第117話 かのんちゃんは探りたい!

 今日は虎徹がバイトで、若葉も部活だ。

 そうなると俺と花音は二人とも空いているが、いつも集まっている虎徹の家が使えないという状況になる。

 たまに俺の家に集まることもあるが、女の子と二人きりというのは流石に難易度が高かった。すぐに終わる用事ならまだしも、だ。


 しかし、外で遊ぶのは徐々に慣れつつある。

 たまにの息抜きということで、俺と花音は街に繰り出していた。


「さて、今日は適当に散策かなぁ」


 花音はそう言って笑顔を見せる。

 外に出るときは予定を立てて動くことは多いが、こういう日があってもいいだろう。


「まずどこ回りたい?」


「いやいや颯太くん、そういうことじゃないんだよ。適当に歩いて新しいことを発見するのが楽しいんだよ」


 花音はそう言うが、いつもと同じように駅前でブラブラとするのだ。

 たいして新鮮味もないため、新たな発見があるのか疑問だ。


 しかし、花音がそう言うのなら、特に行きたいところがない俺は拒否する理由もない。


「わかった。じゃあ、適当に回ってくか」


「うん!」


 そう言っていつものごとく、俺たちは駅前のショッピングモールに足を運んだ。




 新たな発見などない。

 ……そう思っていたが、案外知らないことは多かった。


「へえ、ここの店ってこんなのも売ってるんだ」


「知らなかったの?」


「まあ、中まで入ることってあんまりないし」


 いつも通りがかりに見かけていた雑貨屋だが、ちょっとしたアニメグッズなども置いてある。

 あまりディープなものはないが、最近流行りのアニメグッズは多かった。


 今まで入らなかったのは、店の外景や内装などがピンク色のため、勝手に女性向けだと考えていたからだ。

 実際に女性向けの雑貨などを多く取り揃えているため、考え自体は大きく間違っていないのだが、案外だ院生向けの雑貨も置いてあるため店内には男性客もいないわけではなかった。


「こういうのはどう?」


 花音の声で俺は視線を向けると、花音は猫耳カチューシャを手にして頭に当てていた。


「ぶっ!」


「うわっ、何!?」


「か、花音が、くくっ、猫被ってる」


 素を出した状態でクラスメイトと接することは多くなったが、やはり完全に猫を被るのをやめたわけではない。

 他の人から良いように見られたいという気持ちは誰にあってもおかしくないことのため、その程度の猫被りにはなっている。


 過度に気にしすぎていた花音が猫耳をつけていることが。俺にとってはツボだった。


「そういう意味でやったわけじゃないんだけど」


 一種の自虐ネタなのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 花音は不貞腐れたようにカチューシャを戻すと、そっぽを向いた。


「ご、ごめん。お、おもしろくって……ぷっ」


「悪いと思ってないでしょ?」


 本気で怒っているわけではない。

 それをわかっているからこそ言えることだった。


 花音が不服そうなのは変わらないが。


「そんな颯太くんにはお返し!」


 そう言って花音は別のカチューシャを取って俺の頭に近づける。

 商品のため実際につけたりはしないため、俺は避けずになされるがままだ。


「……何の耳?」


「犬だよ。……ぷははっ! 似合ってる似合ってる」


「犬なら若葉の方が似合うんじゃないかな?」


「……颯太くん。デート中に他の女の子の名前を出すのはデリカシーないよ?」


「待て、そもそもデートなのか、これは?」


 そんなことは聞いていない。

 案の定というか、花音はニヤニヤとしている。

 からかうためにそんなことを言ったのだろうが、デートという言葉に耐性がついてきた俺は動じなかった。


「つまんないのー」


 花音はカチューシャを元の場所に戻す。


「次行こ、次」


「え、あ、うん」


 切り替えの早い花音に呆気にとられながらも、俺は進む花音についていった。





「……それで、ここは?」


「見ての通り、家電量販店だけど?」


 全国展開されている家電量販店。

 それは花音の言う通り、見てわかるのだ。


「そうじゃなくて、いくら適当にブラブラするからって家電は買うわけじゃないんじゃないか?」


「そんなことないよ? 私はたまに買うし」


 実質一人暮らしをしている花音からすると、割と身近な場所なのだろう。

 俺は自分で家電を買うなんてことはないため、考えもしなかった。


「まあ、家電を見るわけじゃないけど」


「見ないんかい」


「だって高校生でも周りからしたら何歳かなんてわからないし、同棲始めるカップルみたいに見られるじゃん? 流石に颯太くん相手でもそれはちょっと……」


「それはそれで悲しいんだが」


 不要なダメージを受けた俺だが、花音は素知らぬ顔で話を進める。


「家電だけじゃなくて、色々あるでしょ?」


 花音が向けた視線の先に俺も視線を移す。


「……ゲームはダメだからな?」


「なんでぇ!?」


「だって花音、最近買ったゲームで勉強時間減ってたじゃん」


 少し前に発売した有名ゲーム。

 モンスター同士を戦わせるゲームで二種類展開されているのだが、花音は二種類とも買ってやり込んでいた。

 そのため熱が収まるまでの間、花音の同意の元、虎徹の家でゲーム機ごと封印してある。


「私のピッチャマ……」


「預かってって言ってたの花音だからな?」


 自ら封印しておきながら、時々発作のように最初の相棒の名前を呟いている。


「厳選しないと……」


「勉強もしないと」


 今までと言っている立場が真逆だ。


 ちなみに花音以外は適度に進めている。

 花音と虎徹が買ったことで若葉も買い、三人が買ったため俺も買ったのだ。ちょうど幼稚園や保育園頃のリメイク版のため、懐かしんでゲームを楽しんでいる。


 いつもなら虎徹も一日か二日でクリアまで進めてアフターストーリーを楽しんでいるのだが、今回ばかりは受験もあるためスローペースだ。

 それにも関わらず、花音は一日で二種類ともクリアしていた。

 慣れている虎徹もクリアまでは進んだが、俺と若葉はまだ半分くらいだ。


「は、話は逸れたけど、本当に見たいものはそれじゃないよ?」


「本当に……?」


「ピッチャマに誓って!」


 堂々と宣言する花音。

 そこまで言うなら本当なのだろう。


 今度は「あっち!」と言って進む花音に、俺はまたついていく。


「イヤホン?」


「そう、イヤホン」


 花音が向かったのはオーディオコーナーの中でもイヤホンが並べられているコーナーだ。


「颯太くんって、勉強中に音楽聴いたりしてる?」


「うーん……たまに? あんまり良くないって聞くけど、ついついしちゃうんだよね」


「わかる。その時によるけど、集中できる時もあるんだよね。最近私も聴くこと増えてきたから、ちょっと良いイヤホン欲しいなぁって思ってさ」


「なるほど」


 イヤホンの良し悪しは正直わからない。

 ここには格安のものから、ショーケースに見本が並べられている高価なものまである。

 高くてもせいぜい二千円くらいのものしか使ったことがない俺は、万単位の金額というのは未知の領域だ。


「本当は別の日に来ようとしてたんだけど、せっかく時間もあるからどうかなって」


「……俺と来ても、詳しくないよ?」


「大丈夫。だいたいの目星はついてるから」


 花音は目星をつけてきたのだろう、携帯でメモを見ながら展示されている商品と照らし合わせている。


「颯太くんって、どういう音質が好みとかあるの?」


「うーん……、あんまりわからないから特にないけど、普段使いなら響く感じ?」


「重低音ってやつかな?」


「多分そう。……でも、勉強中だと気が散るし、クリアな感じかなぁ?」


 俺がそう話していると、花音は聞き入りながら頷いている。


「私も勉強中に使うことが多いし、クリアな感じがいいかなぁ……」


 ちょっとした話だが、どうやら参考になったようだ。


 最初は目的もなく散策していたが、思わぬ収穫だった。


「これとか良いってネットで書いてあった。有線のやつだけどね」


「俺もワイヤレスより有線派かも」


「そうなの?」


「うん。そもそも高くて手が出ないってのもあるけど」


 こういうことは虎徹が詳しそうだと思った俺は、一度聞いたことがあった。

 虎徹もあまり詳しいわけではないようだが、似た音質のものを買おうとすると、かなり値段が変わっているという話を聞いたことがある。

 そのため、虎徹おすすめの安い割に音質が良いものをネットで購入した。

 ちなみに一台壊れたため、今は同じものを二台目ならぬ二代目だ。


「それにしても、何色かあるから悩むなぁ」


「青はカッコいいし、ピンク……っていうか赤っぽいのは花音に合いそうだな」


「そう?」


 女子イコールピンクというのは安直すぎるというか、ある意味偏見でもある。

 しかし、それを抜きにしても花音はピンクのイメージが強い。

 本人も好きなのか、ピンク色の物を使うことは多い気がする。


「じゃあこれにしよっかな」


「いいな。……って高っ!」


 花音が手に取ったのは、一万円は優に超えるイヤホンだ。

 本格的なものの中では、それでもまだ安価な方だった。


「今までみたいに遊べないのにバイトは入って、勉強ばっかり。……これくらいはいいよね?」


「花音がいいなら俺は止めない」


 目が据わっている花音を見ないように、俺は目を瞑りながら首を横に振った。


 金遣いは荒くない花音だが、日々の受験のストレスをお金とともに発散するのだった。

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