第128話 青木颯太の悩みは尽きない
長いようで短かった夏休みが終わる。
早い人はもう始まっているが、これからは進学や就職に向けて本格的に動き始める時期だ。
まだ残っている楽しみもありながら、俺は結局この問題に悩まされていたのだ。
「……マジで大学決まらん」
もう何回話したかわからないが、俺はため息を吐きながらそう零した。
「まだ悩んでたの?」
「やりたい勉強とかないからなぁ……」
「まあそれもそっか。今まで悩んでたのに急に決まるわけないよね」
「そうなんだよ。夏休み中に勉強したはいいけど、肝心の進路が決まらないと話は進まないし」
着実に学力は上がっている。
最初は学年でも下から数えた方が早かった。他の人から見ると大したことないかもさるないが、今までの比ならないほど学力が上がっている。
そのため大学の選択肢は増えていた。
ただ、選択肢が増えたところで決まらないことには方針も固まらない。
「一番は大人の人に聞くことだよね」
「……と言うと?」
「実際にどうやって進路を決めたのかとか、そういうのが聞けたら参考になるんじゃないかな?」
「確かにな……」
実体験を聞くのが一番参考になるとも言える。
どういった経緯で大学に進学し、今の仕事をすることになったのか。大学に行ってなくてもどういう経緯で就職をすることにしたのかというのは参考になるかもしれない。
俺は身近な大人を考えながら、とりあえず職員室に向かった。
「先生はどうやって大学決めました?」
「……唐突にどうした?」
まず大人と言われて最初に思いついたのは担任の後藤だ。
後藤は仕事中だったのか、気怠そうにしながらペンを片手にプリントとにらめっこしていた。
そんな後藤は驚いた様子で目を丸くしている。
「……正直、進路に悩んでます」
「前の進路希望調査、普通に出してなかったか?」
「適当に書きました」
「おいおい……」
後藤は苦笑いしながら呆れている。
三年生になってからすぐに進路希望調査はあった。しかし進路が変わっている可能性も考慮して、その後も何度か同じものを提出していた。
そして俺はとりあえずのつもりで、学力に合うような大学を書いていた。主に虎徹の書いた大学を真似ているだけだが。
「……正直に話をしてくれて、相談してくれるのは担任として嬉しいよ」
「……先生」
「ただ、めんどくさいことになるから先に言っとけよって思ってる」
「先生……」
俺はちょっと後藤を見直していた。
普段はめんどくさがっていても、いざという時には頼りになるのだと。
しかし、最後の言葉でぶち壊しだった。
「まあどうやって大学を決めたかって話だけど、俺は適当に就職に有利なところを選んだな。その中でも受かったところに適当に進学した」
――おいおい。
そんな適当でいいのかとツッコミを入れたくなるが、仮にも先生のため俺は適当に相槌を打っておく。
「言っとくが、俺がめんどくさがっているから適当なことを言ってるわけじゃないからな? 大半のやつは動機なんてないんだよ。この仕事がしたいって決めて進学するのはいいけど、それだけを考えていたら視野も狭くなって、失敗したときのケアができない」
「失敗って言うと……」
「希望通りの職場に就けなかった時な。例えば教師になりたいからって他の選択肢を考えなかったら、教師になれなかった時にどうするんだ、ってことだ」
「……それは、確かにそうかもしれないですね」
改めて俺は後藤のことを見直していた。
いつもはグータラしていても、しっかり考えることは考えているのだと。
「じゃあ、先生はやりたいことができなかったから教師をしてるんですか?」
「いや、違うな」
後藤はそう言ってペンを置くと、改めて俺に向き直した。
「そもそもやりたいことはなかった。今の青木みたいにな」
「それなら、どうやって決めたんですか?」
「さっきも言ったように就職だよ。俺は物理の担当だろ? つまり理系だ。一般的には理系の方が就職が有利……ってのは諸説あるが、文系よりも理系の方が潰しがききやすいんだよ」
「……どういうことですか?」
「専門的な勉強をするから、似た系統のところで絞りやすい。工学系とか医療系とかそんな感じだ」
「なるほど……」
若干理解は追いつかないが、おおよその意味は理解できるため頷いた。
言ってしまえば、その勉強をしてきた人にしかできないところで働けるのだ。
「色々調べてみて一番興味がありそうな学部を選びつつ、色々な方向の進路を考えてみるのも手だよってことだ」
「先生。でも俺って理系ですから、そこはあんまり悩まないんじゃ……?」
「バカ言え。理系でも学部は多いから、色々と選択肢はあるぞ? どんな勉強をするのかっていうのは、学部によって違うからな」
大学は高校とは違う。
それでも俺はよくわかっていなかったようだ。
高校では多少の違いがあっても、勉強するものはある程度似通っているのだから。
「あとな、青木。さらに選択肢を増やすかもしれないが、文系の学部に進学できないこともないぞ」
「そうなんですか?」
「これも学部にはよるけどな。受験して合格したら進学できるわけだから、要は受験できればいい」
「条件とかは?」
「調べとけよ……って言いたいところだが、理系なら理系って考えて気にしないか。……高校で授業をどれだけ履修してるかで受験できるかは決まる。例えば物理が必要な学部なら、物理を取らない文系の大半はアウトだな」
うちの学校は、文系でも物理基礎までは授業がある。
しかし、物理は選択科目だ。
物理と物理基礎が全くの別科目のため、文系は物理を選択しなければ理系の受験が出来ないのだ。
そもそも文系から理系の大学に行こうとする人は少数だが。
そう考えると、文系が理系の学部を受験するよりも、理系が文系の学部を受験する方がまだあり得る。
理系は文系科目をある程度勉強するからだ。
――ややこしくなってきた。
「青木、こんがらがってるな?」
「なんでわかるんですか」
「俺だって一応教師だ。全部が事細かにわかるわけじゃないが、何人もの生徒を見てきて、多少は考えてることもわかるよ。わかりやすくアホみたいな顔してるし」
「アホとは失礼な」
後藤は俺のことをよく見てくれていた。
不服ではあるものの、一応は気にかけてくれていることに感謝を述べる。
「……ま、悩めよ。誰かが決めた進路で後悔するよりも、後悔するなら自分で決めた進路の方が百倍マシだ」
「……色々と聞かせてもらってありがとうございます」
「おう。暇な時くらいなら相手してやるぞ。ただ、面倒ごとは増やすなよ」
上がりつつあった好感度も、最後の一言でふいになった。
話を聞かせてもらったことには変わらないため、もう一度礼を言うと俺は職員室から出る。
選択肢が増えたことによって一歩後退したが、ある意味は一歩前進したのかもしれない。
そう思い、俺は教室に向かって歩みを進めた。
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