第8話 深まる交流
一緒に置いた本も無くなっていたから、持って帰ったんだろう。
本の趣味が違うのは分かっているけど、貸した側からすると気になってしまう。
読むのか、読まないのか?
読んだとしたら、面白いと思うのか?
自宅の机で今日の授業の復習をしている時に、貸した本のことを考えていた。
……気になって勉強に集中できない。
違うな、本当の理由は分かっている。
顔や名前も知らない女の子だけど、返事を読むのが楽しかった。
だから返事があるかもしれないと、期待してしまっている。
……考えても仕方がないか。
◇
翌日も涼介と登校していて、正門を入ると不思議そうな顔をして聞いてきた。
「今日は木の下に行かなくて大丈夫なのか?」
「ああ、もう行かない。文学少女とのノートは終わったって言っただろ?」
昨日言った嘘をそのまま続ける。
終わったかどうかは分からないけど、寄って行かないのは本当だから。
「そうか、今日行かないなら本当に終わったんだな……」
「そんな残念そうな顔をするな。同じ本好きといっても、好きなジャンルが違えば話は合わない。そうだ、涼介にも本を貸そうか? 面白さが分かるかもしれないぞ」
嘘を言い続けるのは無理だから、話を逸らすことにした。
「うへえ……俺には無理だ。活字を見てると眠たくなる。活字って催眠術の効果があるらしくてな。シュウは知らないか? 教科書も同じ効果があるって先輩から聞いたぞ」
涼介は漫画しか読まないからな。
「だから授業中に寝るのか。大人になったら苦労しそうな体質だな」
涼介には教科書も小説も一緒らしい。
それと、小説で思い出したことがある。
昨日、咲良の小説を読んでいない……正確には、読めなかったが正しいな。
ずっと、青色のノートが頭から離れなかったから……
2人で教室に入り、しばらくすると秋月先生が入って来て、ホームルームが始まろうとしていた。
「神城くん! 朝から教室で寝ないの! この後は授業が始まるのよ! 早く起きなさい!」
涼介は催眠術の効果がある書物を読む前から、異世界に旅立っている。
先生は涼介を起こした後、教室内を見渡していて、その視線は1人の席で止まった。
「──あっ、九条さんも寝てる! あなたも早く起きなさい!」
九条さんも寝ていたらしい。
「九条さんが寝るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「……昨日の夜、長電話をしてました」
「電話は良いけど、授業中は起きなさいよ」
九条さんは先生に事情を話していたけど、夜更かしが原因なのか。
本当に電話が好きな子だな。
ちなみに、涼介は理由すら聞かれていなかった。
さっき先生も驚いていたけど、同じクラスになって知ったことがある。
九条さんは意外と授業中は真面目で、ギャル友達と一緒にサボったりしない。
◇
放課後、咲良に小説を読めなかったことを伝える為に部室へ向かった。
「そんな事で謝りに来たの? スマホで伝えれば良かったのに」
何故か
「そんな事って……感想を言うって約束してたからな。謝るなら会った方が良いだろ?」
そう返事をすると、更に呆れられた。
「読める時に読んでくれたら良いよ……ていうか、シュウくんはハイペースで読みすぎ。私としては嬉しいけど、無理しないでね。それに、体調を崩されたら私達の中間テストに響くから」
俺の心配してくれて咲良は良い子だな……と思ったのは大間違いだった。
咲良は俺よりテストが大事なのか? 執筆があるから分かってたけど。
「無理してないから心配するな。じゃあ、俺は帰るよ」
とりあえず咲良が怒ってなくて助かった。
校舎裏の近道を進み、あの木の下が近付いてくる。
すると青いノートと一冊の本が見えた。
どうやら返却されたみたいだ。
やっぱり本は趣味に合わなかったか、こればっかりは仕方がない。
返却された本を回収しようと、木の下に向かうと気付いた。
──これ、俺の本じゃない。
本は気になったけど、それよりもノートの方が気になっている。
俺はノートを手にして、すぐに読んだ。
『本を貸してくれてありがとうございます。貸してくれると思っていなかったので嬉しかったです。本を見ると読みたくなったので、この木の下で読んでしまいました。異世界恋愛っていうジャンルでしたよね? 面白いですね。これは本当ですよ? 昨日も読みすぎて、夜更かししちゃったくらいです。それと、貸してくれたお礼ではないですけど、私の本も置いておきますね。読んだ事がある本ならゴメンナサイ』
純愛モノが好きだと聞いていたから、合いそうな内容の本を選んだ。
不快に思ったらどうしようと思っていたけど、夜更かしまでするとは……
その文章を見て少し笑ってしまう。
でも、返事があって良かった。
読んでくれたのは嬉しい。だけど、返事があったことの方が嬉しかった。
それで、貸してくれたのが……この本か。
読んだ事はないけど、知ってる本だ。
タイトルには『幾千年の時を越えて──』と書かれている。
ベストセラーになっている本で、映画化されると話題にもなっていたから間違いない。
女性を中心に人気になってる本だよな。
でも、どうする?
読まないとダメなのか?
本は好きだけど、この本は趣味に合わないと思って敬遠していた。
だけど、俺だけ読まないのは悪いと思い、本のページを開いてみる。
7月7日──
1年で1日しか会えない2人の物語。
織姫である
仕事に真面目だった2人は、結婚すると一緒に居ることが楽しくて、仕事は
これに怒った天帝は2人を引き離してしまうが、7月7日の夜だけ会うことを許した。
──そして今、再会を果たしている。
今日まで再会を楽しみに仕事に励んでいた2人だったけど、離れたくないと思い「真面目に働くから2人で生活をさせて欲しい」と天帝に直訴をした。
しかし、その願いは絶対に叶わない。
それでも諦められない2人は奇跡を願う。
「生まれ変わった時は同じ星で生まれ、今度こそ一緒に──」
2人の願いは届き、同じ
しかし、願った時の記憶は消え、国も言語も違う場所で生まれ変わり、再会することはなく生涯を終える。
2人は
──現在の日本で生を受けた。
そして、その瞬間を迎えることになる。
7月7日──七夕の夜。
2人は偶然の再会を果たし、この
それは奇跡だった。
国、年齢、全てが同じ。
そしてこの場所──天の川が見える場所。
──幾千年の時を越えた2人の物語。
俺は肌寒さを感じて顔を上げると、空が薄暗くなっているのに気付く。
物語に夢中になり、時間を忘れてしまっていたらしい。
……これ、面白いな。
人気になったのが分かる気がする。
帰って続きを読むのが楽しみだ。
◇
「おはよう。シュウ、眠たそうだな……どうしたんだ?」
「……夜更かしした。めっちゃ眠い」
借りた本に夢中になってしまった。
「シュウが夜更かし? 珍しいな。俺達の為に中間テスト対策をしてくれてたのか?」
「違うよ、読書に夢中だった。気付いたら2時になってた」
あの物語は本当に面白い。
咲良に昨日も読めなかったから謝りに行かないと。
「また咲良の小説か? 本当に好きだな」
「涼介にも面白さを教えてやりたいよ」
涼介に本当の事は言えない。
木の下のノートは終わったと話してるのに、実は本の貸し借りもしたなんて言えば、絶対に尋問されてしまう。
「俺は部室に寄ってから教室に行くよ。だから先に行っててくれ」
部室を理由にして、あの場所へ向かった。
そして、木の下に青色のノートを置く。
今回の返事は、今までで一番長い文章を書いた。
『実は趣味じゃないから読むか迷いました。だけど、読んでみたら本当に面白かったです。面白すぎて、気付いたら夜中になっていました。なので、今日は寝不足で眠たいです。面白い本を貸してくれてありがとうございました』
他にも、この場面が良かったとか感想を色々と書いている。
この日から、名前も知らない女の子との本当の交流が始まった。
相手からも聞かれなかったし、俺も聞かなかったが正解になる。
相手は本を読んだり日記を書いていて、ノートにも1人で過ごしている話題しか書かれていない。
だから名前を教えても大丈夫と思えたけど、何処から俺の秘密に繋がるか分からなかったから聞くのは止めた。
名前は知らないけど、本当に仲良くなれたとは思う。
俺も作文みたいな文章だったけど、今では砕けた感じで書いている。
それは相手も同じで、その日の出来事とかも書かれる様になった。
──交換日記みたいだ。
知らない女の子だけど、そんな感じがしている。
俺はその女の子との交流が楽しみだった。
今、この内容を見るまでは──
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