第1話 「なんでも悩み相談室」の入り方 2
放課後の渡り廊下で、あたしは言葉を失くした。
声が出なかったのは、その人の顔があまりにも美人だったという事と、髪が今まで見たことがないくらい綺麗な飴色をしていたからだ。
「翡翠、こいつが例の青木三笠だ。俺と同じクラスの二年生。無愛想だけど、良い奴だから怖がらなくていいぞ」
スズ兄は笑顔でそう言って、隣に立っている無表情だがとても整った顔立ちの女子生徒をあたしに紹介してくれた。
青木と呼ばれた女子生徒は、特に何を言うでもなくあたしの顔をじっと見つめている。美人に凝視されることに慣れていないあたしは、どうしていいのかわからず、とりあえずお辞儀をした。
「は、はじめまして! スズ兄の幼馴染の如月翡翠といいます」
顔を上げても、彼女は相変わらず見つめてくるだけで何の反応も返してくれない。
「青木はテレパシーで話すんだ」
「なんだ、そうなんですか~……って、えええ⁉ て、テレパシー⁉」
テレパシーって、アナタ。何それ。そんなのありですか。規格外過ぎてついていけないんですけど。
「俺もなんとかして受信しようといつも試してみてはいるんだけど、まだうまく受信できないんだよな~」
「普通できないでしょ⁉ ていうか、そんなモノ会得しないでよスズ兄!」
冗談としか思えないことを普通の顔で話すスズ兄。あたしのスズ兄がどこか違う世界に行ってしまう気がする。
スズ兄は朗らかに笑っているが、青木先輩の目を見てテレパシーを受信しようとする目は真剣だ。確かにスズ兄は昔からチャレンジ精神が旺盛な人だったけど……それにしても、何かがおかしい。あたしが知っているスズ兄じゃない。
もしかして、この青木先輩は実は宇宙人で、スズ兄はそれに何らかの影響を受けてこんなことになっているんじゃないだろうか。
あたしは青木先輩から一歩退いて注意深く観察した。だが、彼女の何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、皆目見当のつかない表情が恐ろしくなってきて、五秒も見つめていられなかった。
髪色と同じ飴色の瞳は綺麗に澄んでいて、中にはあたしの姿が映り込んでいる。なんだか、何もかも見透かされていそうで、別に何も見ていないようにも思える。
人形かロボットのようだ。整い過ぎた容姿と無表情が、機械的な印象を与える。感情があるのかどうかまで疑ってしまいそうになる。
「青木先輩って、そもそも人なの?」
「え? 何言ってんだ翡翠、人以外の何に見えるって言うんだよ」
「……ロボットか宇宙人」
そう答えると、スズ兄はふき出して笑った。
「相変わらず面白い冗談言うよな~、翡翠は」
スズ兄は笑いながらあたしの頭を撫でる。撫でられるのは嬉しいけど、冗談で終わらされても困る。こっちは真剣だ。
「スズ兄騙されてるんだよ! この人絶対只者じゃないよ!」
「まあ、只者じゃないことは確かだろうな」
スズ兄は腕を組みながら肯いた。よし、この調子でスズ兄を正気に戻さなければ。
「変な人にかかわるとロクな事ないよ、スズ兄」
「確かにこいつらといるとロクなことがないな~」
スズ兄は言葉とは裏腹にとても楽しそうに笑っている。駄目だ駄目だ。このままでは、スズ兄まで変な人になってしまう。
「もう、スズ兄しっかりしてよ!」
「まあまあ、翡翠も騙されたと思って一緒に過ごしてみればこいつらの良さがわかるさ」
「……わかったら、人じゃなくならない?」
「なくならないよ」
スズ兄は笑いながらも、あたしを安心させるようにポンポンと頭を叩いた。
「スズ兄が、そう言うなら……」
多少どころかかなりの不安はあったが、スズ兄教信者のあたしは、結局はスズ兄の言葉に逆らうことなんてできない。
「そういうことだから、青木、これからは翡翠もよろしくな」
スズ兄はそう言って青木先輩に微笑みかける。青木先輩はこくりと肯くと、すぐに背を向けて帰ってしまった。本当に無愛想な人だ。
「じゃあ、俺は部活だから。気をつけて帰れよ」
「あ、うん」
あたしは去っていくスズ兄の背中が見えなくなるまで見送ってから、一人寂しく家路へ着いたのだった。
翌日。教室に入ると、今日も後ろの席は空席だった。
昨日のスズ兄と鈴木忍さんとの電話では、今日は学校に来るという話だったが、どうやら今日も来ていないらしい。
授業が始まっても、昼休みが過ぎても、五時間目の今も、そこは相変わらず空席のままだった。
そこが空いていることが寂しいんだけれど、でも、どこかでほっとしている自分がいる。
実際に鈴木忍が現れたとき、希望の光はただの現実となり、もう二度と空席に希望を抱き、空想を楽しむことも出来なくなってしまうだろう。
ただでさえ、鈴木忍が女の子ではなかったという事が分かり、がっかりしているのだ。
男の子でも仲良くできるだろうかとか、一年生なのにスズ兄と知り合いなんて一体何者なんだろうかとか、不安はいっぱいある。
来たらどうしよう、と内心何故だかビクついてしまっていたりもする。
それでもやっぱり来て欲しいとか、寂しいとか思うのは、まだ鈴木忍があたしの希望である事に変わりはないから。
もう既に人間関係が完成しつつあるこの教室で、どのグループにも属していないのは、まだ一度も教室に姿を現してすらいない鈴木忍と、このあたしの二人だけだからだ。互いに独り同士なら、仲間意識も芽生え、友達になりやすいに違いない。
鈴木忍はきっと、あたしの記念すべき友達第一号になってくれるはずだ。
そんな思いを胸に、後ろの席を気にしていたあたしの耳に、教室の後ろの戸が開けられる音が飛び込んできた。
数学の授業をしていた山崎先生の言葉も止まり、教室中の視線が後ろの戸へと注がれる。
「…………」
戸を開けて教室へ入ってきた人物は、一言で言うと個性的な格好をしていた。
とにかくあたしの……というより、教室にいる人たち皆の目を引いたのは、百歳のおじいさんかと思うほど見事に真っ白な髪の毛だった。百歳のおじいさんと違う所は、まだフサフサだというところだろうか。白い髪はわた飴を連想させた。良く言えばふわふわ。悪く言えばぼさぼさだ。
次に気になったのが黒縁のメガネで、顔の半分はメガネで占められているんじゃなかろうかと思うくらい大きい。はっきり言ってダサいメガネだ。
さらに、上履きのかかとは踏み潰されてぺしゃんこになり、ズボンの裾は地面に擦れて破れている。その上、まだブレザー着用の季節なのに、ブレザーではなくベージュのセーターを着ていて、中のシャツもだらしなく出ている。カッターシャツのボタンは第一ボタンまで留まっていて首もとが苦しそうだが、ネクタイをしていない。とても入学して一週間の一年生とは思えない服装だ。
よく見ると手に何か持っている。あれは……フィギュアだ。なんだかよくわからないが、戦隊モノらしきフィギュアを五体も持っている。
皆の視線を釘付けにした彼は、何も言わずに靴音をぺったんぺったん鳴らしながらあたしの後ろの席までやってきた。ちょっと待って、そこは鈴木忍さんの席。
「おい」
山崎先生がいつもより低い声で彼に声をかけた。
「鈴木、おまえ今何時だと思ってる。てか、今日で始業式から何日目だか分かってんのか、この遅刻魔」
「……スイマセン」
鈴木。やっぱりだ。もしかしなくてもこの人が例の鈴木忍本人なのか。こんな、まったく得体の知れない、変人オーラが全身からにじみ出ている人が。
終わった。あたしの華のハイスクールライフが……。同じクラスで前後の席の子と大親友になるはずの夢が、希望が……。
鈴木忍が椅子に座る音が聞こえ、その後周囲は多少ざわついたが、山崎先生が注意して授業を再開すると、もう教室は何事もなかったかのように元通りになっていた。
だけど、あたしの気持ちの整理はそう簡単につくはずもなく、その授業も次の六時間目の授業も、何一つあたしの頭には入ってこなかった。
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