第105話 青木颯太は学習する

 アウトレットモールに移動した俺たちは、真っ先に服を見に行……かなかった。


「やっぱり疲れた後はしょっぱいものだよね!」


「甘いものじゃなくって?」


「ちっちっちっ、かのんちゃん、どっちも美味しいってものだよ」


 油のいい香りにつられて、俺たちはポテトを食べていた。

 花音と若葉は軽食としていたが、その時はフライドポテトだった。

 しかし今回食べているのは、螺旋らせん状のポテトが串にささっているトルネードポテトだ。


 疲れた後に油っこいものを食べたくなるというのは、おおむね同意できる。

 部活帰りなどが特にガッツリしたものを食べたくなる。

 もっとも、中学生の時は買い食いなんてできないため、急いで帰宅して夕食を待っていたが。


「甘いものと言われれば、ソフトクリームの屋台もあっちにあったよね? 食べたいなー」


「帰りのバスと電車代あるのか?」


「うっ……、我慢します……」


 こういう日はどうしてもお金を使ってしまう。

 とはいえ、若葉も俺たちと遊ぶ以外はほとんどが部活のため、お金を使う機会はそう多くはない。

 お小遣いとお年玉を貯めては使っての繰り返し、一年間でやりくりしているようだ。


 そして、受験を控えている俺たちは、この夏休みの予定は受験勉強をしつつ虎徹の家でたまに遊ぶのがほとんどだ。

 あとお金を使うイベントと言えば夏祭りくらいだろう。


 俺はそこで疑問が浮かぶ。


「……ってか、夏祭りあるのに今日こんなに使って大丈夫なのか?」


「大丈夫大丈夫。使いすぎないようにチケット代と交通費、あとこうやって食べ歩くためのお金をちょっと多めに入れただけだから。今日使う分以外は貯金箱に突っ込んできたよ」


 計画性のある若葉のことだ、心配は杞憂きゆうだったようだ。

 適当なところはあるが、四人の中で一番しっかりしているのは若葉なのだから。




 食べ物の誘惑はあったものの、俺たちは花音と若葉が主導となって服屋を巡る。

 基本的には見るだけが多いが、何着かは花音の琴線きんせんに触れたようで購入していた。


 そんな花音とは対照的に若葉はまだ何も買えていない。

 色々と欲しいものが尽きない若葉だったが、あれもこれもと言っていてはキリがない。

 虎徹が誕生日プレゼントとして買うということで話はついたようだが、誕生日プレゼントだからこそ『これ!』というものを選びたいのだろう。


「ねえ、虎徹。これとこれ、どう思う?」


「どっちもいいんじゃないか?」


「もー、適当だなぁ」


 若葉は不服そうにしながらも、手に持っている服を見比べて悩んでいる。

 ただ虎徹は「……別に適当じゃないんだけどな」と頭を掻いてつぶやいていた。


 ――本心であっても、答えにはなってないぞ。


「ねえ颯太くん」


「ん? どうかした?」


 今日は花音にドギマギさせられっぱなしだったが、水着でなくなった今では普通に接することができている。

 やはり、水着の女の子と話す機会なんてそうそうないせいだったのだろう。


 そして花音は若葉と同じように、スカートを二着持って質問してくる。


「これとこれ、どっちがいいかな?」


 花音は悪い顔をしながらそう言った。

 聞いてみたい気持ちもあるかもしれないが、からかい半分なのはすぐにわかった。


 しかし、俺も色々と学んでいる。

 こういうときのための勉強もちゃんとしているのだ。


「上は何色の服を想定してる?」


「えっ……? 特に考えてないけど……」


「じゃあ今着てる白っぽいのだと、右手に持ってる赤のスカートは合うと思う。薄い色と濃い色の組み合わせだと、色がケンカしないし。……左の水色のスカートも悪くないけど、水色が薄すぎるからちょっとあっさりしすぎになるかな? 水色でも、もうちょっと濃いのか、上がグレーとかなら合いそう」


 俺が詰め込んだ知識を絞り出した答えに、花音は驚いた表情を浮かべた。


「前はあんなに『わからない』って言ってたのに……」


「人は日々成長するものだからな」


「あ、うん、素で驚いちゃった。ごめん、失礼だったね」


 俺にセンスがないことくらい、自分が一番わかっている。

 それよりも、ボケたつもりの言葉を適当に流される方が失礼な気もする。

 ――俺がボケるのが下手なだけか。


「付け焼き刃だけど、ちょっとだけ勉強した」


「そうなんだ。……何かきっかけでもあった?」


 花音は何故か疑いの眼差しを向けてくる。

 何を疑われているのかわからないが、様子を伺うような眼差しでもあった。


「え、いや、何もないけど?」


 相変わらず、誤魔化すのが下手だ。

 きっかけは双葉ではあるが、こういう際に別の女の子の名前を出すのは失礼だということは知っている。


 声を上擦らせながらも、なんとか回避に成功した。

 依然、疑いは晴れていないようだが。


「……まあいいや。言われてみると私も同じ考えかなって思ったから、ちょっと驚いた」


「ああ、凪沙のファッション雑誌見てさ」


「ふーん……。別な女の子の話するんだ」


「妹はしょうがなくないか?」


 拗ねた……ようにわざと振る舞っている花音の表情は可愛いが、正直めんどくさくもあった。


 そして俺は取ってつけたように補足する。


「あ、そうそう、凪沙が『おにいはもっと女心をわかった方がいい!』って言って勉強させられたんだよ」


「このタイミングで言ったら、嘘っぽく聞こえるね。めちゃくちゃ棒読みだし」


「ま、まさか嘘なんて……」


 しょうもない誤魔化し方をしたため、それが裏目となってしまった。

 下手に誤魔化さずにだんまりしていた方がよかったかもしれない。


「まあいいや、参考にはなったし。……ついでに参考にさせてもらいたいんだけど、颯太くんはどっちが好み?」


「えぇ……」


 センスは多少磨けたかもしれないが、好みというのはさっぱりだ。


 ただ、俺は花音に似合いそうな方を指差して言った。


「赤のスカートかな? 花音って元がいいからシンプルな方が映えると思う」


「……そ、そう?」


「うん。……というか、自分でも可愛いこと自覚してるんでしょ?」


「だいぶ前のこと出してくるね……。まあ、声かけられたり告白されたりしてるし、これで私が不細工だって言ったら他の人にも失礼すぎでしょ」


 花音の素を知ることとなった時、そんなことを言っていた。

 前にも言っていたが、周りに可愛いと評されていることもあり、花音は自分が可愛いということを自覚している。

 しかし自信があって、そう思っているわけではなさそうだ。

 他人の意見を聞いて、総合的に判断しただけなのかもしれない。


 そう思うほど、今の花音は謙虚な姿勢を見る場面が多いのだ。


「まあ私のことはいいや。とにかく参考になった。……ありがと」


 花音はそう言って、赤いスカートをレジに持っていく。


 ちょっとした意見だったが、参考にしてもらえた俺は、心の奥がむずがゆくて仕方がなかった。




 結局、若葉も納得のいくものを選べたようで、誕生日プレゼントとして虎徹に買ってもらっていた。

 終始申し訳なさそうにしていた若葉だが、虎徹は気にしている様子もない。


 そして俺たちはバスに乗り、乗り換えて帰宅をする。


 程よい倦怠感と心地よい電車の揺れによって、いつの間にか俺たちは深い眠りに落ちていた。

 気が付いたころには最寄り駅付近まで来たおり、ギリギリ降車することができた。


 早くも夏休みの大きな予定であるプールが終わってしまう。


 しかし、夏はまだ始まったばかりだ。

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