第45話 リレーの決勝戦

「……シュウ、九条さんと仲良いのか?」


 この一言で俺の体が硬直した。

 マズイ、完全にやらかした……

 頭の中で必死に答えを探すけど、答えなんて出ない。


 もう、これしか方法が無いな。


「涼介、何のことだ」


 無かったことにする作戦だ。

 動揺を隠しながら無表情で返事をする。


「何のことって……どう見ても仲が良さそうだったぞ。それに手まで振ってたし」


 ……やっぱり見られてたか。


「振ってない。涼介の気のせいだろ。それに俺が手を振る? 相手はギャルだぞ? あり得ない」


「そうか、そうだよな……」


 涼介は首を傾げていて、これなら誤魔化せる。……と、思っていたら周囲が静かになっているのに気付く。


 後ろを振り向くと、全員が黙っていて、視線は俺に向いていた。


「おい! どういうことだよ!」

「藤堂! ちゃんと説明しろ!」

「九条さんの、あんな表情かおを初めて見たぞ!」


 クラス中から集中砲火を浴びた。

 体育祭で発揮された団結力は、ここでも発揮されている。

 どうする……そうだ、吉村さんの時と同じ説明をしよう。


「分かった。説明するから。前に──」

「──黙りなさい! 男共は騒がしいわね!」


 声を被せてきたのは吉村さんだった。

 吉村さんは男達の後方に居て、一瞬にして注目を集める。


「玉入れを練習した時に玲菜も居たのよ! その時に話してたわ! 一度だけ本屋で会ったって言ってたし、そもそも玲菜がこんな奴と仲良くなるはず無いでしょ!」


 全員が勢いに圧されていて、吉村さんが俺の前まで歩いてくる。


「アンタもそうよ! 玲菜と仲良くなったって勘違いしてるんじゃないの? 分からせてやるからコッチに来なさい!」


 腕を掴まれて連行された。

 その姿を見ていたクラスの連中は「そうだよな」「あり得ないし」と言っている。


 自分でも分かってたけど、酷い言われようだ……特に吉村さん。

 だけど今度は男共より厄介な気がする。

 校舎裏に着くと、俺を掴む手が離れた。


「この辺なら大丈夫でしょ。悪かったわね」


「何に謝ってるの?」


 いきなり真顔で謝られても、理由が分からない。


「全員の前で酷いことを言ったでしょ。こうするしかないと思ったのよ」


「もしかして、助けてくれたのか?」


 マジで? 玉入れを選んだだけあって、やっぱり良い奴だった……

 2号なんて呼んで悪かったよ。


「玲菜のためよ。確かにアンタと一緒に居る時の玲菜は、普段と様子が違うのは私でも分かる。だから私も気になるけど、それよりも騒ぎが玲菜に飛び火したら迷惑なのよ。……なに? ボーッとして。言いたいことがあるなら言いなさいよ」


「友達思いの良い奴だな」


「ち、違うわよ! れ、玲菜とアンタみたいなオタクが仲良しと思われたくないの!」


 ……オ、オタクだと。

 訂正してやる。やっぱり2号だ。


「じゃ、じゃあ、私は戻るから! アンタは少し遅れて戻りないよ!」


 吉村さんは顔を真っ赤にして去っていく。

 俺はその姿を見送っていて、しばらくしてから戻った。

 だけど俺の場所には香織が座っていて、俺に気付くと声をかけてくる。


「シュウくん、大丈夫だった? 吉村さんに何かされてない?」


「ああ、何もされてないから大丈夫だ」


「そっか。……で、私も現場を見てたんだけど、九条さんと何かあるの? 他の人は誤魔化せたみたいだけど、私は無理よ」


 どうして次から次へと来るんだよ……しかもボスのレベルが上がっていくし。


「吉村さんが話した内容しか出ないぞ」


「じゃあ、どうして内緒にしてたの?」


 ここだ。この返事は間違えられない。

 香織が納得しそうな言い訳は……そうだ!


「皆には黙ってろよ。会った場所がラノベコーナーなんだ。その時にオススメを教えてやった。……ほら、九条さんって教室で本なんて読まないだろ? だからなのか『恥ずかしいから黙ってて欲しい』って言われてた」


 九条さん、ゴメン。香織を納得させるには、こう言うしか無かった。


「咲良には絶対に言うなよ。咲良にバレたら逃げられないから」


「ふーん、咲良には内緒ね……他の理由がありそうな気もするけど今は納得してあげる。話しても良いと思ったら教えてね。じゃあ、私はリレーの予選に行くから」


 リレーのメンバーが入場口に向かう。

 見逃してくれたのか……幼馴染みの目は誤魔化せないよな……今は言えないけど、いつか本当のことを話すから。


 その後はリレーの予選を応援した。


 リレーは1着になり決勝進出を果たす。

 バトンの受け渡しで危ない場面はあったけど、レースは順調だった。


 第一走者の清水さんがトップでバトンを繋ぎ、涼介、香織、アンカーの武田まで安心して見ていられた。





 ──そして昼休み。


「シュウ、弁当食わないのか?」

「どうしたの? 体調悪いの?」

「えー、私の『玉子焼き』を食べさせるつもりだったのに」


「……体調は悪くない。腹も減ってる」


「じゃあ何してるの。弁当箱のを取ってないじゃない」


 そう、俺は弁当箱の蓋を開けれずにいる。

 九条さんの弁当は、母さんの弁当とは明らかに違うからだ。

 中身を見られると『幼馴染みの勘の良さ』が発動しそうで怖い。


「食べないなら私が食べてあげよっか?」


「──ちょ、咲良、待て!」


 咲良が弁当の蓋を取ってしまい、俺は弁当箱に視線を向けた。


 ……あれ? 母さんの弁当と似てる?


 玉子焼きは少し多いけど、唐揚げとウインナー、それに野菜が入っていて、盛付けは母さんの弁当と同じだ。


「あっ、これが噂の玉子焼き! シュウくん、食べさせてね……うわ! 美味しい!」


「……咲良、勝手に食うなよ」


 すると今度は香織の手が伸びてくる。


「シュウくんの唐揚げを、久しぶりに食べたかったのよー」


「──か、香織! それだけはダメだ!」


 まだ玉子焼きは誤魔化せる。だけど、唐揚げだけは無理だ。

 香織を止めようとしたけど遅かった。

 終わった……もう誤魔化せない……


「美味しーい! やっぱりよね!」


 香織が『この味』と言った意味が分からず、唐揚げを食べてみる。

 母さんの唐揚げだ……どういうこと?

 次は玉子焼きを食べてみると、九条さんの玉子焼きだった。


 そっと視線を九条さんに向ける。

 少しだけ目が合うと、九条さんはスマホを操作し始めた。

 すると、ポケットに入れたスマホが震えて、通知を知らせてくる。


『美鈴さんと同じ味だった? レシピを教えて貰ったの。これならバレないでしょ?』


 九条さんからのメッセージだった。

 俺は『バレてないよ。ありがとう』と返事をしてスマホを閉じる。


「誰から連絡だったの?」


「──ん? 母さんだ。『箸を入れ忘れてなかった?』って入ってた。じゃあ、弁当を食べるか」


 今日も咲良の玉子焼きは65点を記録し、俺は九条さんの弁当を完食した。





 体育祭の午後の部が始まり、俺はノンビリ応援している。


 午後の部は団体戦の決勝が多く、個人戦メンバーは応援が主体だ。

 団体戦のメンバーは打ち合わせをしていて、座席には個人戦メンバーしか居ない。


 団体戦は全て決勝進出したけど、点差は開いてなかった。


 上位の6クラスが混戦になっていて、得点ボードを見ていると涼介が戻ってくる。


「涼介、今年は混戦だな」


「そうだな。香織が言うには、去年とは採点方法が変わったらしい。上級生は不利になったみたいだ。俺には違いが分からんけど」


 そうか。去年は上位を三年生が占めていたから、そのせいかも。


「理由は分かった。それで、涼介は練習終わったのか? 午前中はバトンの受け渡しでミスがあったろ」


「……えっとな、そのことで話があるんだ。悪いけど一緒に来てくれ」


 バトンの練習を見て欲しいのか?

 教えたのは少し前だからな。


「分かった。練習を見に行くよ」


「……い、いや、そうじゃ……まあ、来てくれたら分かる。とりあえず早く行こうぜ」


 疑問を感じたけど、急かされたので練習場所に向かった。

 案内された場所には武田と清水さん、そして香織の3人が居る。


「やっと来た。涼介、ちゃんと話してるよね?」


「……ま、まだ話してない」


「どうして話してないのよ!」


 涼介と香織が揉め始めた。


「とりあえず喧嘩は止めろ。それで、俺に用事なんだろ? 練習に付き合うと思ったけど違うのか?」


 清水さんと武田の表情は冴えない。

 2人を眺めていると、武田がズボンの裾を廻り上げて足を見せてくる。


「捻挫してたんだよ。バトンを受け取る時にミスしただろ? あの時にな……」


「シュウくん、私が悪いの。私がミスしたから……」


 武田がバランスを崩した時か……

 怪我した武田には悪いけど、早く他のメンバーを探して練習させるしかない。

 すると黙っていた清水さんが口を開く。


「だからね、藤堂くんに出て欲しいのよ」


「──は?」


 いや、無理だけど。


「……シュウ、頼むよ。他のメンバーを探しても練習時間が取れない」


 時間が少ないのは分かる……だけど……

 迷いに迷って答えた。


「出るには条件がある。トップでバトンを繋いでくれ。俺は色々あって全力で走れないから、必要順位に応じて走る。それでも良いなら出るよ」


「シュウ! 助かる!」

「シュウくん、ありがとう!」

「トップで繋いであげるわよ」

「俺は応援に回る。クラスの連中には説明しておくから」


 武田がクラスに戻り、俺達は残りの時間を練習に費やした。


 そしてリレーの決勝を迎える。


「シュウ、今の点差なら抜かされても大丈夫だぞ! だけど1人にしてくれよ!」


「2位に入らないとダメなだけだろ。絶対にトップで繋げよ、それも大差で」


「ハッハッハ! 俺達に任せろ。大船に乗った気でいてくれ」


 総合順位は6クラスが混戦のままだった。

 そして俺達のクラスが3位以内を確定させるには、リレーで2着に入る必要がある。


 ──これが体育祭の最終戦だ。


 メンバーが待機場所に揃うと、スタートの合図が鳴った。


 第一走者の清水さんはスタートが速く、トップを走っている。

 涼介にバトンが渡り、2位との差が開く。


 香織も足が速いから、俺は安心して見ていられた。

 これなら2位の人に1位を譲って、3位に抜かされない程度に走れそうだ。


 涼介はトップを独走し、第三走者の香織にバトンが渡る。


 俺は2人を見ながらスタート位置に歩き出す。


 ──その時、大歓声の他に何かが跳ねる音がした。


 実際は音なんて聞こえない。

 だけど、聞こえた気がした。


 香織の手からバトンが落ちた音だった。


 俺はその光景を呆然と眺めている。

 香織は次々と抜かされていて、涼介の叫ぶ声が耳に届く。


「シュウ! スマン! 頼むから……」


 最後の言葉は聞き取れなかったけど、顔を見れば伝えたいことは分かる。

 涼介は何度も俺の名前を叫んでいて、香織はバトンを拾うと泣きながら走り出していた。


 グラウンドには嬉々とした歓声や、悲鳴にも似た声が聞こえている。


 クラスに視線を向けると、全員の声援が香織に向られていて、その中の1人の女の子だけは違う場所を見ていた。



 ──それは九条さんだ。

 


 彼女の視線は俺に向けられていて、不安そうな表情を浮かべている。


 どうしてそんな表情かおなんだろう。

 そりゃそうか、事情を知ってるんだからな。


 色んな事を考えていて葛藤に苛まれていると、あの時の言葉を思い出した。



『藤堂くんの走ってる姿が見たかったな』



 九条さんの言葉が今も鳴り響いている。


 俺が走っている動画を見ている時の九条さんは楽しそうだった。

 でも今は違う。目の前で走ろうとしているのに全く笑っていない。


 あんな表情かおにさせているのは俺か……


 不安そうにしている九条さんに苦笑いを向けると、今度は困った表情に変わる。


 ……やるしかないな。


 覚悟を決めると空を見上げ、そっと目を閉じた。

 一度だけ大きく息を吸って吐くと、目を開いて九条さんを見つめる。



 そんな表情かおをするな。

 しっかり見ておけよ、今から見せてやる。

 


「シュウくん、お願い──」



 香織は泣きながら必死で走っていて、バトンを持つ手を伸ばしてくる。

 そして俺はタイミングを取って走り出す。


 九条さんだけじゃない。

 涼介や香織もクラス代表として頑張っていたのに、敗戦の責任なんて感じさせたくない。


 それに香織、知ってるか?

 リレーは個人戦じゃない、団体戦だ。

 成功すれば全員で喜びを分かち合い、失敗すれば残った走者がカバーをする。


 残る走者は第四走者しか居ない──つまりアンカーである俺の役目だ。



 だからもう泣くな。後は全て──



「──俺に任せろ」



 清水さん、涼介、そして香織。この三人が繋いだバトンを受け取った。



────────────────────

やっちゃったよ…

私の作品を知ってる人は気付いたと思うけど、またスポ根が出ちゃったね。

そのせいで、お弁当やバレそうになったのが、ぜーんぶ消えちゃった(*´・ω・)

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