第20話 かのんちゃんはうんざりする
「す、すご……」
「でしょー? 私のおすすめ!」
目の前には満面の笑みを浮かべる花音と、つい先ほど店員が運んできた山盛りのパスタがあった。
ボリュームはもちろん、見ただけで美味しいだろうとわかるそのパスタは、一人で食べ切るのは難しい。そのためテーブルには一皿しか置かれておらず、取り分けるためのトングと小皿が並べられていた。
「これで八百円って安いよね?」
「安すぎる……」
明らかに一人前の量ではなく、下手すると四人前ほどの量だ。半分までは余裕で食べられそうだが、食べ切れるのは知る限り双葉くらいだろうか。
最初は値段だけを見て少し高めだと感じたが、この量なら納得である。それどころかランチタイムのサービスと言われ、ピザが二切れついてきた。
「一応ミニサイズもあるんだけどね。これを見せたかったから」
ミニサイズと言っても一般的な店の普通サイズのことを指す。一人で店に入るのならミニサイズを注文するべきだが、山盛りのパスタがこの店の名物のようだ。
「最初に来た時は何も考えずに注文したらこの量で、びっくりしたんだよねー」
「食べ切れたの?」
「まさか。持ち帰ってもいいから、パックに詰めて夜ご飯にしたよ」
昼も夜も麺類。うどんやラーメンのように違うものだあればまだしも、全く同じ味の同じものだ。
「……飽きないの?」
「しばらくはいいかなぁって思ってたけど、二、三日したらまた食べたくなるんだよねこれが」
とあるラーメン店でも量が多くて食後はしばらく食べたくなくなるが、数日すると食べたくなるというのを聞いたことがある。そうでなくとも食べ放題の焼肉なんかも、当日はもういいと思っていても翌日にはまた食べたくなる。
要はやみつきになるのだ。
花音お気に入りの一品に舌鼓を打ちながら、俺たちは会話を弾ませる。
今は昼の十二時過ぎ。すでにデートが始まって二時間は経過していた。
集合場所は駅前。ただ、いつもとは違い、花音の家の最寄駅……柳駅の方だ。
指定された時間は十時。中学の部活で鍛えられたせいか、十五分前行動が普通となっている俺は早めに家を出た。徒歩で四十分ほどかかるため九時過ぎには家を出る。思っていたよりも早く着いたため、結果的に駅に着いたのは九時四十分だった。
電車で通ることはあっても降りることはない。俺の家の最寄駅である桐ヶ崎駅の方が大きく様々な店が建っているためだが、この駅も決して小さいわけではなかった。
花音がわざわざ遠い方の駅に行くのは、アニメショップが入っているのと、桐ヶ崎高校に通う生徒の大半の最寄りが桐ヶ崎駅だからという理由だろう。
そんな柳生駅の前には目印となりやすい噴水広場があり、そこでの待ち合わせとなっていた。
まだ余裕もある早い時間にも関わらず、すでに花音は広場で立っている。……しかし、一人ではなかった。
「ね? 一緒に遊ぼうよ?」
「人を待っているんで、大丈夫です」
「恥ずかしがらずにさぁ」
もう何度目なのか、花音はまたナンパをされていた。人気者なのも考えものだと思っていたが、ここまで高頻度でナンパされるくらいなら人気者になりたくはない。
俺が見かけるナンパシーンだけでも十分多いが、全部見ているわけではないだろう。嫌気が差しそうだ。
今から遊ぶ相手がナンパされているのに見過ごせるわけもない。……そうでなくとも見過ごさないが。
俺は意を決して声をかけた。
「お兄さん、うちの彼女に何か用?」
相手は年上の男だ。気圧されないためにも強気の口調で行く。そして彼女と言えば引いてくれると考えたが、どうも簡単にはいかないらしい。
「なんだよ? てかこんなガキと付き合ってるなら俺のが良くね?」
大学生くらいから見れば俺はガキに見えるのだろう。そう言われるならこちらも反論……もとい煽り返す。
「そんなガキと同い年の女の子をナンパするって、お兄さんはロリコンってやつですかね?」
男はチャラそうな見た目でお世辞にも体格が良いとは言えない。逆上された場合はめんどくさいが、人目の多い駅前でそんなことはしないだろうと踏んでのことだった。
そして思惑通り、男は「チッ」と舌打ちをするとどこかに去っていった。
「……ありがとう」
「いえいえ、むしろ勝手に彼女扱いして申し訳ない」
「大丈夫だよ、それくらい」
そう言う花音は午前中というのに、やけに疲れた顔をしていた。
花音はうんざりしたようにポツポツと話始めた。
「今日ね、ここに来てからこれで二回目なんだよね」
「それはお疲れ様です」
ため息を吐く花音には同情するしかない。やはり俺が見ていないところでもナンパをされているのだ。
「……てか、かのんちゃんっていつからここにいたの?」
すでに九時四十五分を過ぎているが、俺が到着したのが四十分頃だ。それでも予定時刻よりも二十分も早かった。それよりもさらに早く、ナンパまでされる時間があったということだ。
「一時間前。楽しみで早く起きちゃって」
照れたように笑う花音は可愛かった。
思わず顔を背けると、花音は不思議そうにしていた。
「今日は一日楽しんで、嫌なことを忘れるぞー!」
そう意気込む花音に合わせ、俺も「おー」と声を出す。
予定は花音が立ててくれているため、俺はただ着いていくだけだった。
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