第125話 本宮花音は笑えない

「……それで、本宮は怒ってると?」


「うん。颯太くんは酷い男だ!」


「待て待て、別に俺は誰とも付き合ってないし、誰と仲良くしていてもいいだろ」


 俺はそう必死に弁明するものの、花音からの冷たい視線は変わらない。虎徹はノーコメントだ。

 唯一、若葉だけがフォローしてくれる。


「まあまあ、颯太の言う通り誰とも付き合ってないんだし、いいんじゃない? かのんちゃんから見たら私だって颯太と仲良くしてる女友達だよ?」


「……じゃあ、藤川くんが私以外の女の子と仲良くしてたらどうする?」


「うーん。……その時は、ねえ?」


 意味深に言葉を止める若葉に、虎徹は身震いしている。

 若葉の表情は、……怖かった。


 しかし、若葉は表情を一変させる。


「冗談だよー。仲良くしてるくらいなら別に良いし、流石に付き合ってるから二人きりで遊ぶとかは嫌だけど、虎徹のことは信頼してるからさ」


「若葉……」


「もし浮気したら、私よりも怖い人いるし」


 想像をしたのか、虎徹は青い顔をして首を横に振っている。

 どうやら両親公認となっているらしいため、藤川家と井上家の両親と、初花ちゃんにぼこぼこにされることだろう。

 若葉に対して重い気持ちを抱いている虎徹に限っては浮気なんてしないだろうが。


「そうだよね。……でも、親友ポジションは譲らないよ!」


「虎徹と若葉も十分親友ポジションなんだけど……」


「それはそれ!」


 花音の基準がわからない。


「よし! 話がまとまったところで買ってきたもの見せ合おっか!」


 若葉が強引に話を変えてくれたことで、この話題は綺麗さっぱり消えてなくなった。




 買ってきたものがどれだけ一致するのかというゲームの結果五個中三個と過半数は一致した。

 たこ焼き、フランクフルトという王道のものは一致し、驚いたのは焼きとうもろこしが一致したことだ。他のものに比べると選ぶ可能性は低いため四人とも驚いていた。

 あとは俺と花音が選んだのは焼きそばとわたあめ、虎徹と若葉はからあげとイカ焼きだ。

 会わなかったのは残念だが、俺たちは人通りの少ないベンチで休憩しつつ、買ってきたものを食べていた。


 その時だ。


「あれ、双葉と凪沙じゃん」


「あっ、先輩……」


「おにい……」


 双葉と凪沙が部活ジャージのまま通りかかった。

 しかし、二人はバスケ部で回ると言っていたはずだ。


「あれ、他の人は?」


「あー、ちょっとはぐれちゃって」


「それならここで待ち合わせとかしたら? せっかくだし、少し話さない?」


 花音がそう言うが、二人は難色を示した後、首を横に振る。


「連絡は取れたんで、向かってるところなんですよ」


「そうそう! なので、私たちはもう行きますね! 先輩方も楽しんでくださいね!」


 双葉はそう言いながら敬礼をし、二人は向かっていった。


「……気遣われたな」


「え?」


「なんとなくだけど、バスケ部で来たんじゃなくて二人で来たんじゃないかなって思ってる」


 待ち合わせをしていたにしてもおかしいところがある。探し回っていたからという可能性はあるが、人通りの少ない住宅街の方から人通りの多い屋台の方に向かっていた。

 今まで回っていたのであれば、食べることの好きな双葉なら何か一つくらい買ったものを持っていても不思議ではない。

 明らかに今来たばかりだとわかる状況だ。


 双葉はいつしか俺たちの関係が羨ましいと言っていた。自分もその輪の中に入りたいとも言っていたが、見ているだけでも幸せだとも言っており、双葉にとっては四人で仲良くしてほしいという気持ちがあるのだろう。


 最近の大きなイベントでは、双葉や凪沙を交えて四人で出かけることが多かった。

 あくまでも推測だが、四人での思い出も作ってほしいという気遣いだ。


「まあ、あんまり突っ込みすぎても良くないし、俺たちは俺たちで楽しもう」


「そうだね」


 俺は手に持っていたフランクフルト……虎徹が食べ終えた残りにかぶりつき、話題を変える。


「……それにしても、花音と仲良くなってまだ一年も経ってないんだな」


「確かに。ずっと一緒にいる感じだよ」


「色々あったよなぁ……」


 高校生の間はあっという間の短い時間でも、長く感じるという話を耳にする。特に大人なんかはそんなことをよく言っている。


 虎徹と若葉、三人でいた時も長く感じていた。三人でいた一年半も、毎日をただ過ごしているようで、かけがえのない時間だ。


 そして花音と仲良くなったのは去年の十月頃。もうすぐ十一ヶ月になるが、その間の時間は特に濃かった。

 ほんの些細ささいなきっかけで俺は学校一の人気者『かのんちゃん』の本性を知った。素を知られてしまった花音は俺とは遠慮なく話すことができ、いつの間にか友達になっていた。

 距離が近づいて遠くもなったこともある。花音の話したくなかった過去を知ることもあり、それで遠くなった距離は更に近くなっていた。

 花音が転校するという話になったことも、まだ半年も経っていない。


 衝突もあったが、結果的にこうして四人でいることができる。

 今の関係がいつまで続くのかはわからないが、……少なくともずっと続いてほしいと思う。


 夏休み最終日。

 これからは本格的に受験に向けて動き出す。

 まだ文化祭もあれば、高校三年生のこの時期には珍しいが修学旅行もある。

 楽しみもあり、思い出もまだまだ作れるのだ。


「これからも四人でいたいね」


「そうだな」


 俺がそう言うと、若葉も「そうだね!」と言って花音に抱きついている。


 ――こんな時間がいつまでも続けばいいのに。


 そう思っていても終わりは訪れる。

 まだ祭りは来たばかりだが、楽しい時間は短く感じるのだ。


 少なくとも、今日という日を全力で楽しみたい。

 いや……、




 




「あれ? 本宮じゃん」


 俺たちの空気……花音の表情はその一言と共に崩れ去る。


「黒川……くん……?」


 血の気が引くということは、まさにこのことを言うのだろう。

 夏の暑さと楽しみからくる興奮。そして夕陽に照らされて火照っていた花音。

 そんな笑顔はもうどこにもない。

 れた桃のような赤みの帯びていた花音の顔は石膏せっこうのように固まり、青白くなっていた。

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