第52話 玲菜の変化

 side:秋也



 ……2人に何があったんだろう。


 違うな、2人じゃなくて九条さんにだ。


 九条さんの様子は普段とは違っていた。


 抱き合っていた現場を目撃した後は普段と同じだったのに、時間が経つと少しずつ変わっていった。


 どう変わったかというと、隣に居るけど落ち着きがなく、こっちをチラチラと見てくるけど、目が合ったら逸らされてしまう。


 話しかけると返事はある。しかし、声は小さかったり、上ずっていたりしていた。


 ……先生は理由を知ってそうだよな。


 だって先生は、そんな九条さんを優しい表情で見守っていた。

 その反対に、俺には満面の笑みを向けてくる始末だ。


 満面の笑みは聞こえは良いが、あれは楽しんでる表情たったけど。


 どちらにしても、考えていても分からないし、風呂から出るか……



 普段より長風呂になってしまい、喉が渇いたのでリビングに向かった。


「姉さん帰ってたんだ。優子姉さんは大丈夫だった?」


「優子は車の中で寝てたし、今頃は熟睡してると思うわ。いつもの事だから大丈夫でしょ。それよりも、九条さんが来てたなら言いなさいよ。私も会ってみたかったのに」


「ごめんごめん、急に決まったからさ。次は姉さんの手が空いてる時に連れて行くよ」


 実は藤堂家の中で、夏美姉さんだけが九条さんに会えていない。


「手の空いてる時間が少ないのよね……」


 そう言った夏美姉さんは本当に疲れきっていて、テーブルに突っ伏している。


 美容室はアキちゃんの一件から、カットの予約が絶えなくなった。

 そのおかげで、カット担当の父さんと夏美姉さんは大忙しとなっていて「今日も休憩が取れない」と言っている日が多い。


 人を雇う話もあったけど「アキちゃんと一言も会話しないのは不自然すぎる」となり、お蔵入りになる。

 俺がアキちゃんの時は撮影スタッフの前では声を出さない。しかし、身内だけの時は普通に話す。

「じゃあ、雇っても撮影に参加させなければ」と意見も出たが、それはそれで仲間はずれ感が強すぎるとなった。


 要するに、アキちゃんの存在は諸刃の剣ってことだ。


 雇った従業員にだけ「俺の存在を教える」って話になった時は、姉さんも一緒に反対してくれたんだよな……だから、会わせてあげたいし……


 少し考えていて、ひとつの案が浮かぶ。


「姉さん、撮影の見学に来るか聞いてみようか?」


「えっ、良いの?」


 突っ伏していた夏美姉さんは俺の言葉に驚いたのか、勢い良く起き上がる。


「九条さんに話してみるけど、本人が来たいって言えばだけど」


「何を言ってるのよ、秋也が嫌がってたんじゃない」


「ま、まあ、そうだけど……俺にも色々とあるんだよ」


 夏美姉さんの言葉は本当だ。

 九条さんは「見学したい」と言っていたけど、俺はずっと拒否していた。


 ……だって、そうだろ?


 好きな子に、自分の女装した姿を見せたいとは思わない。

 メイクしてカツラを被った姿は見せているけど、撮影は服まで変わり完璧な女装だ。


 心境の変化があった理由は、さっきの九条さんの態度にあった。


 微妙に避けられてる気がしたからだ。


 九条さんはアキちゃんの姿が好きだから、見学を打診したら喜んでくれる……と思う。


「ふーん、色々とねえ……それって、秋也が九条さんを好きだって事? 九条さんの様子も違ったらしいねー」


 その言葉に驚いて顔を向けると、優子姉さんと同じ、楽しそうな満面の笑みを浮かべていた。


「ゆ、優子姉さんから聞いてたの!?」


「車で寝る前に聞いてたわよ。初々ういういしくて可愛いってね」


 忘れてた……この2人は昔からの親友で似た者同士だった。


「もう忘れてくれ! じゃないと連れて来ないぞ!」


「へー、そんな事を言うんだー。ふーん、それなら母さんに報告しておこうかなー」


「……頼むから、母さんは勘弁してくれ」


 母さんは九条さんと仲が良い。

 今日の弁当についてもそうだ。

 下手したら俺より多いんじゃないか、と思えるくらい2人は連絡を取り合っている。

 色々と内緒にされてる感じもするから、母さんにだけは知られたくない。


「しょうがないなー。母さんには言わないから、九条さんを見学に連れて来なさいよ」


「言ってみるけど、来るか分からないぞ。さっきも様子が変だったし……」


「ふふふ、秋也が誘ったら絶対に来るって。お姉ちゃんを信じなさい」


 夏美姉さんは満面の笑みだった。


「その笑顔が怖いんだけど……九条さんに変な事をするなよ」


「しないわよ。私は秋也の背中を押してあげてるの。そうでもしないと、あなたは……ね?」


「何だよ、あなた達って……意味が分からん。俺で楽しみたいだけだろ……とりあえず九条さんに言ってみるけど、来なくても文句を言うなよ。……もう俺は寝るからな。体育祭があったから疲れたんだ」


 そう言ってリビングを出る。

 背中から「優勝の立役者だもんねー」と、楽しそうな笑い声が聞こえていた。


 ……やっぱり全部聞いてたのか。





「シュウ、めっちゃ眠そうだなー。焼肉が終わってから大変だったのか?」


「ああ、夏美姉さんと優子姉さんが揃うとな……酒も入ってるし……分かるだろ?」


 翌日になり、涼介と2人で学校に向かっている。


「……ははは、大変そうだな」


「だろ? そういえば、夏美姉さんが涼介に会いたがってたぞ。久しぶりに泊まりに来いって言ってた」


「……ははっ、先生が来ないなら行くぞ」


 涼介は引きつった笑顔で、どこか遠くの方を見ていた。


「冗談だって、涼介は2人が一緒に酒を飲んでる場面が苦手だよな」


「酒を飲んでなきゃ大丈夫だけど、酒が入るとな……あれはトラウマになるレベルだ……我慢できるシュウを尊敬するわ」


 涼介は泊まりに来ていた時に、酒盛り中の2人に遭遇してオモチャにされたからな。


 2人は酒が入るとハイテンションになる。

 夏美姉さんは1人で飲む時は普通なのに、優子姉さんと一緒だと揃って学生時代のノリになってしまう。


 まあ、最後は俺が面倒を見るんだけど。


「仕方ないって諦めてるからな……学校に着いたし、俺は部室に寄ってから行くよ」


 そう言い残して木の下に向かう。



 寝不足の原因は姉さん達だけでは無く、他にもある。

 それは吉宗さんからあった電話だ。


 リビングを出て部屋に戻ると、着信が何件も入っていた。

 理由が分かっていたから直ぐに連絡をして、何があったのか素直に話した。


 先生と生徒の立場の2人に何があったのか、俺には分からない。


 それなのに、何故か吉宗さんは俺の話した内容を理解していたよな……


 もしかして、俺だけ分かってないの?


 そう思ってしまうと、気になってしまい寝れなくなっていた。


 ……日記も置いたし、教室に行くか。





 翌日の放課後になり、木の下に向かう。


 九条さんは昼休み教室に居なかったから、日記を置いていたのは知っている。

 あの日から会話はできてないけど、RINEのやり取りはしていた。


 日記を手に取り、新しいページに視線を落とす。


 ……今日もいっぱい書いてるな。


 この前の不自然な態度が嘘だったかの様に、普通に書かれている。

 日記も普通だしRINEも今までと変わらず大丈夫そうで安心した。


 それに、日記にも書かれているけど、明日は弁当を作ってくれる日だから楽しみだ。





「は、は、はい! こ、これどーぞ!」


 九条さんと木の下に居るけど、俺の頭は混乱している。


 それは、正面から弁当を差し出していて、顔だけを違う方へ向けている九条さんが居るからだ。


 大丈夫じゃなかった……理由は分からないけど、更に悪化してる……


 俺はたまらず、九条さんが顔を向けている方に回り込んで顔を合わせた。

 しかし、今度は俺と反対の方向に顔を向けられてしまう。


「と、藤堂くん、早くお弁当を取って!」


 やっぱり前より酷くなってる。

 日記やRINEは普通だったのに……


「……ほ、ほら、早く取ってよ、お願い」


「わ、分かった。弁当を貰うから」


 お願いとまで言われたので、弁当箱を受け取る時に「早く食べて!」と言われたので従った。

 しかし、弁当箱を開けて驚いてしまう。


「これって、もしかして俺と九条さん? えっ、えっ……た、食べて良いの?」


「た、食べて良いよ! お、お弁当だから!」


 弁当箱には大好物の『玉子焼き』と『照り焼き』が入っていて、そこまでは普通だったけど、米が違った。


「わ、私も食べるから!」


 そう言った九条さんは、俺に背中を向けて弁当箱の蓋を開いている。

 少し覗き込んで見ると、九条さんの弁当箱も中身は同じだった。


「じゃ、じゃあ、いただきます」


 耳まで真っ赤になってるけど、弁当の中身が恥ずかしいみたいだ。


「これって、もしかして俺と九条さん?」


「そ、そう! 一度作ってみたかったの!」


「怒りながら言わなくても……」


「……怒ってない。違うの……だって」


 今度は恥ずかしくなったのか、プルプルと震えていて、耳なんてさっきよりも赤くなっている。


 ……早く食べた方が良さそうだな。


 弁当箱には『おにぎり』が2個入っていて、海苔で可愛い顔が画かれている。

 1つは髪を海苔で作った男の子、もう1つは錦糸玉子で髪を作った女の子だ。


 食べるのが勿体ないな……そうだ……

 俺はポケットからスマホを取り出して、写真に収めた。


「ど、どうして……写真を……」


 九条さんの小さな声が聞こえたので顔を向けると目が合うが、やはり直ぐ逸らされてしまう。


「弁当が可愛かったから、つい……もしかして嫌だった?」


「……い、嫌じゃないもん……そう言ってくれて嬉しいけど……違うの……だって……も、もう良いから早く食べようよ」


 やっぱり弁当が恥ずかしかったのかな?

 ダメだ。考えても分からないし、今は九条さんの言った通りにしておこう。


「じゃあ、今度こそいただくね」


 九条さんから小さく「うん」と聞こえ、その背中を眺めながら弁当を食べた。

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