第53話 かのんちゃんは飲ませたい!

「それじゃあ、みんな用意はいいかな?」

 そう前振りをしながら若葉は周りを見回す。それぞれがコップを持って、その後の言葉を待っていた。

 準備完了と考えたようで、若葉は「おほん」と咳払いすると、コップを高く上げた。

「メリークリスマス! かんぱーい!」

 その声に応じるように、それぞれコップを上げる。グラスの重なる気味の良い音が響き、俺は一口含んだ。

 目の前には豪勢にピザが二枚とサイドメニューのチキンやポテトが並べられている。それでも十分ではあるが、後にはケーキも控えているため、食べすぎないように注意したい。

「そういえば二人って、もう名前で呼ぶことにしたの?」

 若葉にそう指摘される。若葉は部活で忙しく、四人で集まるのは久しぶりだったこともあって知らなかったのだろう。

「まあ、もうバレたから良いかなって。学校では今まで通りだけど」

 花音は照れ臭そうにそう言った。

 学校では花音と若葉の仲が良いから四人でいるという図式のため、名前で呼び合っているというとは思われていないだろう。ただ、若葉と虎徹にはもう知られており、今更隠す必要もないのだ。

「なるほどね〜」

 もぐもぐとピザを頬張りながら若葉は頷いている。

「仲良くていいねぇ。私もかのんちゃんともっと仲良くなりたいから、……はい、これあーん」

 ポテトを摘んだ若葉は、花音の目の前でユラユラと揺らしている。戸惑いながらも、花音は飛びつくようにポテトを食べる。

「……可愛い」

 頬を膨らませながら食べている花音。小動物にご飯をあげている感覚なのだろうか、若葉はチキンを持ち、さらに「あーん」と言う。

「本宮。嫌なら断っても良いんだぞ」

 虎徹はそうやって助言するが、首を振ると花音はチキンを食べた。これで最後ということだろう、「もう大丈夫」と言う。

 しかし若葉は止まらない。ポテトをさらに手に取ると、再び口元に近づけた。今度は無理矢理押し付けるような形だ。

 首を横に振って拒否するものの、迫り来るポテトに花音は食べるしかない。その後もチキン、ポテトと続け、挙句にはピザまで食べさせている。

 流石にピザを食べる時には時間がかかるため、花音は口に含むと逃げるように顔を背けた。これで若葉からの猛攻を物理的に防いだ。

 何度か咀嚼し、口の中にあるものを飲み込んだ花音は、顔を背けたまま口を開く。

「ねえ若葉ちゃん。私も『あーん』ってしたいな」

「え、してくれるの? やった!」

 若葉は笑顔で上機嫌にしている。

 位置的に花音の表情が見えていない若葉にはわからないだろうが、目の前に座る俺からはかろうじて見えた。

 ――あ、怒ってらっしゃる。

 ただ、『あーん』をするだけだと若葉は喜ぶだけだ。

 何をするのだろうかと思っていると、花音はおもむろに若葉のコップを手に取った。

「はい。あーん」

 満面の笑みを浮かべる花音は若葉に圧をかけていた。こめかみには怒りマークが見えているような気がする。

「かのんちゃん……、それはちょっ――」

「はい。あーん」

 若葉の言葉を遮り、花音はコップを近づける。逃げないように腕まで掴んでいた。

「流石に溢すって!」

「大丈夫。サイダーだからシミにはならないし」

「いや、でも床汚すし!」

 助けを求めるような視線を虎徹に向ける。

「絨毯敷いてないし、拭けば良いから俺は構わないぞ。……それに若葉が悪い」

 家主から許可が出たため、止める理由はなくなった。今は食卓のテーブルを使っているが、これがテレビ前の団欒だんらんする居間の方のテーブルならまた違っただろう。

「観念して。ね?」

「あっ、あっ」

 あまりの圧に若葉は涙目を浮かべていた。調子に乗りすぎた報いだ。

「若葉ちゃんと仲良くなりたいから。あーんさせて?」

 その一言が効いたのか、若葉は観念して受け入れた。

 ……当然、ジュースは溢れた。


 後始末をして食事を終えた後、居間の方のテーブルを退けて運命ゲームを広げ始める。

 そして若葉は……、

「ど、どうかな?」

 ジュースで汚れた服を着替え、ミニスカサンタのコスプレをしていた。

 ちなみに汚れた服は虎徹の家の洗濯機で洗濯中だ。

「似合ってるよ!」

 仕返しをしたことで機嫌の戻った花音は、今度は笑顔で若葉を褒める。

「なんでかのんちゃんはこんなの持ってたの……」

「ゲームするなら罰ゲームにどうかなって思って」

「それ、虎徹か颯太になってたらどうしてたの……」

「それはそれで面白くない?」

 花音は悪戯いたずらを思いついたような顔を浮かべている。

 若葉が調子に乗ってくれたおかげで回避できたことに安堵しつつ、こうやって花音も素を出せるようになってきたのにも安心する。……何目線かはわからないが。

「運命ゲームの前にプレゼント交換だけしない?」

「それもそうだな」

 時間はまだまだ余裕はあるが、運命ゲームは時間がかかる。そのため、慌てないように先にやっておいた方がいい。

 広げかけていた運命ゲームを端に退け、四人で向かい合ってプレゼントを真ん中に置く。

「曲かけるぞー」

 虎徹がそう言うと、流行りのアニメのOPオープニングバージョンを流す。一分半程度のため、長すぎない、いい尺だ。

 曲が流れ始めると、若葉は真ん中にあるプレゼントを適当に手に取り、隣の虎徹に渡し、次々と回していく。

 若葉、虎徹、俺、花音の順番だ。

 曲をわかっていない若葉だが、なんとなくで曲にノっていると、花音も鼻歌を歌っている。俺はリズムを取っているが、虎徹は淡々とプレゼントを回す。

 三者三様……四者四様と言うべきなのか。

 そしてしばらくすると、曲は終わる。

「はい、ストーップ!」

 若葉が止めると、それぞれ自分の出したプレゼントではないことを確認し、次はそれぞれ順番に開けていくこととなる。

「まずは私のプレゼントを持ってる……虎徹!」

「はいはい」

 虎徹は言われるがままプレゼントを開封すると、イヤホンだった。元々予算は千五百円から二千円程度としていたため、良いチョイスだ。

「おぉ……、これは普通に嬉しい。最近一つ壊れたところなんだよな」

 家用、学校用、外出用と複数個のイヤホンを所持してる虎徹だったが、数日前に壊れたという話を聞いていた。買う前だったのであれば、ちょうどいいタイミングだ。

「それならよかったよー。私も使ってるやつだから、おすすめだし……お揃いだね」

 ニヤニヤとして虎徹の顔を覗き込む若葉に、「うっせ」と虎徹は悪態をついた。どう見ても照れ隠しだ。

「じゃあ次は時計回りで……颯太ね。これは誰の?」

「ああ、俺の」

 虎徹の選んだプレゼント。中を見ると、大人っぽくシックなキーケースだ。

「予算内だから良いものではないけど、誰もキーケース持ってなかったから誰に当たっても良いかと思って」

 俺はキーホルダーをつけているだけでケースには入れていない。花音は以前は使っていたが、壊れてしまってからしばらく財布の中に入れていたことに慣れたと言っており、若葉なんかは大体誰かが家にいて使わないためかカバンの小さいポケットに直入れだ。キーケースを使っているのは虎徹くらいだ。

 考えてみれば、しばらく前に虎徹が鍵の話題を出したため、俺は全員の鍵事情を知っていた。プレゼント選びの探りだったのだろう。

「あっ、私は最近買っちゃったから当たらなくて良かったかも」

「マジか。それは逆に良かったな」

 結局買い直したのなら、買ったばかりの物をもらわなくて良かったのかもしれない。

「それじゃあ次はかのんちゃんね!」

「花音のは俺が選んだやつだな」

 俺の選んだプレゼントを花音は開封する。中は木目のデザインの小洒落たアロマディフューザーだ。とは言っても予算の都合でアロマ自体は付いていない。

「申し訳ないけど、アロマは付いてないから自分でってことで……。なくても加湿器として使えるから、そうやって使ってもらっても良いよ」

 あと千円でも予算があれば、いくつかアロマは付けられただろう。ただ、なくても加湿器としてなら女子二人は使えると思い、虎徹とあって困るものではないのが選んだ理由だ。

「予算でこんなの買えたんだ……」

「数十円超えたけどね。むあ、ムードないこと言うとネットショップで買った」

 本来なら四、五千円するものだが、二千円強で買えた。百円程度のオーバーのため、許容範囲内だろう。

「使ったことないけど、興味あったんだ。……嬉しい」

 どうやら花音は喜んでいる様子。それだけでも満足だ。

「最後は私だね。……ってことはかのんちゃんから?」

「そうだよ。困るものじゃないと思うけど、どうかなぁ……」

 不安そうにしている花音。若葉は小包みを開けると、中には箱が入っている。さらにその箱を開けると、手帳とボールペンが入ったセットだ。

「来年しか使えないけど、スケジュール帳。ボールペンはずっと使えるけどさ」

 一年限りのため、消耗品と言えば消耗品。ただ、それは何に関しても『壊れるまで』という消耗品になる。

「いや、嬉しいよ! 来年は受験とかもあるし、夏までも部活とかで予定書き込めるから、便利だよー」

 大人になれば話は違うが、手帳は高校生にとって微妙に値段がするためわざわざ買おうと思わない。それに生徒手帳でも事足りるのだが、書き込む場所が少なくて『生徒手帳も使いにくいけど、生徒手帳あるしいいか』となる。

 若葉はマメな性格のため、あれば使うだろう。

「それなら良かったよ」

 そう胸を撫で下ろす花音。その様子に、「そんなに不安だったの?」と若葉は尋ねる。

「なんていうか、中学生の頃はお金とかもあるからみんな適当に済ませてたけど、高校生になってからはこういうプレゼント交換とかなかったし、何選べば良いのかわからなくてさ……」

 内心を吐露する花音。その気持ちは俺にもわかるため、心の中で激しく同意した。

「本宮は陽キャの皮を被った陰キャだな」

「間違いないね」

 多分、交友関係の広い若葉以外、俺たちの内面は陰キャなのだ。

 友達がいたとしても、本当の友達というのは数が少ない。学校で得られる友達なんてそんなものだが、それにしても一歩引いている花音からすると、コンプレックスの一つなのだろう。

 こうしてプレゼント交換を終えた俺たちは、待ちに待った運命ゲームを始める。

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