本と対話

シヨゥ

第1話

 本を読む。

 本には著者が経験し、調査し、考え、蓄積した知識が文字となってまとめられている。

 だから本を読む。

 違った人生、違った視点、違った考え方を感じることが出来る。

 だが、惜しいことにその考えに至った背景は感じることができない。

 なぜ経験できたのか、なぜ調査したのか、なぜそう考えたのか、その下地になった人生までは追体験することができない。

 だから人は話すのだ。


 出版記念のトークショーに当選した僕はまるで神を崇めるかのように話を聞き入っていた。

 もちろんメモも取る。本を読む中で感じた疑問がトークショーで氷解していくのが気持ちいい。それでも感じた疑問の大部分は残されたままだ。


 トークショーが終わりサイン会となった。

 僕は列に並びその時を今か今かと待ちわびた。

「今日は参加してくれてありがとう」

 順番が回ってくるとまずは握手を交わした。 

「こちらこそ貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます」

 そう返して本を差し出した。

「すごい読みこんでくれたんだね。作家冥利に尽きるよ。それにしてもこの付箋の数」

「はい。とても面白くて、とても身になる話が多かったです。ただ疑問もいっぱいあって」

「この付箋のところ?」

「黄色の付箋ですね。赤は何度も読み返そうと思ってつけてます」

「黄色って……5枚以上あるけど」

「全部は質問できると思ってません。1個か2個質問できたらなって」

「そうか。でも……」

 先生が出版社の営業を見やる。すると出版社の営業は首を振った。

「トークショーが長引いちゃったから無理そうだな。そうだな。これを渡しておくよ」

 先生は名刺を取り出した。

「そこに書いてあるメールアドレスに質問送ってくれたら答えるよ」

「いいんですか?」

「大丈夫。全部答えるよ。それが僕のためにもなるからさ。あぁ名前を教えてよ」

「蓮沼です」

「蓮沼くんね。覚えておくよ。今日は参加してくれてありがとう」

 先生は僕の本ではなく、ディスプレイ用に置いてあった新しい本にサインを入れて返してくれた。

「その様子だともっと読み込んでくれてサインが消えちゃいそうだからね」

 先生はそう言って微笑む。

「お気遣いありがとうございます! 絶対メールします!」

 こうしてトークショーを終えた僕は家路についた。


 あの日以来先生とのメールのやりとりは途切れることなく続いている。

 今ではサシ飲みをしたりするなど割と砕けた仲にまでなってきていた。

 その中で整理されていない考えや思考を伺い、「それってこういうことじゃないですか」なんて話をしたりもする。

 文面だけでは伝わらない思いや考えもある。それを実感する先生との交流は今後も続きそうだ。

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本と対話 シヨゥ @Shiyoxu

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