第24話 かのんちゃんはさらけ出したい!

「青木くん! ――行こ!」

「え? なんて?」

「――撮りに行こ!」

「なんだって?」

 何度聞き返しても聞こえない。騒音の中でのことなので仕方ないのだが、痺れを切らした花音は俺の腕を引っ張ると耳元で囁いた。

「プリ、撮りに行こ?」

「う、うん」

 俺は突然のことに思わず返事をした。腕に当たっている柔らかい感触に気を取られ、とにかく頷くしかなかった。


 俺の服選びはあまり時間がかからず、試着も合わせて二十分かかったかどうかくらいだ。

 そして服を買った後、俺たちはゲームセンターに向かった。

 最初はまずクレーンゲームを見て回ったが、荷物になることを考えで後ですることにし、花音の提案でプリントシール機……プリを撮ることになった。

 服を見るのとゲーセンと逆でも良いのではないかと思ったが、景品の荷物の方が多くなるためこの順番のようだ。

 いくつかのプリを見て回った花音は、「これにする」と決め、そこに入る。若葉に連れられて虎徹と三人で撮ることや、双葉に有無を言わさず撮ることはあるが、この空間は慣れない。カーテンで仕切られているだけとはいえ、狭い空間に花音と二人きりなのだ。

『まずは笑顔でピースして!』

 機械から音声が流れてそれに従う。ぎこちない俺とは反対に、花音は慣れた様子で次々とポーズを取っていく。

『次はギューッとハグをしよう!』

 付き合っていない間柄では難しいことだ。

「青木くん、こっち」

 花音は腕を引っ張ると、柔らかい感触をまたも感じる。ハグとまではいかないが、かなり体を寄せた体勢で俺は固まっている。

 すぐに離れたが、腕に感触が残っていて俺は呆然としていると、最後の指示が流れた。

『最後にキスをしよう!』

 例の写真では片方がもう片方の頬にキスをしている写真が表示されている。

 流石にすることはできない。俺は悩んだ末、思考が停止して棒立ちする。

 シャッターのカウントとが始まると、花音は小さく呟いた。

「動かないでね」

 そう言って頬に唇を寄せた。

『これで終わりだよ! 次は加工ブースに移動してね!』

 音声の通り、撮影ブースを出ると加工ができる機体の横のブースにはいる。

 終わってみれば緊張しっぱなしの時間だった。撮った写真の加工のほとんどは花音に任せ、俺はあたり感触のない加工だけをした。主に日付を書いたり名前を書くくらいだ。

 そしては花音が上手く加工している。

 触れそうで触れない、僅かに空いた唇と頬の間にハートの加工を加えると、誰がどう見ても頬にキスをしている写真となっていた。

 花音はどことなく満足げな顔をしている。

 ……ただ、耳が赤くなっていたのは見逃さなかった。


「よし、それじゃあ取るぞー」

 プリを撮り終えると、花音はやる気満々でクレーンゲームコーナーに向かった。

 虎徹とゲーセンに来る時は主に格ゲーや音ゲーが多いが、クレーンゲームはたまにしている。そのためゲームコーナーに行くものだと思っていたが、花音はあまりしないらしい。

 十円で買えるようなお菓子は取りやすい設定になっているが、花音はお菓子類には目もくれず、真っ先にフィギュアや缶バッジなど、アニメ関係の景品が置いてあるコーナーに向かった。

 デートだと言い張る張本人が、デート相手を置き去りにして趣味全開に走るのはどうなのだろうか。そう思ったりもするが、それだけ気を許しているのだと前向きに捉えておこう。

「これ、ずっと欲しかったんだよね」

 花音は機体にお金を入れながらそう話す。フィギュアは青春ラブコメ系のアニメのキャラで、女の子のキャラだ。どちらかと言えば男性向けのアニメだろう。

 女性向けのアニメ……男性アイドルのものもあったが、そちらには興味がなさそうだ。

 クレーンゲームに何度か挑戦する花音だが、なかなか上手くは取れない。棒の間にハマっており、片側を持ち上げてもほとんど動かないまま元に戻っている。

「うーむ……。どうしたらいいんだろ。青木くんわかる?」

 唐突にそう振られ、「えー……」と言いながら俺は考えた。

 フィギュアはあまり取ったことがないため難しいが、今のままでは動かないのだから違う動きをするしかない。

 虎徹が取っている時のことを思い出して意見した。

「片側のアームだけかけて持ち上げないようにして、交互にズラしていくとかかな?」

 この形になった時はそんな取り方をしていた気がする。俺の助言は曖昧ではあるが、花音は「試してみる」と言って実践すると、今まで苦戦していたのが嘘かのように二回で取れてしまった。

「すごい! 青木くんってクレーンゲーム得意なの?」

「いや、どちらかと言うと虎徹が、だね。ぬいぐるみとかは取れるけど、フィギュアとかはあんまり」

 アニメは見るが、そこまでどっぷりとハマっているわけではない。興味本位で何度か挑戦したことはあるが、たまたま取れたくらいだ。

「そうなんだ。でも青木くんのおかげで取れたよ。ありがとう」

 そう微笑む花音に俺の心臓は跳ね上がる。

 経緯がフィギュアを取ったということだが、いつもの笑顔よりも嬉しそうな笑顔を見せた。……これは心臓に悪い。

「もうちょっとこの辺いる?」

「うん。まだ取りたいのあるし、時間も余裕あるから」

 次の予定はご飯だが、まだ時刻は四時半頃だ。早めに食べに行く予定ではあるが、むしろ少なくとも三十分か一時間ほどは時間を潰したいところだ。

「じゃあちょっと俺も見たいものあるから、行ってきていいかな?」

「いいよー。この辺にいるね」

 了承を得られた俺はアニメ関係のコーナーから離れる。

 仮にもデートのため離れるのはいかがなものかと思うが、照れ臭くなった……というのもあるが、したいこと、どうしても取りたい景品があった。

 その景品があるコーナーに一直線に向かった。

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