第67話 かのんちゃんは知ってみたい!

「まだまだですよー!」

「ちょ、ちょっと休憩させて……」

 花音は息絶え絶えになりながら凪沙に懇願する。まだ始めて二十分くらいだが、体育以外で運動をしない花音が本格的にバスケをしている凪沙に敵うはずもない。

「じゃあ次は……」

「いけっ、虎徹。キミに決めた!」

「うるせぇ」

 自分に被害が来ないように虎徹を指定するが、キレられた。しかし虎徹もなんだかんだ言いながらも、渋々立ち上がる。

 結局俺もその後に駆り出されるのはわかっているが。

 入れ替わりに戻ってきた花音にスポーツドリンクを渡す。

「お疲れ様」

「あ、ありがとう……。凪沙ちゃん、す、すごいね」

 疲れ切った花音は息を落ち着かせながらも、途切れ途切れに話している。

「体力バカだからなぁ……」

 又の名を体力オバケ。

 流石に一試合4Qを全力で戦うほどの大量はないが、同年代の中では間違いなく体力がある。双葉よりもだ。

 持久走でも陸上部の長距離選手に引けを取らないほど、凪沙は体力がある。

 そして今、凪沙に振り回されながら1ON1をしている虎徹は、数分全力で動かされただけでも、疲れ切った顔をしていた。


 今日の放課後、俺たちは一度それぞれ家に帰った。当初の予定では虎徹は俺と一緒に家に行く予定だったが、凪沙に振り回されるのを予期して一度着替えに帰ったのだ。

 そして俺も家に帰ると、動きやすい格好に着替え、虎徹と花音が家に来るのを待っていた。

 家で暇を持て余していた凪沙は、少ししたら花音と虎徹が来ることを伝えると、意気揚々とお茶とゲームの準備をしていた。

 二人が家に来ると、最初にチョコを渡し合う。花音が持ってきたのは俺たちに食べさせたものと同じようだが、凪沙の分は個包装のラッピングをしてあった。虎徹も凪沙からもらえて、なんだかんだ嬉しそうだ。

 そして当初の目的であるチョコを渡し終えると、ゲームをしながらまったりとした。お茶菓子は凪沙が作ったチョコレートの余りだ。

 ゲームを一通り楽しんだ後、四人で近くのバスケゴールがある公園に出かけた。時間は六時ともう暗くなっていたが、バスケゴール付近は街灯の明かりが照らされているためバスケをするのには支障がない。

 今はこうやって公園でバスケをしながらも双葉と若葉の部活が終わるのを待っている。凪沙は部活を引退したと言っても高校で続けるために、受験シーズンも体力を落とさないように練習していた。俺もその練習に付き合わさせられることもあり、間近で見てきたからわかる。

 ――現役の時よりも上手くなっている!

 受験をしながらだと練習に時間が取れずに休みを取ることも多く、そうでなくとも一人でするっ練習は限られているため普段よりも練習時間が短くなってしまう。そのことで、疲れていた筋肉が修復しているのだろう。動きのキレがさらに増していた。

 つまり何が言いたいのかと言うと……、

「俺、ちょっとトイレ行ってくる」

 逃げ出したいのだ。

 今の凪沙を相手にするのは、体力がある分、双葉よりも厄介だ。

 しかし、呼吸を整えて休憩している花音は、凪沙と虎徹の1ON1を見ながらノールックで左手を伸ばし、俺の裾をつかむ。

「……家出る前にトイレ行ってたよね?」

「いや……、冷えるからさ」

「まあまあ、もうすぐ颯太くんの番だから。終わってからでもいいんじゃない?」

 一切目が合わないのにもかかわらず、花音からの圧はすごかった。裾をつかんだ手を振りほどこうとしても、一切離してくれない。

「嫌だ! 俺は動きたくない! それに普段から付き合ってるんだ!」

「それとこれとは別だよ! 二人で交代してもきついんだから、わがまま言わないで!」

 無理やり振りほどこうとすると、花音は両手を使って意地でも離さない。

 そんなやり取りを、休憩するために戻ってきた凪沙と虎徹が見ていたのを、俺たちはしばらくの間気が付かなかった。


 結局、花音が逃げることを許してくれなかったため、凪沙が少し休憩した後に三十分ほど1ON1をすることになった。

 曲りなりにも経験者の俺はが少しへばり始めたところで、ようやく凪沙と同等くらいの実力だ。

 凪沙も凪沙で、一番練習相手になる俺をなかなか離してくれなかった。

 そうこうしているうちに、部活を終えた二人はやってくる。

「お待たせー」

「お待たせしました!」

 それぞれ違った部活ジャージ……ウインドブレーカーを身にまとい、防寒対策はバッチリだ。

 しかし、到着した途端、双葉はウインドブレーカーを脱いでジャージ姿になると袖をまくる。

「凪沙ちゃん、勝負!」

「勝つぞー!」

 双葉は部活、凪沙もついさっきまで動き回っていたというのに元気なものだ。

「……これ以上付き合ってたら遅くなるから、花音は若葉んち行っていいよ。虎徹も」

 部活終わりからの合流のため、すでに七時を回っている。俺は凪沙の兄ということもあり二人を放ってはおけない。若葉は虎徹と家が隣なのでそこまで心配する必要はないが、花音の帰りが遅くなってしまう。

 高校生……しかも同級生に対して心配しすぎかもしれないが、夜道に三十分近く徒歩で帰るというのは、男の俺でもぶっちゃけ怖いのだ。そして花音は学校でも人気な女子ということもあり、行き過ぎた行為を向けられる可能性も否定できない。

 若葉は俺の提案に「どうする?」と花音に聞いている。すると花音は、「少しだけ見ていこうかな」と言い、双葉と凪沙、二人の攻防を何度か見た後に三人は若葉の家に向かい、俺たちもキリの良いところまで続けて二人が疲れたところで強制的に終了させる。嫌がる双葉を無理やり帰宅させるのは骨が折れた。

 しかし……、二人の1ON1を見る花音の表情は真剣そのものだった。もしかしたらこれから凪沙に誘われたときに付き合えるようにするための勉強かもしれない。


 そう思っていた翌日のことだ。

「颯太くん、バスケしよ!」

 放課後に帰宅している途中だった。

 虎徹がバイトだからと先に帰っていったため、俺は一人で帰っていた。すると、後ろから花音に声をかけられてしばらく話していると、突然そんなことを言い始めた。

「ええと……、何で?」

 俺がそう尋ねると、花音は考え込んだ。

 理由は特にないのだろうか。

 そう思っていると、恥ずかしそうに頬を赤らめ、花音は言った。

「颯太くんのこと、私も知りたいから……かな?」

 何故か恥ずかしそうにしている花音の表情を見て、意味深に捉えて勘違いしそうになる。

 ただ、俺の頭にチラついている『勘違いしないで』という花音の言葉が、その思考を制御していた。

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