第52話 井上初花は羨ましい

 イルミネーションを一通り楽しみ、予約していたクリスマスケーキを買って帰ると、俺たちは家の前にいた。

「じゃあ、私はちょっと颯太と家に寄ってから行くから、二人は準備お願いね」

 若葉そう言うと、俺を引き連れて若葉の家に入る。虎徹と花音はその隣の虎徹の家に入っていく。

 理由は色々とあるが、表向きは『運命ゲーム』が重いから俺が運ぶためということにしている。夜はテレビゲームではなく、ボードゲームをすることとなっていたおり、虎徹の家には運命ゲームはないため、ちょうどいい理由だった。

 家に入ると、若葉に今日買った荷物を俺に渡される。

「とりあえずこれ持って部屋に入っててー」

「お、おう。了解」

 そう言った若葉はリビングに入っていった。

 若葉の部屋は何度か入ったことはあるが、そのほとんどは虎徹や若葉と一緒だ。俺が一人で入ることは、今までなかったかもしれない。若葉と二人きりになることすら、虎徹がトイレや買い出しなどで席を外した時くらいだ。

 ――まあ、いいか。

 緊張はするが、特にやましいこともない。平然としていれば良いのだ。

 そう思いつつも、女子の部屋というのは緊張するし、一人で入ることなんてそうそうないことだった。

 若葉の部屋の扉を開けようとした瞬間、隣の部屋が開いた。

「お姉ちゃーん? 帰ったの?」

 気怠そうに声を上げ、部屋着を着た女の子……若葉の芋の初花ちゃんが出てくる。

 そして、目がバッチリ合った。

 初花ちゃんは数秒固まると、勢いよく部屋に戻っていった。呆気に取られて俺も固まっていると、一分もしないうちに再び扉が開いた。

「……そ、颯太、さん。き、来てたん、ですね」

「あ、うん。ちょっと寄っただけだけど」

 息絶え絶えで話す初花ちゃんは、つい先ほど見た服とは変わっていた。

 無防備なショートパンツの部屋着だったが、今では純白のワンピースに早変わりしている。

「お姉ちゃんの部屋ですか?」

「そうだよ。先入って待っててって」

「そうなんですね。じゃあ、お姉ちゃんが来るまでお話でもしましょ」

 初花ちゃんはそう言うと、俺の背中を押して部屋に入るように促してくる。

 若葉に言われた通り、買ったものを端の方に置き、俺たちは座り込む。

「そういえば今日ってパーティーするんですよね?」

「まあ、途中って言うか、なんというか……」

 詳しく説明すれば時間がかかりすぎるが、理由は知っているようで、「お姉ちゃんから聞きました」と初花ちゃんは言う。

「良いですね、パーティー。私は中学生ですし、そんなに大きなことできないので羨ましいです」

「中学生はそんなもんだよ。でも、ちょっと遊びに行くとか、家でゲームするとかならできるし、そういうのでもいいんじゃない?」

「それもそうですけど、ピザ取ったりするって聞いたんで、そういうのが『高校生いいなぁ』って」

 中学生まではバイトはできないため、お小遣いの中でやりくりしないといけない。しかし高校生になってバイトをすれば、金銭的な余裕は生まれるのは確かだ。

「花音さん? でしたっけ。お姉ちゃんが最近仲良くなったって言ってて、また私もお話したいなぁ……」

「また機会もあるだろうし、いつでも仲良くなれるよ」

 今のまでは仲良くなって間もないこともあり、テストなどもあったため機会も少なく、花音と若葉が二人で遊んだという話は聞かない。それでも二人で遊ぶことが増えれば、若葉が家に連れてくるだろう。

「またの機会に、ですね。……颯太さんも、お姉ちゃんたちとだけじゃなくて、また私とも遊んでください」

「空いてる時ならいつでも。暇な時とか、虎徹んちいる時多いから、その時とかでも遊ぼうよ」

 初花ちゃんは友達が少ないわけでもないが、部活をしていないため、部活をしている友達……小学生の頃は習い事をしている友達と予定が合わないらしい。そのためか、若葉を抜きにしてもたまに虎徹の家で遊ぶことがあるが、初花ちゃんが中学生になってからは忙しいのか遊ぶ機会も少なくなっていた。

「虎徹にいはゲームするといじめてくるんだもん」

「まあまあ、それも虎徹なりの愛だと思うよ。……多分」

 ぷんぷんと音が聞こえるように頬を膨らませる初花ちゃんは、虎徹の言動にご立腹な様子。……そんなことを言いながらも嫌ではなさそうだ。

 家が隣同士というだけあって、虎徹と若葉は生まれた頃からの仲だ。そのため虎徹と初花ちゃんは兄妹のように過ごしており、虎徹は初花ちゃんに対して容赦がない。

 だからなのか、虎徹に比べると優しくしている俺に、初花ちゃんは懐いてくれていた。

 そんな初花ちゃんに何かしてあげたいと思うのは、俺にも妹がいるからなのだろうか。

「……そうだ、せっかく会えたから、これ」

 そう言って俺はカバンからを取り出した。

「クリスマスプレゼント。……と、妹と東京に行ってたからお土産だけど」

 紙袋と小包みの二つを渡す。

 紙袋の方がお土産で、小包みの方がクリスマスプレゼントだ。

「……開けて良いですか?」

「どうぞ」

 予想外のことに、手渡された初花ちゃんはウキウキとした様子で中を見る。

「わぁ……!」

 お土産はハンドクリーム。これは、まだ渡していないが、花音と若葉の分もある。三種類ある香りの中で、全員分を抹茶で統一した。

 ただ、特徴が一つあり、誕生日によってパッケージが違う。

「女の子だとどんなものがいいかわからないから、妹に勧められて……って言うか妹が買ったのを見てって感じだけど。中学生になったら美容とか気にするかなって」

 化粧品や美容液などはわからないが、ハンドクリームならプレゼントとして無難と聞いたことがある。虎徹は興味がないだろうから、家族にということでお菓子を渡してある。

「こういうのってオンラインショップとかもあるけどさ、わざわざ買おうと思わないかなって。欲しいけど自分で買わない物とかってもらったら嬉しいと思って」

「かなり嬉しいです。こういうのがあるって知らなかったですし」

 初花ちゃんは早速蓋を開けると、「いい匂い」と香りを楽しんでいる。

 そして小包みの方も開ける。

「シャーペン……ですか?」

「そう。俺も受験の時に気合い入れるために買ったやつなんだけど、普通のよりはちょっと高いっていうのと使い心地が良かったからやる気が出てさ。まだ受験とかは早いかもしれないけど、勉強頑張ってってことで」

 勉強を急かすわけではないが、気分転換ができるアイテムとして使って欲しいと思ってのプレゼントだ。

 中学生の頃は苦手というほどではなかったが、勉強は嫌いだった。それでも受験はどうしても来てしまうため、やる気を出すためにも特別感を出したかったのだ。……高校生になってからは使い慣れてしまったためか、意味はなくなったが。

「……ありがとうございます。大切に使います」

 初花ちゃんがそう微笑むと、つい頭を撫でてしまう。

「えっ、えっ?」

「あ、ごめん。嫌だった?」

 驚いた様子の初花ちゃんに、俺は手を引っ込めた。

 中学生になってからはないが、小学生の頃はたまに撫でていた。凪沙にも同じようにするため、どうも妹的な子を前にすると頭を撫でたくなるらしい。

「いえ、もっと撫でてください」

 頭を差し出すように俺の方に向けられ、一度話した手を再び戻す。

 そんな時だ。

「颯太ー? 運命ゲームあった?」

 扉を勢いよく開けた若葉と視線がぶつかる。

「……何してるの?」

「いや、なんとなく流れで?」

 若葉からすると、男友達を部屋で待たせていたら、何故か妹の頭を撫でているという状況だ。

「わ、というか初花何かもらったの?」

「うん。颯太さんからのクリスマスプレゼントとお土産」

「え、いいなー」

 若葉は『私はもらってないのに』とでも言いたげな目で見てくる。

「また後であげるから、そんな目すんなって」

 シャーペンはないが、ハンドクリームは用意している。初花ちゃんの分は、元々若葉の家に寄る予定でもあったため会えたら渡そうと持ち歩いていたが、若葉と花音の分は虎徹の家に置いてあった。

「それより、俺が部屋漁るわけにはいかないから探せなかったけど、運命ゲームどこにあるのさ」

「あ、そうだね。虎徹だったら勝手に探すから、ついその感じで」

 それはそれでどうなのかと思ったが、若葉は押し入れを開けると端の方に運命ゲームが置かれていた。

 それを持って俺たちは家を出る。初花ちゃんとは「またね」と挨拶をした。

 隣の虎徹の家に向かう俺たち。若葉は白い箱を手にしていた。

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