2 寝場所はどこに?

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1989年7月17日 月曜日

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「うわああああああ!!」

僕は大きな叫び声を上げながら飛び起きた。


ここは・・・ここはどこだ?


見慣れない和室に布団。ちゃぶ台。窓際にはリクライニングチェアーが二つ。


ああ、思い出した。

僕は、本間鐘樹。

大学二年生。

大学の夏休み期間を利用して、祝さん・・・マナミさんの旅館でアルバイトをすることになっているんだった。


時計を見る。

午前6時。


寝汗をびっしょりとかいていた。

何だか荒唐無稽でとても怖い夢を見ていた気がする。

内容は・・・うーん、思い出せない。

まあ、悪夢なんて大体そんなもんだろう。


微妙な時間に目が覚めてしまったな。


取り合えず洗面所で顔でも洗おう。

と客室を出て食堂を通りかかる。


食堂の隣にある台所からは包丁のリズミカルな音が聞こえた。

弥栄さんか、マナミさんが朝食の準備をしているのだろう。


僕は洗面所で顔を洗って、タオルで寝汗を簡単にふき取ると、台所の様子を伺うことにした。


「お邪魔します」


「あれ?カネちゃん。オハヨー」


台所に居たのはマナミさんだった。


電子ジャーでご飯を炊いていて、味噌汁の具材の長ネギや、生わかめ、豆腐等を切ってあらかじめ食材の準備をしているようだった。まだ焼いてない鮭の切り身や漬物もある。いかにもって感じの朝食だ。


「マナミさん。僕も手伝うよ」


「いーや。朝ご飯を食べてもらうまでが、お客さんとしての一日だから。それにカネちゃんの料理の腕前は即戦力になれるのは十分知ってるから。まだ早いし、もうひと眠りしてきなよ」


「でも、何だか悪いよ。それにちょっと目が覚めちゃって、二度寝出来なそう」


「ああ、カネちゃんさっき叫び声あげてたね。また悪い夢でも見たの?」


き、聞こえてたのか・・・。

確かに一階客室と台所は近いしな。

何だか僕は恥ずかしい思いだった。


・・・ん?


「マナミさん。今、”また”悪い夢でも見たの?って言った?」


「うん」


「またって何?」


「あれ?カネちゃん自覚無かったの?私たちが東京で住んでるアパート、防音全然ダメでしょ?時々カネちゃんの部屋から、夜や朝方にうめき声や苦しそうな寝言や叫び声が聞こえるよ?」


「え?そうなの?」


「うん。最初の頃はビックリしたけどもう慣れっこだよ」


そ、そうだったのか。

僕たちが住んでいるアパートは本当に音が漏れやすい。

部屋と部屋の壁がベニヤ板で出来ているとも思えるほどに。


「ごめんマナミさん。そんなに頻繁に喚いてたんなら、日常的にマナミさんの安眠妨害してたって事だよね」


「いいよ、いいよ。私二度寝得意な体質だから。まあ東京のボロアパートよりはここの旅館の方が部屋の壁は厚いからお客さんに迷惑がかかることは無いと思うよ。さっきの叫び声も本当に微かにしか聞こえなかったから」


「そう言えば今日は客室にとめてもらったけど、これからは何処で寝れば良いのかな?」


「満室で無い限りは客室で寝泊りして良いよ」


「満室の時は?」


「私と母さんの寝室で寝る?」


「ええ!?いくら何でもそれはまずいんじゃ・・・」


「あはは。冗談だよ。そんなことしたら母さん暴走モードになって何するか分からないから。

実は幾つか候補はあるんだ。その中から好きなのカネちゃん選んで良いよ」


「候補?」


「候補1。売店のカウンタースペース。4畳半位あるから、布団を持ってけばまあ寝泊りするスペースはあるよ。ちょっと狭いけど」


「うん。じゃあそうする」


僕は答えたが、マナミさんは続けて話す。


「他にも候補はあるよ。候補2。寒戸関小中学校で寝泊りする」


「学校で寝泊り?」


「うん。電気も水道も通ってるから、問題ないよ。五兵衛さんの許可いるけど」


「誰もいない夜の学校で寝泊りとか怖いよ・・・。まるで罰ゲームで一人肝試しやらされてる気分だよ」


「そう?体育館を贅沢に独り占めして寝るとか、最高の贅沢だと思うんだけどなあ。

まあいいや。そしたら候補3。実はこれが本命候補なんだ。

祝旅館の隣の空き家を五兵衛さんから借りて寝泊りする」


ああ、そう言えば祝旅館に来る前に空き家が何件かあるのを見たな。

祝旅館のすぐ南側にも確か空き家があった。


「でも、空き家だから電気や水道は通ってないんでしょ?」


「実はね。去年から考えてたアイデアなんだけど、あの空き家も夏の繁忙期の満室対策として、旅館の一部として利用出来ないかと思ってたんだ。

で、五兵衛さんと相談して夏の間だけ電気水道を通してある。

旅館業法的には多分グレーゾーンだと思うんだけど、法律的な裏技や抜け道を駆使して何とかならないかと考えてみたんだよ」


「そんな事出来るの?」


「実際セーフかアウトか分からない。幾つかのアイデアを考えてみたんだけど・・・。取り合えず満室の時は、お客さんと相談して、”満室ですけど、隣の空き家は空いています”って言うんだ。で、素泊まりの時はお客さんからは”任意の謝礼”として、数千円を頂く、とか」


「物凄い屁理屈な気がする」


「そうだね。かなりの暴論。それにお客さんの理解も必要。でも素泊まりで無く、夕食、朝食も希望している場合は、食事提供代名目として宿賃を頂く。この場合は比較的セーフに近いと思う。あくまで空き家の”泊り”は善意の無償提供で、”値段が高めの食事代”を払ってもらっているだけだから」


「な、なるほど」


「あと、最終手段としては村祭りで使ってる簡易テントを祝旅館の裏口と空き家につなげて物理的に一つの建物として”祝旅館の一部です”って言い張るとか」


「けど、祝旅館の所有者は弥栄さんとマナミさんで、空き家の所有者は五兵衛さんなんだよね。そこいら辺は問題ないの?」


「分からない。大学の経営学科の先生や法学科の先生にも相談はしたんだけど、”そもそもグレーゾーンなやり方には賛成できないし、責任持てない”って嫌がられちゃった」


それって大丈夫なのか・・・?


「そのグレーゾーンなやり方、今年試してみる予定なの?」


「お客さんとよく相談して、理解が得られれば実験的にやってみようと思うんだ。祝旅館本館よりは割安な料金でね。もちろん五兵衛さんにも収益の半分位は謝礼でしはらうよ。ただ、その場合、空き家にも従業員一名は待機させておいた方が良いと思うんだ。お客さんとの連絡もスムーズになるし、何より万が一査察が入った時、従業員がいた方が心証は良いしね」


「なるほど。だから僕の寝泊り場所本命候補なんだね」


「そう。夏場だけ電気水道扇風機あるから。クーラーは祝旅館にしか無いけど。ちなみに、ガスは通してない。お風呂は祝旅館のを使ってもらうし、調理も祝旅館で出来るから必要ないしね」


そうしたら・・・どの候補を選ぼうか?


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1.候補1の売店のカウンタースペースにしよう。(現在製作中)


2.候補2の 寒戸関小中学校で寝泊りしよう。(現在製作中)


3.候補3の空き家で寝泊りしよう。


→「3」を選択

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候補3の空き家で寝泊りしよう。


「なら今日から満室じゃ無くても隣の空き家で寝泊りするよ。そっちも仕事場になる可能性あるし、慣れておいた方が良いからね」


「お、カネちゃんプロだね」


マナミさんは感心したように僕の背中をポンポン叩く。


「ただ、まだあの空き家、お客さんに提供出来るレベルまで掃除や片付けしてないから、時間がある時に一緒に掃除しようね、カネちゃん」


掃除・・・掃除か・・・。あ、そうだ。

「マナミさん。そう言えば僕、客室清掃の経験無いんだけど、やり方は普通の掃除で良いの?」


「あ、そうだね。ただ幾つか旅館ならではの注意点があるから・・・北さんにお願いして、今日は北さんの部屋を清掃させてもらおう」


「”お願い”して清掃させてもらう・・・?」


「そう。北さん連泊の時は気を使ってか”掃除はしなくてええよ~”っていつも言うんだ。連泊最終日も自分で綺麗に部屋を片づけて帰って行くんだ。マナーの良いお客さんでもあるね。ただ、今日はカネちゃんの練習も兼ねて部屋を清掃させて下さいってお願いしてみる」


やっぱり北さんは良いお客さんだと思う。

昨日一日の会話でも何時の間にかある程度打ち解けて話せる仲になったし。

価値観の違いはあったけど。


「それから、五兵衛さんやショウ君、冬馬さんにも挨拶しておこう。私も一緒に行ってサポートするから」


あ、そう言えば昨日名二三に”五兵衛さんに悪い虫が村に入ったことを報告するから、首を洗って待ってろ”みたいなこと言われたんだっけ。

う・・・、ちょっと怖いな。


「五兵衛さんやショウ君は基本村にいつもいるけど、冬馬さんは不在の時が結構あるんだ。それこそ2,3週間不在の時もあるんだ。母さんに昨日確認したら、今日は多分いるって話だから、早めに挨拶しておこう」


「うん」


とマナミさんと僕が話している間に、2階から北さんが降りてきた。


「北さん。朝食の下準備はできています。お好きなタイミングでお声がけ下さい」


「おおきに。今日の朝食当番はマナミちゃんと、本間か」


「いえ、まだ本間君には朝食まではお客さん扱いなんです。一日目はお客さんとしての立場から職場見学してもらおうと思ってるんです」


確か昨日も、マナミさんは北さんに対しては僕の事を”カネちゃん”では無く”本間君”と言っていた気がする。いや、言いかけて訂正したんだっけ・・・。

まあ当然と言えば当然か。お客さんの前で余り馴れ馴れしいやり取りをするのも変だしな。


「なるほど。お客さんの視点から見えてくるものもあるやろーからな」


「でも今日の昼からは従業員見習いとしてビシビシ鍛えるつもりです。そこでお願いがあるんですけれど、今日は本間君の練習も兼ねて北さんの客室清掃をやらせて頂けないでしょうか?」


「ああ、ええよ。ならちょっと大げさに部屋汚しておこうかな。帰ってきたら嫁いびりの姑並みにホコリのチェックもさせてもらうわ」


「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


マナミさんと僕はお礼を述べた。


「ああ、そういや本間。気のせいかも知れへんけど、お前さっき何か叫んどらんかったか?」


「え?・・・聞こえてたんですか?」

とマナミさん。マナミさんは少なからず驚いている様だ。


「す、すみません。僕のせいで北さんを起こしてしまって。実はちょっとした悪夢を見て寝起きに叫んでしまったみたいなんです」

と僕は謝る。


「いや。俺はその前から起きとったから別にええんや。俺結構耳良いから割と遠くの音も聞き取れるんや。で、台所の調理音の最中に叫び声が聞こえたから、怪我でもしたのかと思うたわ。大事無いならそれでええんや。じゃあ俺シャワー頂くわ。その間に朝飯作ってもらえるかな?」


「あ、はい。かしこまりました」

とマナミさん。


北さんは風呂場に入って言った。


「マナミさん・・・やっぱり僕の寝言、他のお客さんに迷惑になるんじゃないかな?」


「いや・・・。一階の客室からかなり近くにいた私でも本当に微かに聞こえた位だから、一般のお客さんには問題ないと思う。けど、驚いたな。調理音まで聞こえてたのか・・・。北さんの泊っている部屋こことは正反対の二階西側だから部屋から聞いていたなら相当な聴力だね。・・・もしかしたら冬馬さんに匹敵するレベルかもしれない」


確かに北さんの発言からすると調理音まで聞こえていた事になる。

いや、二階の廊下にたまたまいた所に聞こえていた可能性もあるが・・・それを差し引いても相当耳が良い。

・・・ん?


「北さんも凄いけど、冬馬さんも聴力凄いの?」


「冬馬さんは別格だよ。あの人何をしても常人離れしてるから」


「まだ会った事無いけど、僕の中の冬馬さんは最早仙人みたいなイメージが出来上がっているんだけど・・・」


「あはは。言い得て妙だね。その認識でOKだと思うよ」


気・・・気になる。一体どんな人なんだ!?


今日は首を洗いながら五兵衛さんと勝吾君に挨拶して・・・。

それから、冬馬仙人に挨拶して・・・。

ビシビシ仕事をマナミさんから教えてもらって・・・。


何だか昨日以上に濃い一日になりそうな気がした。

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