第25話 かのんちゃんは楽しみたい
だいたい十分ほどか。花音から離れていた時間はそう長くはない。あまり長く離れていれば、またナンパされてもおかしくないため、
花音は今でも一人で夢中になってクレーンゲームをしている。
悪戯心が湧いた俺は、花音にこう話しかけた。
「お姉さん一人? 俺と一緒に遊ばない?」
「結構です。……って青木くんか」
花音は最初は即答で断ったが、声で気付いたようで俺の方を向いた。
「ってなにそれ!?」
驚いた表情を浮かべる花音。ナンパ風に声をかけるのは成功したとは言えないが、こちらは大成功のようだ。
花音が驚くのも無理はない。俺は抱き枕にできそうなほどの大きさのぬいぐるみを抱えていたからだ。
「なにって、イルカのぬいぐるみだけど?」
聞かれたことはそのことではない。わかってはいたが少し意地悪をしたくなった。
面白いほど花音は困惑していたから。
「え、もしかして取ったの?」
「取らないと持ってないよ」
「そうだけど、そうじゃなくてさぁ……」
難しい顔をする花音は「なんていうか、その……」と言葉を絞り出そうとする。
意地悪をするのはこれくらいにしておこうか。
「入口の方にあったけど、入った時にかのんちゃんが欲しそうな顔してた気がして。……違った?」
俺がそう尋ねると花音は首を思い切り横に振る。
「いいなって思ってたやつ」
勘違いじゃなくて良かったと俺は内心安堵する。お金はそこまでかかっていないが、自分が欲しくて取ったわけではないため持って帰っても困っていただろう。
そして俺の聞き方で勘付いた花音は、戸惑いながら様子を伺うように尋ねてきた。
「……もしかして私のために取ってくれたの?」
「うん。ぬいぐるみを取るのは結構得意だから、これなら取れるかなって」
花音の趣味のもの……フィギュアや缶バッジなどはあまり取ったことはないが、ぬいぐるみであれば取り方が好きという理由で取ることはそれなりにあった。そうでなくとも、若葉の代理や双葉にねだられて取ることも何度かある。
「まあ、一応デートってことだし、良かったらもらってよ」
俺はそう言いながらぬいぐるみを差し出すと、花音はおずおずと受け取った。
「……ありがと」
花音は受け取ったぬいぐるみに顔をうずめながらそう言う。
恥じらいながらも喜んでくれている花音に、俺も嬉しくなっていた。
一通り目的の景品を取った花音は満足そうで、その後の時間は太鼓のリズムゲームやホッケーゲーム、バスケのシュートを決めるゲームなどで時間を潰した。
結局二時間くらいはいたのだろうか、ゲームセンターを出るとすでに辺りは真っ暗になっていた。
「結構いい時間になったねー」
「もう暗いしな」
冬にもなれば六時でも暗くなる。それどころか五時には暗くなっているため、四時頃から暗くなり始めていただろう。
六時はまだご飯には早い時間かもしれないが、適度な時間に解散することを考えると遅すぎる時間ではなかった。
そして俺は次の目的地……さらに家から遠ざかる方向に向かいながら、気になっていたことを尋ねた。
「ご飯ってどこ行くの?」
今までの計画のうち、一部は元々聞いていた。最初のカラオケは予定外だったとはいえ、元々予定していたウインドウショッピングということや、昼に喫茶店に入ること、ゲーセンに行くことは伝えられていた。服を見ることや、この後の夜ご飯については『まだ未定』と言われて知らされておらず、加えて『当日の楽しみね』とも言われていた。
そのため俺は改めて聞くと、花音は即答した。
「ラーメンだよ」
意外……と言うのは言い過ぎかもしれないが、学校での花音の様子しか知らない人が驚くであろう、そんなチョイスだ。
素を知っている俺でも驚きはある。喫茶店のような洒落た場所が好みだと思っていたため、まさかラーメンとは思わなかった。
「かのんちゃんもラーメンとか食べるんだな」
「んー……好きだけどそんなに多くはないかな? 女の子が一人だと、店に入りにくい雰囲気あるし」
花音は難しい顔をしながらそう言った。補足で「たまには行くけどね」と付け加える。
周りの女の子……と言っても主に双葉だが、一人でラーメンを食べることに躊躇はない。ただ、確かに言われてみると女性が一人で店にいる姿はあまり見かけないため、入りにくい雰囲気というのはあるのだろう。
「友達とかは?」
「みんな、『映え』とか『盛れ』とかそういうのばっかりだから」
女子のことはわからないが、写真を撮るのが好きだという印象がある。しかし今日の花音は一度たりとも写真を撮っていない。
いくら友達と言えども、やはり趣味嗜好というのは異なるものだ。
「着いたよ」
目の前に映る店はこぢんまりとしていて趣きとある店……率直に言うと寂れたように見える店だ。
ただ、店内に入ると豚骨の濃厚な香りが漂っており、外装とは違い内装は綺麗に整えられている。
時間もまだ早いこともあって満席ではないが、半分以上は入っているというところだろうか。
好きな席に座っていいということだったため、四人がけのテーブル席に座る。荷物と腰を下ろし、メニュー表を開いた。
「豚骨がメイン?」
「そうだよ。他のもあるけど、私のおすすめはやっぱりオーソドックスに豚骨かな?」
メニュー表に写真などは載っていないが、店内に漂う匂いだけでも美味しそうだと思える。よく、美味しい店は臭いがキツいと聞いたことがあるが、濃厚な強い匂いはするものの、
「じゃあ、豚骨にしよっかな」
「了解。……すいませーん!」
花音はすでに決めていたようで、俺が決めるとすぐに店員を呼んだ。自分がおすすめするだけあって花音も豚骨を選んだ。
固さも選べるため、硬めを選ぶ。花音はバリカタだ。
注文して数分、ラーメンはすぐに運ばれてきた。
白く濁ったスープの中に麺が入っており、他にはチャーシューと大きめの海苔が一枚。上に乗っているネギが良い彩りとなっているが、いたってシンプルな豚骨ラーメンだ。
「「いただきます」」
俺と花音はほぼ同時にそう言うと、ゆっくりと食べ始めた。
まずはスープからいただく。濃厚なスープはクセがあるが、豚骨独特の味の良さが出ている。こってりしすぎず、あっさりはしていない程よい油も豚骨スープの旨みを引き出している。
次に麺だ。硬めの麺が好きな俺にとっては少し物足りないか。ただそれはさらに硬くすれば良い話で、麺が美味しいことには変わりない。そしてストレート麺はスープと非常に相性が良く、互いに良さを引き出している。
もしこのラーメンに出会っているのが中学生の部活をしていた頃であれば、毎日……は言い過ぎだが、週に一回は通いたくなるほどの味だ。濃い味が体に染み渡るとはこのことだ。
「うまっ……」
俺は小さくそう呟く。花音は一心不乱にラーメンを食べ続け、替え玉までしている。飽きないよう味を変えるためにテーブルに置いてあったニンニクを大量に入れていた。
デートをしているはずだ。しかし、あまりにも色気のない食事となっていた。
最終的に俺は二回、花音は一回だけ替え玉を頼み、お腹を満たした。女の子と一緒にいるため口臭は気になったが、いざ入れてみると美味しくて手が止まらなかった。
「はい、これどうぞ」
花音は一応気にしているようで、レモン味のタブレットをカバンから取り出す。一粒口に入れると、今まで豚骨で満たされていた口内は爽快感で満たされる。
「ありがとう」
キスなんてする間柄でもなければ、この後はもう予定もなく、時間もいい時間のため解散するだけだろう。
あくまでも気になるからというだけだ。
「今日はありがとね」
「こちらこそ」
来た道を戻り、話をしながら俺たちは歩く。内容は主にラーメンの話だ。
楽しげに話、楽しかった今日を終えようとする。
しかし、そんな楽しげな花音は途端に声を鎮め、立ち止まった。
「かのんちゃん……?」
不自然に思いながら花音の顔を見ると、その目はある一点だけを見ていた。花音の視線の先には、男女数名のグループがいる。
その中の一人の男子がこちらに気づく。他の数名に声をかけると、そのグループは笑いながらこちらに向かって歩いてきた。
「本宮じゃん」
グループの一人の男子は笑いながら花音に声をかける。
その笑い方は笑顔ではなく、嘲笑のものだった。
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