第8話 深まる交流

 一緒に置いた本も無くなっていたから、持って帰ったんだろう。


 本の趣味が違うのは分かっているけど、貸した側からすると気になってしまう。


 読むのか、読まないのか?

 読んだとしたら、面白いと思うのか?


 自宅の机で今日の授業の復習をしている時に、貸した本のことを考えていた。



 ……気になって勉強に集中できない。



 違うな、本当の理由は分かっている。


 顔や名前も知らない女の子だけど、返事を読むのが楽しかった。

 だから返事があるかもしれないと、期待してしまっている。


 ……考えても仕方がないか。

 




 翌日も涼介と登校していて、正門を入ると不思議そうな顔をして聞いてきた。


「今日は木の下に行かなくて大丈夫なのか?」


「ああ、もう行かない。文学少女とのノートは終わったって言っただろ?」


 昨日言った嘘をそのまま続ける。

 終わったかどうかは分からないけど、寄って行かないのは本当だから。


「そうか、今日行かないなら本当に終わったんだな……」


「そんな残念そうな顔をするな。同じ本好きといっても、好きなジャンルが違えば話は合わない。そうだ、涼介にも本を貸そうか? 面白さが分かるかもしれないぞ」


 嘘を言い続けるのは無理だから、話を逸らすことにした。


「うへえ……俺には無理だ。活字を見てると眠たくなる。活字って催眠術の効果があるらしくてな。シュウは知らないか? 教科書も同じ効果があるって先輩から聞いたぞ」


 涼介は漫画しか読まないからな。


「だから授業中に寝るのか。大人になったら苦労しそうな体質だな」


 涼介には教科書も小説も一緒らしい。

 それと、小説で思い出したことがある。

 昨日、咲良の小説を読んでいない……正確には、読めなかったが正しいな。


 ずっと、青色のノートが頭から離れなかったから……




 2人で教室に入り、しばらくすると秋月先生が入って来て、ホームルームが始まろうとしていた。


「神城くん! 朝から教室で寝ないの! この後は授業が始まるのよ! 早く起きなさい!」


 涼介は催眠術の効果がある書物を読む前から、異世界に旅立っている。

 先生は涼介を起こした後、教室内を見渡していて、その視線は1人の席で止まった。


「──あっ、九条さんも寝てる! あなたも早く起きなさい!」


 九条さんも寝ていたらしい。


「九条さんが寝るなんて珍しいわね。どうしたの?」


「……昨日の夜、長電話をしてました」


「電話は良いけど、授業中は起きなさいよ」


 九条さんは先生に事情を話していたけど、夜更かしが原因なのか。

 本当に電話が好きな子だな。

 ちなみに、涼介は理由すら聞かれていなかった。

 

 さっき先生も驚いていたけど、同じクラスになって知ったことがある。

 九条さんは意外と授業中は真面目で、ギャル友達と一緒にサボったりしない。





 放課後、咲良に小説を読めなかったことを伝える為に部室へ向かった。


「そんな事で謝りに来たの? スマホで伝えれば良かったのに」


 何故かあきれられてしまう。


「そんな事って……感想を言うって約束してたからな。謝るなら会った方が良いだろ?」


 そう返事をすると、更に呆れられた。


「読める時に読んでくれたら良いよ……ていうか、シュウくんはハイペースで読みすぎ。私としては嬉しいけど、無理しないでね。それに、体調を崩されたら私達の中間テストに響くから」


 俺の心配してくれて咲良は良い子だな……と思ったのは大間違いだった。

 咲良は俺よりテストが大事なのか? 執筆があるから分かってたけど。


「無理してないから心配するな。じゃあ、俺は帰るよ」


 とりあえず咲良が怒ってなくて助かった。

 校舎裏の近道を進み、あの木の下が近付いてくる。


 すると青いノートと一冊の本が見えた。


 どうやら返却されたみたいだ。

 やっぱり本は趣味に合わなかったか、こればっかりは仕方がない。


 返却された本を回収しようと、木の下に向かうと気付いた。



 ──これ、俺の本じゃない。



 本は気になったけど、それよりもノートの方が気になっている。

 俺はノートを手にして、すぐに読んだ。



『本を貸してくれてありがとうございます。貸してくれると思っていなかったので嬉しかったです。本を見ると読みたくなったので、木の下で読んでしまいました。異世界恋愛っていうジャンルでしたよね? 面白いですね。これは本当ですよ? 昨日も読みすぎて、夜更かししちゃったくらいです。それと、貸してくれたお礼ではないですけど、私の本も置いておきますね。読んだ事がある本ならゴメンナサイ』



 純愛モノが好きだと聞いていたから、合いそうな内容の本を選んだ。

 不快に思ったらどうしようと思っていたけど、夜更かしまでするとは……


 その文章を見て少し笑ってしまう。


 でも、返事があって良かった。

 読んでくれたのは嬉しい。だけど、返事があったことの方が嬉しかった。


 それで、貸してくれたのが……この本か。


 読んだ事はないけど、知ってる本だ。

 タイトルには『幾千年の時を越えて──』と書かれている。

 ベストセラーになっている本で、映画化されると話題にもなっていたから間違いない。


 女性を中心に人気になってる本だよな。


 でも、どうする?

 読まないとダメなのか?

 本は好きだけど、は趣味に合わないと思って敬遠していた。


 だけど、俺だけ読まないのは悪いと思い、本のページを開いてみる。




 7月7日──

 1年で1日しか会えない2人の物語。


 織姫である織女しょくじょと、彦星である牽牛けんぎゅうは年に一度の再会を喜び合っていた。


 仕事に真面目だった2人は、結婚すると一緒に居ることが楽しくて、仕事はおろそかになってしまう。

 これに怒った天帝は2人を引き離してしまうが、7月7日の夜だけ会うことを許した。


 ──そして今、再会を果たしている。


 今日まで再会を楽しみに仕事に励んでいた2人だったけど、離れたくないと思い「真面目に働くから2人で生活をさせて欲しい」と天帝に直訴をした。


 しかし、その願いは絶対に叶わない。


 それでも諦められない2人は奇跡を願う。


「生まれ変わった時は同じ星で生まれ、今度こそ一緒に──」


 2人の願いは届き、同じ地球ほしで生まれ変わった。


 しかし、願った時の記憶は消え、国も言語も違う場所で生まれ変わり、再会することはなく生涯を終える。

 

 2人は輪廻転生りんねてんせいを繰り返し、幾千年の時を越えても、願っていた再会を果たせないまま──


 ──現在の日本で生を受けた。


 そして、その瞬間を迎えることになる。


 7月7日──七夕の夜。

 2人は偶然の再会を果たし、この瞬間ときに全ての記憶を思い出す。



 それは奇跡だった。



 国、年齢、全てが同じ。

 そしてこの場所──天の川が見える場所。



 ──幾千年の時を越えた2人の物語。




 俺は肌寒さを感じて顔を上げると、空が薄暗くなっているのに気付く。

 物語に夢中になり、時間を忘れてしまっていたらしい。


 ……これ、面白いな。


 人気になったのが分かる気がする。

 帰って続きを読むのが楽しみだ。





「おはよう。シュウ、眠たそうだな……どうしたんだ?」


「……夜更かしした。めっちゃ眠い」


 借りた本に夢中になってしまった。


「シュウが夜更かし? 珍しいな。俺達の為に中間テスト対策をしてくれてたのか?」


「違うよ、読書に夢中だった。気付いたら2時になってた」


 あの物語は本当に面白い。

 咲良に昨日も読めなかったから謝りに行かないと。


「また咲良の小説か? 本当に好きだな」


「涼介にも面白さを教えてやりたいよ」


 涼介に本当の事は言えない。

 木の下のノートは終わったと話してるのに、実は本の貸し借りもしたなんて言えば、絶対に尋問されてしまう。


「俺は部室に寄ってから教室に行くよ。だから先に行っててくれ」


 部室を理由にして、あの場所へ向かった。

 そして、木の下に青色のノートを置く。


 今回の返事は、今までで一番長い文章を書いた。


『実は趣味じゃないから読むか迷いました。だけど、読んでみたら本当に面白かったです。面白すぎて、気付いたら夜中になっていました。なので、今日は寝不足で眠たいです。面白い本を貸してくれてありがとうございました』


 他にも、この場面が良かったとか感想を色々と書いている。


 この日から、名前も知らない女の子との本当の交流が始まった。

 相手からも聞かれなかったし、俺も聞かなかったが正解になる。


 相手は本を読んだり日記を書いていて、ノートにも1人で過ごしている話題しか書かれていない。


 だから名前を教えても大丈夫と思えたけど、何処から俺のに繋がるか分からなかったから聞くのは止めた。


 名前は知らないけど、本当に仲良くなれたとは思う。


 俺も作文みたいな文章だったけど、今では砕けた感じで書いている。


 それは相手も同じで、その日の出来事とかも書かれる様になった。


 ──交換日記みたいだ。


 知らない女の子だけど、そんな感じがしている。


 俺はその女の子との交流が楽しみだった。




 今、この内容を見るまでは──

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