5 人物名
僕とマナミさんは相川のバス停までやって来た。
相川から寒戸関まではバスで移動する。
マナミさんはバス停の時刻表を見てショックを受けたようだ。
「げっ。バスの時刻表が前と変わってる」
僕も時刻表を覗き込む。
寒戸関を通るルートは一日に7、8本しかバスが走ってない。
次の時間を見ると・・・1時間近く待ち時間がある。
「仕方ない。しばらく待つとしますか」
と言ってマナミさんはバス停のベンチに腰をおろす。
僕も横に座った。
こうなるとしばらくやることが無くなる。
と、ここで唐突にマナミさんが提案する。
「よし、カネちゃん。この時間を有効活用しよう。寒戸関に着く前に村の人たちの事知っておきたくない?」
「そうだね。働く所の人たちは知っておきたい」
僕はマナミさんの提案に同意した。
「じゃあまずは基本的な情報から。私たちのこれから働く所は【祝旅館】。その祝旅館があるのは寒戸関村」
「うん、そこまでは知ってる」
「寒戸関村はね、実は村って程のもんじゃ無いんだ。どっちかというと寒戸関という地名の上に数件の家が建っていると言った方が正しいかもしれない」
マナミさんは少し遠回しな言い方をする。
どういう事なんだろう?
「つまり、法律的な意味で言う市町村の定義だと、寒戸関は新潟県相川町の中にある地名の一つに過ぎないんだ」
ふむふむ。
「相川町の中心は今私たちがいる佐戸金山周辺が中心地だけど、地図上で見ると佐戸ヶ島北西部分一体を指すんだ。そこには外海府海岸と言う佐戸ヶ島の北西の海岸線一体も含まれる」
マナミさんは地図を取り出し僕に見せながら教えてくれた。
「そして外海府海岸にはその海岸線上にいくつもの集落が点在していて、そのうちの一つが寒戸関集落って訳。地図で言うとコレ、この部分」
マナミさんは僕の真横にグイっと体を押し付けると、地図を指さして場所を示してくれた。
マナミさんは結構距離感が近いというか、平気で顔や体を近づけてくる時がある。
今もマナミさんの髪の毛が僕の顔をくすぐったり、肩が腕に密着している。
・・・何だか得した気分だ。
いや、いかんいかん。今は話に集中しよう。
マナミさんが指さす所を見ると、そこには確かに”寒戸関”という地名が表記されていた。
「だから、寒戸関って”村”は存在しないけど、”地名”としては存在する。けどね、カネちゃん。寒戸関の住人は自分たちの住んでるところを”村”として認識しているみたい。例えば寒戸関で行われるお祭りは”村祭り”って言うし、集落の自治組織の会長は”村長”って言ってる」
マナミさんの説明を受けて僕は聞いてみた。
「えーと、つまりこういう事かな?”法律上”は寒戸関は相川町だけど、寒戸関の住人の”イメージ”上は寒戸関は”寒戸関村”ってことになるのかな?」
「そうそう。そういう事。まあ元々明治初期までは正式に寒戸関村だったらしいし、その名残だろうね。それが1889年に寒戸関村を含むいくつもの村が合併して外海府村に、1956年に外海府村も他の村と共に相川町に合併された。ああ、話がそれたね。ここら辺は覚えなくて良いから本題に入るよ?寒戸関村の住民達を紹介していくね」
マナミさんは地図をしまうとメモ帳を取り出し、人物名を書いていく。
”祝 弥栄(60歳)”
”祝 真名美(20歳)”
と、そこまで書いて僕に見せる。
「この二人に関してはもう大丈夫だよね?」
「うん、弥栄さんにはさっき会ったし」
と、答えたが弥栄さんの隣に書いてある60歳という文字を見てかなり驚いた。
弥栄さんは見た目はもっともっと若く見える。正直40歳位だと思ってた・・・。
場合によっては30代と言ってサバをよんでも通用するかもしれない・・・。
というか、引き算をすると弥栄さんがマナミさんを生んだのが40歳の時になるのか。結構高齢出産だったんだな・・・。
マナミさんは続ける。
「よろしい。じゃあ次は・・・」
”土屋冬馬|(64歳)”と書いて僕に見せる。
「まずは副村長の【土屋 冬馬(つちや とうま)】さん。この人は寒戸関村で【岩谷流古武術】の道場を開いているんだ」
「岩谷流古武術?」
「うん、何でも江戸時代から続く武術の流派らしいよ。私も昔、冬馬さんから教わったよ。
打撃術、柔術、剣術、棒術、銃術、銃剣術、投擲術、捕手術、諜報術、歩行術、呼吸術・・・、その他にも様々な術を総合的に網羅した武術だよ」
「な、何かとんでもなく凄そうな武術だね」
「実際凄いよ。で、冬馬さんがもっと凄い。普通はこれだけ広範囲の技術体系を扱った武術を習得するには”広く浅く”か”狭く深く”習得するのが現実的なんだけど、冬馬さんは岩谷流古武術の全ての術の奥義を極めている。私の知る限り冬馬さんは人類最強の人だね」
マナミさんの話を聞いていて僕は少し気になった。
「あの・・・。その冬馬さんってもしかして、おっかない人だったりする?」
「安心して。冬馬さんは寡黙で、無表情で、不愛想で、何を考えているのか分からない事が多い謎に包まれた人だけど、本当はすごく優しい人だから」
そ、それって安心していいのかなあ?
マナミさんは続けてメモ帳に人物名を書きつづる。
”中川五兵衛(63歳)”
”中川名二三(17歳)”
”中川勝吾(14歳)”
「じゃあ、次は村長の【中川 五兵衛(なかがわ ごへえ)】さん。この人は・・・そうだね、カネちゃんが初めて会った時はおっかなく感じるかもしれない」
「え!?怖い人なの!?」
一気に僕は不安になる。
「怖いっていうより、豪快で荒っぽい所があるから誤解されやすい人だね。実際にはサバサバした良い人だよ。それに家族想いなお父さん」
「そうなんだ。・・・僕でも大丈夫かな・・・?」
「大丈夫。大丈夫。五兵衛さんはちょっと短気で、ケンカっ早い所がある人だけど、すごく良い人だから。実際中川家には子供が2人いるけど、2人とも五兵衛さんの事尊敬してるんだから」
う、うーん。
マナミさんの説明だと冬馬さんの”優しい人”、五兵衛さんの”良い人”の前に物騒な前置きが入っているのが気になるんだけど・・・。
僕の不安そうな表情を見て取ったマナミさんは慰めるように説明を続ける。
「元気出して、カネちゃん。よし!じゃあ次はカネちゃんが元気出るような子を紹介しよう!」
マナミさんは”中川名二三(17歳)”と書いたメモ帳に指をさす。
「私は”ナっちゃん”って呼んでるんだけどね。この子、【中川 名二三(なかがわ なつみ)】っていうんだ。どう、カネちゃん。元気出た?」
「元気って、何が?」
僕が聞き返すとマナミさんはメモ帳の”(17歳)”と書かれた所に二重丸を書く。
「現役女子高生だよ。どう、カネちゃん。色々な所が 元気出るでしょ?」
「マナミさん。その言い方、遠回しに僕が性欲の権化だって言われてる気がするんだけど、気のせいだよね?」
「気のせいじゃないよ?」
「いや、そこは否定してよ!?」
「あはは、カネちゃん地味にツッコミのセンスあるから、ナっちゃんとも上手くやっていけそうだね」
ツッコミがのセンスがあるとナツミって子と上手くやっていける?
マナミさんがちょっと意味不明なことを言い出す。
それってどういう事だ・・・?
続けてマナミさんはメモ著の”中川勝吾(14歳)”と書かれた所を指さす。
「最後に【中川 勝吾(なかがわ しょうご)】君。私は”ショウ君”って呼んでるけどね、まあ彼は寒戸関のクセのある人たちの中で育ってきただけあって割と常識人な方だから安心して」
それって寒戸関の常識人はその少年だけって言ってる様に聞こえる・・・。
全然安心出来ないんだけど・・・。
「ハイ、以上3世帯、寒戸関村の住人の紹介は以上になります」
「えっ?」
僕は驚いて聞き返した。
「寒戸関村の住人ってそれだけ?」
「うん、それだけ」
マナミさんが紹介してくれた人は、マナミさんを含めて、1,2,3・・・。
「寒戸関村って全部で6人だけ?」
「うん、少ないでしょ」
6人・・・それって村以前に集落とすら言えないんじゃないか・・・?
「カネちゃん。消滅集落って言葉知ってる?」
「知らない」
「”かつて住民が存在していたが、住民の転居や死亡などで、住民の人口が0人になった集落”のことを指してそういう風に呼ぶらしいよ。その意味では寒戸関は消滅集落一歩手前の状態なんだ」
そうなのか・・・。
「でもね、カネちゃん。寒戸関は人は少ないけどその分皆仲良しなんだ。
・・・カネちゃんフェリーの時、寒戸関の村人は排外的じゃないかって聞いてたね?」
そういえば、そんな事聞いた覚えがある。
その時マナミさんは否定したけど、答えるのに少し間があった気がする。
「・・・もしかしたら、寒戸関村にはそういう人もいるかもしれない。けどね、カネちゃん。逆に考えればたった6人なんだ。その内の私と母さんとはもう仲良くなったよね?」
「うん」
「じゃあ、あと4人だけ仲良くなればOK!そう考えれば気楽なものじゃないかな?」
確かにそうだ。
うん、それなら何とかいけそうな気がする。
「分かったよ。マナミさん。前向きに頑張ってみるよ」
「よろしい。あっ、バス来たね。よし、それではいざ行かん我らが故郷寒戸関村へ!」
僕とマナミさんはようやく来たバスに乗り込み寒戸関へと出発するのだった。
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