第116話 青木颯太を応援したい!

「ねえ颯太。宿題はどうなの?」


「ふっふっふ、もう終わったぞ!」


 虎徹と若葉の一件から数日後、俺たちはいつものように虎徹の家に集まっていた。

 若葉が部活でいない日は圧倒的に多いが、俺や花音がバイトでいない日もたまにある。

 もちろん虎徹本人がいない場合もあるため、その日は勉強会はしないが、だいたい三人以上の時しか集まらない。

 今日は久しぶりに四人が集まった日だった。


「あの颯太が……」


「あのってなんだよ、あのって」


 あまりにも不名誉な言い方だ。

 自覚はあるが、ツッコミを入れないと気が済まない。


「颯太くんって、そんなに宿題やらなかったの?」


「かのんちゃん、聞いてよ。一昨年は酷かったんだよ」


「おい、一昨年の話を持ち出すな」


「いや、一昨年が夏休み終盤になって焦りまくってたから、去年は私と虎徹が序盤からコツコツやらせてたんじゃん」


 ぐうの音も出ない。

 あの時の若葉は宿題を忘れた時の学校の先生よりも怖かった。虎徹も、夏というのに背筋が凍るほど冷ややかな視線を向けてきたのを覚えている。


「こ、今年はしっかりやったんだからいいだろ!」


「いいんだよ? でも私が颯太って言う気持ちもわかってほしい」


「なんかすまん」


 つい謝ってしまうほど、若葉は遠い目をしていた。

 勉強面では面倒をかけている自覚はあったが、俺が思っていた以上だったのだろう。


「まあ、最近の颯太は頑張ってるよね。私が言うのはなんだけどさ」


「流石に浪人はしたくないからな」


「去年までは留年の心配だったのにな」


「おいこら虎徹」


 虎徹といい若葉といい、俺をディスらなければ気が済まないのだろうか?

 自覚はあるため、あまり言い返せない。


 そんなことを考えつつも、本気でヤバい時はこんないじりすらされていないだろう。

 本気のトーンで心配されることの方が俺にとって辛い。二人はそれを知っているからこその言葉だ。


 軽い感じでいじられているだけ、俺は学力が上がったことを感じられる。

 なんと悲しい指標なのかという話ではあるが。


「颯太の学力いじりは置いといて……、頑張っている颯太にこれをあげよう」


「……なんだこれ? 参考書?」


 若葉が俺に渡してきたのは政治・経済科目の参考書だ。

 ありがたいにはありがたいが、突然のことに俺は戸惑いを隠せない。


「いやぁ、卒業した先輩がくれたの忘れてて同じの買っちゃってさ。颯太って持ってないって言ってたからちょうどいいかなって」


「まあ、ありがたいけど……」


 俺は三年生になってから参考書なども買い始めたが、いきなり全教科分を買ってしまえばとてつもない出費になる。

 そのため集中的に勉強すると決めた数教科ずつ買っており、政治・経済は後回しにしていた。

 そろそろ新しい教科に……と考えてはいたため、ちょうどいいと言えばちょうどいいのだ。


 俺は虎徹の方に視線を向ける。

 関係は変わらないとはいえ、真っ先に俺がもらっていいのかと疑問に思ったのだ。

 しかし、虎徹の答えはあっさりとしていた。


「俺も若葉と一緒に買ったからな。持ってるし、二冊目を持っててもな……」


 流石に虎徹は知っていたか。

 それならと思い花音に目を向ける。


「私は他の参考書だけど持ってるし」


「二冊目とかは?」


「何冊もするよりも一冊をとことんした方が良いって聞くし、学校の参考書もあるからなぁ……」


 言われてみるとその通りだ。

 全教科がそうだが、学校の授業で使う問題集とそれに対応している参考書は進級時に購入している。

 そのため自分でも参考書を買っているなら、すでに二冊も持っていることになるのだ。


「……それじゃあ、ありがたくもらっておこうかな」


「どうぞどうぞ。もともとあげるつもりだったから持ってきたんだけどね。ちなみに先輩も買ったのを忘れてたらしくて、使ってない実質新品だから安心してね!」


「お、おう……」


 そこはあまり気にしていないが。

 まあ、確かに誰かが使ったものよりは新しいものの方が気持ち的には嬉しい。


「よし、じゃあ私も頑張っている颯太くんにこれをあげようかな」


 花音は若葉の話に乗っかるようにそう言うと、筆箱の中を探り始める。


「はい、これ」


「ええと……、シャーペン?」


「うん。私が使ってるやつだから新品じゃないけど、使いやすいしおすすめのやつ」


 そう花音が渡してきたシャーペンは、メタリックな青色のシャーペンだ。

 深い青の色がカッコよさを際立たせている。


「むしろいいの? 使ってるやつなのに」


「うん。気分によって色違いのやつ使い分けてるし、私はこっちの方がよく使ってるから」


 見せてきたのは同じ種類でも、ピンクのシャーペンだ。

 ピンクでも濃い目なこととメタリックな感じがあるため、紫っぽさもあってカッコいいと思っていた。


 確かに花音はそれをよく使っているところを目にする気がする。


「新品でも良かったけど、私のパワーが詰まってるから大事に使ってね?」


「う、うん、ありがとう」


 人が使ったやつでも、仲の良い人からのものならそれは嬉しい。

 花音の力で、なんとなく頭が良くなったような気にもなる。


「二人があげてるんだ、俺も何かあげるか……」


「無理しなくてもいいぞ? っていうか、いつの間に俺に何かあげる感じになってるんだ?」


 頑張っているからとは言っていたが、受験生である以上は頑張らなければ受からない。

 ……自分のために頑張っているだけだが。


 俺はそう言いながらも、虎徹から渡されたものを受け取った。


「……消しゴム?」


「ああ、ストックしてあったやつ」


「お、おう、ありがとう」


 よく書き損じをするためありがたい。


 そもそも、あらかじめ俺に渡すつもりで用意していた若葉以外はその場にあるものしか渡せないため、これくらいが一番いいのだ。

 花音からもらったシャーペンはいざというときに使おうと、虎徹にもらった消しゴムとともに筆箱にしまった。

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