第51話 帰りの車の中
「──藤堂くんが大好きです」
思っていたことを言葉にすると、さっきまでモヤモヤしていた気持ちが落ち着いた。
だけど流れる涙は止まらない。
藤堂くんと出会ってから私は楽しかった。
日記を落とした日から交流が始まって、私の見てる世界は変わった。
変えてくれたのは1人の男の子。
千佳ちゃんや若菜ちゃんは大切な友達だけど、2人は本当の私を知らない。
ううん、私が2人に言えないだけ……
だけど、藤堂くんと居る時だけは本当の私に戻れる。
でも、そのせいで迷惑かけてなかったかな? 自分の今までの行動を考えるとそう思ってしまう。
飾らない私で居れるのが嬉しくて、藤堂くんを振り回してたもんね。
でも、いつも優しくて、笑顔で居てくれて、プラネタリウムに行った日みたいに困った時は助けてくれる。
だから藤堂くんに甘えてしまっていて、幸せな毎日が当たり前だと思い込んでいた。
若菜ちゃんが抱き着いた時、私は自分の居場所が無くなってしまう気がした。
今なら分かる。私は嫉妬してたんだ。
その気持ちに気付かせてくれたのは、さっき言われた先生の言葉。
──秋也が好きなんでしょ?
この言葉は魔法の言葉だった。
魔法をかけられた私は、藤堂くんを好きだという気持ちに気付く。
流れる涙はずっと止まらず、更に溢れてくると、先生が抱き締めてくれた。
「……やっと誰かを好きになれたんだね」
そう言った先生も泣いている。
「九条さんのお父さんから事情を聞いていたから心配だったのよ。あなたが誰かを好きになる日が来たら良いのにって……」
先生は泣きながら笑っていた。
お父さん達だけじゃなくて、先生にも心配させちゃったみたい。
でも、間違ってるから訂正するね。
「好きじゃないですよ」
その言葉を聞いた先生は驚いているけど、私は笑顔で残りの言葉を伝えた。
「藤堂くんが大好きなんです」
すると先生も笑顔を向けてくる。
「ふふふ、そうだったね」
先生は優しく抱き締めてくれるので、私も抱き着く。
しかし、その時に扉が開いた。
「優子姉さん、お待た……せ……」
藤堂くんが私達を見て固まっていて、私達は抱き合ったまま顔を見合せる。
「……な、なにやってんの……?」
私と先生が2人で泣きながら抱き合っている所を見られてしまった。
「秋也、見て分からない? 私と九条さんの友情を確かめ合ってるのよ」
「……わ、分からん」
先生が自信満々に言ってるせいか、藤堂くんは更に困っている。
「……そ、そもそもアンタは教師だろ? 生徒との友情とかないだろ……」
「あるわよ。だからこうして抱き合っているんじゃない。……そうよね、九条さん?」
私は言葉を出さず大きく頷いた。
先生は私を強く抱き締めるので、私も更に抱き着く。
「ほら、九条さんも頷いてるじゃない。アンタは女心が分かってないわね。そんなんだから彼女が出来ないのよ」
「……それは関係ないだろ」
「あるわよ。バイトでアキちゃんになるんでしょ? だったら女心も学びなさい」
誤魔化すために変なことを言ってるのに、私でも正論に聞こえてしまう。
藤堂くんも納得したのか黙っている。
「ちょうど良いわ。ずっと聞きたかったのよ。アンタ、中学の時はモテてたのに彼女は作らなかったでしょ? もしかして男が好きなの?」
「男好きじゃない。中学の時は好きにならなかっただけだ。俺だって女の子を好きになる」
「へー。秋也も誰かを好きになるんだー。そんな人が出来たらお姉ちゃんに教えてねー」
そう言いながら先生は私を見ていて、その顔は嬉しそうだった。
藤堂くんの好きになる人が私だったら良いのにって思ってしまう。
「わ、分かった! わざとやってるなら止めてくれ! く、九条さん、吉宗さんの連絡はまだかな? お、遅いよね!」
まだ先生は嬉しそうに私を見ていて、藤堂くんは声が大きくて早口になっている。
「もうすぐだと思うよ。……なんか焦ってるけど、何か用事があったの? 遅れそうなら行ってね。私は1人でも大丈夫だから」
お父さんは予定も聞かずに頼んだみたいだし、藤堂くんが出る時に私も出よう。
好きな人に迷惑かけたくないもん。
「……よ、用事なんてない! 吉宗さんが来るまで俺は一緒に居るよ!」
「それなら良いんだけど、本当に大丈夫?」
「……だ、大丈夫!」
じゃあ、どうして焦ってるんだろう。
男の子の考えることが分からない。
「秋也、アンタも大変ね。後は自力で頑張りなさい」
「うるさい! 放っておいてくれ!」
「藤堂くん、やっぱり何かあった? 先生が頑張りなさいって言ってたし……」
「九条さん、本当に何もないよ! 優子姉さんも変なことばかり言わないでくれ!」
先生は藤堂くんの肩に手を乗せていて、藤堂くんは払い除けようとしている。
その顔は何故か恥ずかしそうに見えた。
やっぱり男の子の考えは分からない。
でもお父さんが来るまで一緒に居れるから私は嬉しい気持ちになる。
お父さん、もっと遅くならないかな?
……だけど、すぐに連絡があった。
◇
side:吉宗
「……む、迎えに来るのが遅くて悪かった。だ、だから怒らないでくれ」
「怒ってないよ」
玲菜は車に乗り込んでから機嫌が悪い。
本人は怒ってないと言うが、ずっと娘を見てきた私には分かる。
あれは何年も前だったか、玲菜の大切にしていた人形を息子が壊してしまった。
その時の玲菜がこんな感じだったのを覚えている。
でも、遅くなったのが理由じゃないとすれば、犯人は……彼しか居ない……
「──藤堂くんに何かされたのか!」
許さん、許さんぞ。私の玲菜を怒らせやがったな。
「何もされてないよ。いきなりどうしたの? お父さん変だよ」
声を荒げたからか、玲菜は目を丸くして驚いている。
しかし、そうなると玲菜が不機嫌な原因が分からない。
……やっぱり私に怒ってるのか?
「……じゃ、じゃあ。思ってる事を教えてくれるかな? と、父さんに何か言いたいんでしょ?」
玲菜に優しく問いかけるが返事が返ってこない。
車の中に静寂が流れていて、空気が重いと感じてしまう。
そして、ついに玲菜は口を開いてくれる。
「……もっと遅くても良かったのに。お父さん来るのが早い」
娘の言ってる意味が分からなかった。
遅くなって怒るのなら分かる。しかし遅れているのに「来るのが早い」と言われて私は混乱してまう。
「……も、もっと詳しく教えてくれるかな? お、お父さんは意味が分からない」
「お父さんが来るのが遅かったら、藤堂くんともっと居れたのに」
だ、だから不機嫌なのか。
いや、待て……言葉の意味を考えると玲菜は藤堂くんを……まさかな……
過去の出来事で娘は男を苦手にしている。
克服して欲しいけど、トラウマになってるから難しいと思っていた。
……とりあえず玲菜に確認しよう。
「れ、玲菜。ま、まさか彼を……」
「──うん! 藤堂くんが大好き!」
この後の玲菜は凄かった。
自分がどれだけ藤堂くんを好きなのか楽しそうに話している。
しかし私の心境は複雑だ。
玲菜が異性を好きになるのは難しいと思っていた。
克服できた喜びは父親として嬉しい。
それと同時に、娘に彼氏を紹介された父親の心境をやっと理解できた。
「──玲菜を嫁にやらんからな!」
そう、これが父親としての本音だ。
「お父さん、大丈夫? 私は藤堂くんと付き合ってもないよ。私が好きだと気付いただけだもん。……でも、藤堂くんが私を好きになってくれたら嬉しいな……」
玲菜の表情が恋する乙女に見えてしまう。
しかし違うんだ……もう藤堂くんは玲菜が好きなんだ……2人は両想いになってる。
どうしてこうなった?
2人はお互いの気持ちを知らない。
だけど私は2人から聞いて知っている。
目の前で愛しい娘と、藤堂くんの恋愛劇を見せられてる私はどうすればいい?
数時間前、玲菜から「体育祭の副賞でクラスで焼肉に行く」と聞いていただけなのに、何があったんだ……
……後で詳しく聞かせて貰うからな。
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不憫なお父さんだよね(*´・ω・)
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