ろの席にいる草壁くさかべ尚樹なおき(ゴミ係に就任)が、信康(同じくゴミ係に就任)に声をかけてきた。

 信康、『ふーむ』と頷いて、今日の放課後おやつタイムの黒糖パンをかじりながら、


「ん、ボーッとしているように見えて、仕事はきっちりこなすよなー」

「実際、かなり頭いいからね。この前の中間テストもすごかったし」

「確か、一組の朝比奈あさひながトップで、続いておまえと小森だっけか。なんだか変人ばかりだな、学年トップスリー」

「変人という点については、鏡見てから言おうね、桐生くん」


 己の坊主頭を撫でつつ、草壁は苦笑。

 ただ、否定はしない辺り、自覚していることではあるらしい。その苦笑の半分くらいは、学年トップである人物を想起してのことなのかも知れないが、それはともかく。


「でも、どうにも近づき難い人なんだよね。僕、未だに小森さんと会話したことないし、誰かと一緒にいるところ見たことないよ」

「俺も話したことはないけど、別にいいんじゃね? 誰とも険悪ってわけじゃないんだし、裏でイジメが行われているとかそういう噂も聞かないし」

「そうなんだけど。ここまで人をまとめる能力があるのに、親しい人が全然居ないのって、なんだか不思議だなーって」

「……なんだ草壁、オカちゃんのことを気にしつつ、小森のことも気になるのか。身の程を知ろうか」

「いや、そういうわけでもない……って、身の程って何っ!?」

「どうもおまえ、理想が高いんだよなー。ハゲなのに」

「ハゲじゃないよっ。坊主だよっ!」

「(無視)ま、なゆきちに手を出す気配がないのは一安心だけど」

「僕は鈴木さん一筋だよっ。七末さんもいい娘だとは思うけど、僕の守備範囲外だからっ! そこまで魅力を感じていないからっ!」

「おい、おまえ今なゆきちを侮辱したな? 魅力を感じないとか言ったな? ちょっと表に出ろ」

「面倒くさっ!? 桐生くん、普段はゆるゆるなのに、七末さんのことになるとなんでそんな馬鹿な感じなのっ!?」


 とまあ、話題の始まりになりながらも、すぐにそっちのけとなり。

 ほとんど気にも留められることはなく。委員長としての仕事をこなしながらも、他者を寄せ付けない感情に乏しい女子生徒。


 それが、クラスメートから見た、小森好恵という少女である。

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