第3話 最悪の奇跡


 うそでしょ……? 本当に問答無用で殺す気なの?


 よく考えると、このコートの男のこともよく知らない。敵なのか、味方なのか。少年の危険性はわかっているつもりだが、私は気づけばとっさに銃の前に身を投げ出していた。


「ま、まってください!」


 かばうように、少年の前に入りひざまづいて手を広げる。


「彼はどういうわけか、記憶をうしなってるみたいです。それでも命を奪うんですか……」


「どけ」


 目が、私を圧してくる。


「どきません。殺すなら私も殺してください」


 もう、決めていたことだった。私に帰る場所はない。国をめちゃくちゃにして、両親に会わせる顔もない。


「ふざけたことを……こいつに洗脳でもされたか。もう一度だけ言う。どけ」


「いいえどきません。理由はどうあれ、私は彼に助けられてしまいました。であれば、見捨てられません。どうせ消えるはずだった命です。もう帰る場所もない。殺すのなら、私も」


 緊迫したにらみあいになる。コートの男は迷いなく引き金に指をかけたが、それを制したのは意外な言葉だった。


「おまえは……パパか?」


 コートの男の目は冷たいままで表情もぴくりともしないが、動きは止まった。なにが彼をそうさせたのかはわからない。


「お前に父親はいない。しいていえば、セザというアメリカの裏組織の連中がそうだ」


「……裏組織?」


 よくわかっていない少年ではなく、私自身がその言葉に反応する。


「こいつは……戦争のためにつくりだされた破壊兵器だ」


 コートの男は銃を持ったまま言う。

 彼の語ってくれたことは、おおよそ予測のつかないことだった。


「だが研究の途中ある日自我を持ち、暴走し施設を逃げ出した。多くの機関が、その情報を入手しこいつの抹殺をもくろんだが……すべて返り討ちにあった」


「……破壊……兵器……」


 彼の語ったことの重大さに衝撃を受けるとともに、合点もいった。少年が私を要塞から連れ出したときのことを思い出していた。人間離れした動き、魔法、そして怪物でさえも飲み込む恐ろしい力。


 その陰には……少年の悲痛な、悲痛という言葉ではなまぬるい倫理を無視した悪のかたまりの犠牲になった過去があった、ということになる。


「そんなもののために生み出されたんですか」


 話をきいて息がくるしくなり、うなだれる。


 以前の少年とのやりとりがふいに脳裏をよぎる。



「お前は……似ていたからな」


「似ていたって、だれに?」


「同じ目をしたやつに会ったことがある。むかつくから殺したがな」



 それって……きっと自分のことだったんだ。

 ずっとひとりで……

 それで世界をうらんで、ほろぼそうとした……

 そんなの……悲しすぎる。


 考えていたことは、知らず知らずのうちにつぶやきになっていたらしい。男が答える。


「そうだ。だからこいつは人を、人類とその文明そのものを深くうらんでいる。滅亡させるというのは口先で言っていたわけじゃない。ここで消さなければならない。なんとしても」


 うなだれていることしかできない私をよそに、一歩、男が私の背後の少年へと近づく。


「ぼく、そんなことしない。おねえちゃんといっしょにいる」


 後ろからそんな声がして、ふりむく。むっとした顔で、ほのかに強い語調だった。


「おまえ、ねえさんをいじめるな」


 声色が変わって、少年の雰囲気が変わる。

 魔法で、男の持っていた銃が先端から粉々に分解していく。とっさに男はそれを手離して腰につけていたもう一丁の拳銃をホルスターから抜こうとするが、突風に吹かれたかのように彼の身体は浮き上がり飛ぶ。横倒しの状態で回転しはるか後方のガレキの中に消えた。


「にげよう?」


 少年に手を引かれ、私はそれにしたがって歩く。


「う、うん」


 彼は、いやこの子は、人間なのだろうか。それとも機械かなにかなのだろうか。少なくともすでに人知を越えた存在であることはうたがいようがない。


「待て!」


 振り返ると、ボロボロになったコートを着た男が、血を口からたらしながら立ち上がっていた。なにか魔法を使おうとしているようだったが、なにをしても敵わないことを悟っているような表情にも見えた。


 とまどっていると、私の手をぎゅっとだれかが握ってくれる。やさしいおだやかな瞳をした少年が、そばについてくれている。


 このとき、意を決した。あるいは意のようなものを。すべてを失った自分が、成したいことをあらたに気づけたような思いだった。


「見ましたか。この子は今、わたしを守ってくれたんです。それに……記憶を失う前の彼も、そんなに悪い人じゃなかった」


 力いっぱいに声を出して、迷う私自身に鼓舞するようにさけぶ。


「兵器としてつくって……心をいれかえてもまだ殺そうとするんですか。あなたがやっていることは……彼をつくったという悪い人たちとどうちがうんですか」


 言いながら、小さく涙がこぼれた。目がうるんでいた。まばたきのせいですこしそれが宙にまかれる。


「罪深い私にまだなにかできることがあるのかもしれない……」


 破壊兵器、と呼ばれた少年の手を、私はつよくにぎりかえした。


「わたしがこの子を育てます。かならず……いい人間に」


 言い切ると、なにか胸がすがすがしかった。

 銃を向けていた男は、意識が切れたかのようにその場にくずれる。そのあいだに私たちはその場を去った。




 国を捨てて外へと逃げて、数日が経った。


 大言壮語を口にしたはいいが、しかし私たちには行くあてもない……


 雨宿りできるようなところを転々としながら、私と少年は日々をしずかにつないでいた。サヴェリによって崩壊した国の生き残りだというとみな、同情してほどこしをめぐんでくれた。


 小雨のふるなか、裏路地で私と少年は薄い毛布に一緒にくるまって時間を過ごす。


 そこに、だれかの話し声がする。通りの向こうで、憲兵たちがこちらを見てなにかを言い合っている。


 心配してくれているような様子じゃない。このままだと孤児院かどこかに連れていかれるかもしれないと思った。

 あるいは、あの人らが少年の素性を知っている人達なのであれば逃げないと。でもどこに?


 放浪するしかなかったのはその点のためだ。この子はだれかに狙われているかもしれない。そう思うと、どこにも定住はできない。


「おい、お前たちどこの出身だ」


 白いヒゲを生やした憲兵に腕をつかまれかける。そのときだった。


 見覚えのあるコート。あの男が、憲兵ら数人をかきわけて、私たちの前に来る。


「そいつらは俺の連れだ」


 彼がなにか刑事の証のような手帳を見せると憲兵たちはおとなしく引いていく。


 助け、られた? でもこの人は、私たちに敵対していたはず……


 混乱してだまっていると、向こうから声を発した。


「お前の言ったことを……考えた」


 相手は、武器をかまえたりする様子はない。急に腕をうごかしたのですこし警戒したが、自分の頭をたたいてけだるそうに言うだけだった。


「できるというのなら」彼はそこでふうと息をはいて、言いづらそうに何か考えているそぶりを見せる。


「俺も協力しよう。そいつは全知全能のホロウクラウンになったことだしな。良くも悪くも、ほうっておけん」


 間があってから、彼はそう言ってきた。


 私もすこし遅れて、うなずいてから言葉の意味をうけいれる。


「よろしく、おじさん」


 少年のほうはなんの警戒心もなく、笑顔になって言った。


 すこしためらいはあったが、この子がいれば、なにがあっても大丈夫だろうと思える。それにいまさら私はもう命は惜しくない。

 この人と組んでみよう。素直にそう思えた。


「俺はまだ25だ。てめえのせいで腰を痛めて、ほんとにおっさんになるとこだったがな」


 コートの男はあきれ顔で言う。そして真剣な目つきになり、


「ホロウクラン……おまえにはやってもらいたいことがやまほどある」


 意味ありげに言う。この少年と秘宝の力を見込んで、ということだろう。たしかに世界は、問題で満ちている。私の過去も、少年の過去も、この男の人がおそらく経験してきたことも、その一部でしかないのかもしれない。


「やーだよ。僕がいうこときくのはおねーちゃんだけ」


 張り詰めた空気をこわすかのように、明るい声で少年は私の腕にからんでくる。


 意外にもそれを見て、男は口元をゆるめる。


「……ふっ。やれやれ。まるで鳥のヒナだな」


 卵から生まれたヒナは、はじめてみたものを親と認識するという。その話のことを言っているのだろうか。


 そのあとで、コートの男はにわかに不安げにつぶやく。


「希望の種となるか、混沌の闇となるか」


 小さく、肩を落としていた。


「きっと、希望ですよ」


 私はにこやかに答えて、


「ね? ゼンチ」


「うん!」


 少年に問いかけると、そう元気よくかえってくる。


 私は、前よりずいぶん、前向きな気持ちになっていた。







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ホロウクラウン ー旅人は死者の声をきくー isadeatu @io111

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