第26話 気持ちの変化

「商店街のケーキ屋って言ってたよね? その店って人気ランキングに載ってる店?」


 黙って聞いていた咲良が、興味を持ったのか1年生に質問をしている。

 しかも、ネタ帳を手に持ってだ。


「そうです! そのケーキ屋です! 何か知ってるんですか?」


「ううん、私は分からないよ。ねえ、シュウくんは何か知らないの? 私と一緒に行ったケーキ屋みたいだよ」


「……し、知らない」


 咲良がどうして話を振ってくるのか分からない。

 たまに名探偵になるし、何か気付いたのか? ……いや、それは考え過ぎか。


「そっかー。同じ商店街だから、何か知ってるかなって思ったんだけど」


「知らないって。ケーキ屋の前を通った時に中を覗いたりしないし」


 そういうことか、美容室から近いから聞いたみたいだ。

 俺の返事も不自然じゃないから大丈夫だろう。

 咲良には悪いけど、本当のことは絶対に言わない。


「やっぱりそうだよねー。今度から店の前を通る時は中を見てて。それで、何か分かったら教えてよ」


「分かった。気にして見ておく。だけど、サッと見るだけだぞ? 同じ商店街だから変な行動はできないから」


「うん、それで良いよ」


「「先輩! 何か分かったら教えて下さいね! 絶対ですよ!」」


 1年生が凄い勢いで食い付いてきた。


「……わ、分かった」

 

 そんなに俺と九条さんを見たいのか? 九条さんは居ないけど、男の方は目の前にいるから、それで我慢してくれ。

 店内を見るとは言ったけど、覗き込んだりはしない。

 居ないのは知ってるし、商店街の付き合いがあるから変な行動はできないからな。

 営業妨害とか言われたら本当に困る。




 ケーキ屋の話題が終わり、食事を終えた俺達は店を出た。

 そのまま西城駅から電車に乗り込み、最寄り駅に着く。


「そうだ、シュウ。体育祭の練習だけど、リレーの指導を頼めるか?」


 そう言ってきたのは涼介だった。


「体育祭の練習なんてするのか?」


「言ってなかったか? テストの最終日に体育祭の練習をするんだよ。全部は無理だから、練習できる競技だけになるけど。シュウの『玉入れ』も練習する予定だ」


「リレーの指導か……俺は構わないぞ」


 今年は1位を狙うって宣言してたからな。

 先生も「焼肉が食べたい!」って言ってたから許可したんだろう。


「助かる! じゃあ、テストの最終日は頼むな!」


「ああ、その前にテスト勉強しておけよ。俺はそっちの方が心配だ」


 この様子だとテスト勉強は期待できない。

 涼介はサッカーがあるから、赤点さえ取らなければ大丈夫なのは知ってるけど……



 駅から少し歩くと分岐点に差し掛かり、涼介と香織の2人は別方向になる。


「シュウ、咲良。また明日なー!」

「2人共、また明日ね」


「おう、また明日」

「バイバーイ」


 涼介達と別れて咲良と2人になった。

 別れたといっても、全員の家は徒歩15分の圏内にある。


 俺達は小説の話をしながら歩き、俺の家が見えてきた時だ──


「──さっきの話になるけど、ケーキ屋に居たのって、シュウくんでしょ?」


「──っ!」


 咲良から完全な不意討ちが飛んできた。


 まさか、ここでケーキ屋の話になるとは思ってなかったぞ。

 焦って咲良を見ると、俺の顔をジッと見上げている。

 この顔はヤバイ……疑問形で聞いてるけど

確信してる顔だ……


「……ど、どうしてだ? 俺じゃないぞ」


 それでも俺は全力で逃げるしかない。

 言葉巧みに逃げた俺を、咲良は物理的に追い詰めようと手を伸ばしてきた。

 その手に捕まり、咲良は俺の髪をかき上げる。


「金髪の女の子って言ってたもん。アリスちゃんでしょ? シュウくんのことだから『セットしてネクタイ外せば大丈夫』って思ったんじゃないの?」


「──っ!」


 ど、どうして俺の話した内容を知ってるんだ……もしかして隠れて聞いてたのか?


「そ、そんな訳ないだろ。アリスとの交換日記は終わったんだぞ」


 それでも俺はまだ抵抗するしかない。

 咲良の手は俺の髪をかき上げたままで、物理的に捕まってるけど、俺は諦めない。

 証拠となる交換日記は鞄に入っているけど、これさえ見られなければ大丈夫だ。


「そうなの? じゃあ、登校してから教室に行くまでの間は何をしてるの?」


「……ぶ、文芸部の部室に行ってる」


 そうだ、俺には完璧なアリバイがある。


「香織と涼介に聞いたから知ってるよ。この前、シュウくんに用事があったから登校した時に教室に行ったもん。その時に2人から聞いてるから」


「2人にもそう言ってるからな。何も間違ってないぞ。それに俺だって文芸部の部員だから、部室に行っても変じゃないだろ?」


 放課後も部室に行くから何も変な行動はしていない。

 これなら答えも不自然じゃないし、咲良も諦めるだろう。


 流れは俺に味方しているのを確信した。

 咲良の追手から逃れるのは今しかない。


「交換日記は終わってるし、俺が制服で髪をセットして歩く理由なんてない。それに、部員が部室に行くのも普通のことだろ?」


 咲良さん、残念だったな。この勝負は俺の勝ちだ。



「──部室の鍵は私しか持ってないよ」



 それは見事なカウンターだった。

 咲良の起死回生の一撃は、俺の反撃を許してくれない。


「ねえ? 毎朝、鍵の掛かった部室に行ってるんでしょ? 入れない部室で何をやってるの? ふふふ、シュウくん……私の勝ちだね。もう諦めなさい」


「……はい、僕が悪かったです。皆さんに嘘をついてました……」


「──で? どういうこと?」


 俺が間違っていた。咲良に口で勝てるなんて無理に決まってる。

 頭を切り替えて、話せることだけ教えるしかない。


「咲良の予想通り、アリスと交換日記は続いてるよ。それにケーキ屋にも行った。内緒にしてたのは詮索されたくないからだ。理由は言えないけど、周りに知られると困るんだ。特に涼介にはな……アイツは調子に乗ると所構わず叫ぶだろ? だから誰にも言わなかった。悪いけど、これ以上は絶対に教えないからな」


「ふーん。シュウくんがそこまで言うなんて珍しいね。それなら聞かないよ」


 アリスが九条さんだと、何があっても知られるわけにはいかない。

 万が一、俺のことが周囲に知られても誤魔化せるけど、九条さんは違う。


「もし、部室の鍵を持ってないって知られたら困るでしょ? 明日の放課後に部室で鍵を渡してあげる」


「……えっ?」


「追及されたくないんでしょ? だったら聞かない。それとも聞かれたいの?」


「……い、いや聞かれたくない」


 少し驚いた。いつもの咲良ならネタ帳を手に持って、何があっても聞き出そうとするからだ。


「そうでしょ? だから聞かない。でも、幼馴染として聞きたいことはあるよ。アリスちゃんってどんな女の子なの? 良い子なの? シュウくんが変な子に捕まってないか心配になるし」


「振り回される時もあるけど、アリスは良い子だ。それに、俺と似てるかな……趣味だけじゃなくさ……」


「そっか、いつか私達にも紹介してね。楽しみにしてるから」


 咲良は俺から手を離し、真面目な表情を浮かべている。


「分かった……でも、期待はするなよ。あったとしても卒業後だぞ。でも、どうしてそこまで知りたがるんだ?」


 俺が咲良の友達を紹介してもらうのと同じことだろう。

 咲良の友達全員を知らないけど、俺は紹介して欲しいとは思わない。だから、これが一番分からない考えだ。


「うーん。初めは好奇心だったけど、話を聞いたらそう思った。だって、シュウくんはアリスちゃんを大事にしてる感じだし……好きなんでしょ?」


「……は?」


「だから、アリスちゃんが好きなんでしょ? えっ……もしかして違うの?」


 ……大事に思ってて、好きだって!?


「分からない。考えてなかった」


「そうなの? でも、アリスちゃんのことを話してるシュウくん……優しい顔になってたよ。だから、一緒に居て楽しいんだろうなって思ってた。もしかして違った?」


 吉宗さんとそんな会話をしたけど、あれは保険の意味もあった。

 しかし、今はそこまで考える余裕がないのが本音だ。

 九条さんが急に店に来たり、翌日に「本屋に一緒に行きたい」って言ってきて、バレない方法ばかり考えていたから。


 だけど、一緒に居ると……


「……楽しかった……うん。一緒に居てると楽しいと思ってる……あの子の笑顔が……」


「でしょ? 私が知らない子だから、どうなるのか分からないけど頑張って! ほら、シュウくんの家に着いたよ。じゃあ、また明日ねー」


 そう言い残して咲良は帰ったけど、まだ俺は家に前で立ち尽くしている。

 そして、ポケットからスマホを取り出し、1枚の写真を表示させた。



 ──俺は九条さんが好きなのか?



 咲良に言ったけど、一緒に居ると楽しいと感じている。

 学校で見る表情より、2人で居る時の笑った表情の方が良いとも思っているから、暗い表情になると笑顔にしたくなる。



 ──そう、こんな笑顔みたいに。



 スマホにはバスの中で寝ている俺と、その横で笑っている九条さんが居た。

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