第68話 本宮花音は距離を知らない
花音はどうやら、「自分のことは知ってもらってるけど、颯太くんのこと知らない!」ということらしい。
用意は周到で、学校のものとは別に、運動しやすいジャージをカバンに潜ませていた。
押し切られる形で一度俺の家に行って着替えると、凪沙も連れて二日連続でバスケをすることとなった。昨日と同じ公園だ。
「筋肉痛とかないの?」
「めちゃくちゃバキバキだよ」
――それならやめておいた方がいいのに!
そんなツッコミをしたくもなるが、花音は気合い十分だ。
これが双葉や凪沙、若葉のようにスポーツをしている人であれば全力で止めているが、花音と今からするバスケは言ってしまえば
疲れている時に無理に負荷のかかる練習をすると悪影響しかないが、今回は
「無理はしないように」
「はーい!」
いい笑顔で返事をする花音。最初に言われた時はあまりやる気はなかったが、この顔を見ると花音に『楽しかった』と思わせたいと思った。
ただ、それには一つ問題がある。
「……凪沙、今日は練習じゃないからな?」
「わかってるよ、もー」
本当にわかっているのか。……いや、わかっていてもヒートアップすれば、そのうち本気になっていくだろう。
花音を楽しませつつ、凪沙を止める。
それが今から俺が成さねばならないことだった。
「しかしなぁ……、俺も楽しむバスケってあんまりわからん」
ボヤきながらも考える。
今まで部活か双葉や凪沙の相手という、本気でバスケをしてきたのがほとんどだった。クラスマッチもそうだ。
学校の授業は反復練習でつまらないこともあるため、シュート練習なんかは楽しめるものではない。
そうなると試合形式が一番だが……、
「花音は何かやりたいことある?」
「うーん……、そもそも簡単なルールくらいしかわからないから、どうやったらバスケを知れるかわからないよ」
かなり難しい話だ。
したいことがわからないというのは抽象的すぎるため、とりあえず楽しむというところを重点に置くしかない。
となると、楽しむためには達成感を得られることをするのが手っ取り早かった。
「まずはパスだけちょっと練習しようか」
「ん? うん?」
何が何だかわからないという様子だが、花音は文句も言わずに俺の言うことに従う。
「目的を話しておいた方がいいと思うから言うけど、とりあえず凪沙相手に俺と花音のチームで、2ON1をしようと思う」
「二対一……だよね?」
「そうそう。これはどの強さのパスなら通るかなってみたいだけ」
「あー……、なるほど」
理解が早くて助かる。
野球がわかりやすいかもしれないが、いきなりプロが投げるような球を受けるのは難しい。もちろん普通に速いくらいの球でもだ。
ただ、多少速い球であれば捕れる人は捕れるため、まずは様子見……ということと、軽いウォーミングアップのつもりでやっている。
元々、運動神経はそこそこ良いようで、手元がおぼつかない時はあるものの、普通のパスなら問題はなさそうだ。
「凪沙ー。入って」
「よしきた!」
待ってましたと言わんばかりに、ゆったりと座りながら暇を持て余していた凪沙は飛ぶように立ち上がる。
凪沙相手なら一人でも七、八割くらいの確率で勝てるが、今日は花音を楽しませる日だ。
「ちょうど良いし、凪沙はディフェンスの練習な」
「え、私ずっと
「高校でも
俺はそう言いながら花音にパスを出す。
「ゆっくりで良いから」
最初は慌てていた花音だったが、俺がそう言うと落ち着いてドリブルを始める。
凪沙は抜かれそうなコースを防ぎながら、花音の前に立ちはだかっている。
そして……、
「花音! パス!」
俺は花音のいる真反対……ゴール左側のスリーポイントライン辺りに走ると、花音はパスをくれる。そして釣られて凪沙もついてきた。
パスを受け取った俺はシュートを打つ……フリをして、花音の立つ少し前、ゴール近くにパスを出す。
そのパスを受け取った花音は完全にフリーだ。凪沙は俺のシュートを防ごうとしていたため、戻りきれていない。
花音はそのままシュートをする。
……ただ、上手くいかず、リングに弾かれた。
「あー……、おっしい!」
そのまま入っていれば気持ちよかったが、これはこれで意味もある。
フラストレーションが溜まった状態で成功すれば、さらに喜びは倍増するというものだ。
「今の良い感じだったから、もう一回やってみよう」
そう言って俺たちは……と言うより俺は、あの手この手で凪沙を振り回し、なんとか花音にシュートを決めさせられるように試行錯誤する。
凪沙も当初の目的を忘れているようで、本気でかかってくるため俺も必死だった。
昨日の仕返しも少し含んでいるが、それから俺たちは三十分ほど2ON1を続けた。
何本か決められた花音は嬉しそうにしているため、目的自体は果たすことに成功した。
休憩をこまめに挟みつつ、試合形式というのは変わらないが色々と試してみる。
俺対花音と凪沙にしてみたり、守備の方もしてみたりと色々だ。
流石の凪沙も体力が尽きたようで、ベンチに倒れ込んでいた。
「……ありがとね」
「うん、どういたしまして」
「バスケもだけど、私がシュートしやすいようにしてくれたことも、両方ね」
あからさまにやりすぎたため、花音にシュートを打たせるために動いていたのがバレていたのだろう。
そもそも、経験者相手に中学生の頃は文化部だった花音が対等に戦えるはずもない。バレない方がおかしいとさえ思う。
「でも、楽しかったー!」
「楽しんでもらえたなら良かったよ」
部活をしていなくても、バスケが好きということは変わりない。花音がバスケを楽しんでくれたなら、それは俺としても嬉しいことだ。
楽しむためにはまずは成功から始めるのが良い。その成功を体験するには実力がいる。
しかし、本気のバスケをするならの話で、楽しむだけだからこそ上手くなるという過程をすっ飛ばしたのだ。
そして花音は多分、それをわかっている。
「……たまにはこういうのも良いかもね」
そう小さく花音は呟いた。
「私、インドア派だけど、颯太くんが好きなバスケってアウトドアだから。正直どうなのかなって思ったりもしたけど、思っていたよりも楽しかった。……やって良かったよ」
花音は
楽しんだのもやる気も本当の気持ちで、それでもやっぱり好きなのは家で趣味を楽しむことなのだろう。
「無理はしなくても良いよ」
「……無理はしてない。毎回じゃなくで、たまにやりたいって思ってるのは本当」
その言葉に嘘偽りはないだろう。
しかし、わからないこともある。
「なんでそこまで?」
俺の好きなバスケを知りたいにしても、花音がそこまでする必要があるのか……そもそもなんで俺の好きなものを知りたいと思ったのか、俺はそれが知りたいのだ。
「……私ね、『友達だ』って言ってても、距離の詰め方がわからないの」
そう言われて、俺の好きなものに固執する理由をようやく理解した。
花音は友達が少ない。今まで本心で話せる人がいなかった。だからこそ、俺との……虎徹や若葉も含んで俺たちとの距離感に悩んでいる。
多分、チョコを渡す時もそうだった。俺が『ここまでするものか?』と考えるようなことでも、花音にとっては『どこまですればいいんだろう?』となるのだ。
友達として行き過ぎているような重い行動も、花音は距離感がわからないだけだ。
俺も花音のことを知りたいと思い、花音も俺のことを知りたいと思ってくれている。それでいて今までの友達とはどこか違う感覚に、お互いに距離の測り方がわからない。
花音の過去もあり、俺の方も花音を特別視し過ぎて、過保護になっていた。友達という関係にしろ、親友という関係にしろ、この関係を形容するにはまた違う関係な気がする。
「お互い様……かな?」
「そうかもね」
笑いながら花音はそう言った。
言ってしまえば俺たちは、『変な関係』なのだ。
「まあ、これから手探りでやってくしかないか」
俺はそう言うと立ち上がった。
「もうちょっとやって、今日は終わりにしよっか」
「そうだね。疲れたけど、楽しかったー!」
伸びをしている花音の顔は、達成感に満ちている。
友達だから、親友だから、そういう理由もあるだろう。ただ、何故かそういう関係を抜きにしても、花音の笑顔やこんな表情を守りたい。
俺はそう思ってしまった。
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