第19話 かのんちゃんは守りたい

 双葉と遊びに行った後の週明け、俺は早速捕まっていた。

「可愛い後輩ちゃんとのデートはどうだった?」

 放課後の帰り道、校門を出てすぐのことだ。虎徹が目の前にいるにも関わらず、花音はそんなことを口走った。

「……お前、春風と付き合ってたのか?」

 疑うような目で見られ、それを否定する。コースとしてはデートのようなものだが、そういうつもりでもそういう関係でもない。

「双葉と遊んでる時にたまたまかのんちゃんと会っただけだ。……てか虎徹は俺と双葉がたまに遊ぶの知ってるだろ」

 付き合ってなくとも男女で遊ぶことなんである話だ。二人で遊んでいれば付き合っていることになるなら、虎徹と若葉はすでに付き合っていると言っても過言ではないだろう。

 当然虎徹は本気で言っているわけではなく、「だよなー」と流しているが、花音は悪戯いたずらが目的だったようでつまらなさそうにしていた。

「ただの後輩だよ、中学時代の」

 俺と双葉の関係を知らない花音にそう説明すると、「ふーん」と納得したようでしていない反応をする。

「てか本宮ってこっちの方だったか? 柳中じゃなかったっけ?」

 俺たちとは真反対の場所に住んでいる花音だが、校門を出てからしばらくしても一緒に歩いている。

 花音は容姿や性格が目立つということもあるが、入学当初は出身中学が珍しいということでも目立っていた。

 虎徹の言った柳中は、私立の中高一貫である柳中学校のことを指し、そこが花音の出身中学だ。

 公立高校ならまだしも、今通う桐ヶ崎高校も中高一貫の私立高校だ。エスカレーター式にも関わらずに外部受験するのは珍しい。そういう意味でも花音は目立っていたため、同級生の大半は花音の出身校のことを知っているだろう。

 そして何より、柳中学校は俺と虎徹の家の方向とは真逆に位置するため、それ故の指摘だった。

「駅前に用事あるから、今日はこっちに行くつもりだったから」

「なるほどね」

 花音の家の近所も何もないわけではないが、駅前の方が色々と店があるため虎徹は納得する。

「そういえば前に颯太にも聞いたんだけど、本宮って颯太と付き合ってるのか?」

 いきなりの発言に俺は「違うって言ったじゃん」と冷静にツッコむ。何度も否定しているはずなのに、やたらと疑われている気がする。もう慣れた。

 ただ、花音は違った。

「え? い、いや、そんなことないけど?」

 明らかに様子がおかしい。付き合っていると自白しているような反応だ。……もちろん付き合っていないが。

「付き合ってるのか」

「ち、違うよー!」

 照れたように反論する花音だが、客観的に見て付き合ってることを照れて隠しているようにしか見えない。

「おい、虎徹。俺がかのんちゃんと付き合ってるなら、いくらただの後輩でも女子の双葉と遊びに行ったりしないからな?」

 遊びに行くだけであれば浮気ではないとはいえ、気分は良くないだろう。仮に彼女がいたとして、その彼女が別の男と遊びに行って欲しくはない。当然俺も他の女子と遊びには行かない。

 俺がそういう性格というのは虎徹も知っているため、「確かにそうか」と納得している。

「本宮もまんざらじゃなさそうだし、お前らもう付き合えば?」

 虎徹は軽い口調でそう言った。

「え、無理」

 花音は即答した。

 俺もそのつもりはないが、先ほどまで照れた様子だった花音の急な冷めた態度には少なからずショックを受ける。虎徹も意外そうな表情だ。

「なんて言うか、颯太くんは他の男子と違ってちゃんと『友達』って感じだから。付き合うとか言われたら恥ずかしいけど、実際に付き合うとはちょっと……」

 苦笑いというのか、微妙な表情で花音は言う。

 友達だからこそ、付き合ってると勘違いされるのが恥ずかしいのだろう。

「今まで友達って言っても教室で話すくらいで、前みたいに放課後に一緒に勉強してっていうのもなかったから。青木くんとか若葉ちゃんとか、藤川くんとも、仲良くなれたら良いなぁって」

 付き合うよりも、今のような……今まで以上に仲の良い関係を求めている。

 花音の本性を知った時もそうだった。遠回しに『告白をしてくるな』と言っているようにも思える。

 それはわかっていた。だからこそ俺は花音のことを友達としては好きでも、恋愛対象として好きにはならない。

「それよりもさ」

「ん?」

「藤川くんこそ、若葉ちゃんと付き合ってないの?」

 からかわれた仕返しと言わんばかりに、花音は話の矛先を虎徹へと変える。

 俺はもう、その答えはわかっていた。

「ないな」

 慌てる様子もなく、虎徹は平坦に答える。

 付き合っていれば真っ先に俺に言うだろう。二人の関係は俺でも未だによくわからない部分もあるが、距離の近い若葉が俺にくっついていれば虎徹も嫌な顔をするだろう。それに若葉は恋愛よりも部活や勉強で忙しいのではないのかと考えている。

「俺も本宮と似たようなもんだ。今の関係が好きなんだよ。若葉に限らず、誰かと付き合ったとしても高校生の恋愛なんてほとんどの可能性でいつかは終わる。そんな不確定要素より友達関係の方が良くないか?」

 以前……俺が虎徹と仲良くなって若葉と知り合ってから、同じように『付き合ってないのか?』とか『付き合わないのか?』と聞いたことがあった。その時にも同じような答えが返ってきた。

 それだけ虎徹は若葉との関係を大切にしているということだ。

 虎徹の言葉に花音は感心し、納得している。俺も虎徹の言うことが理解できないわけでもない。

 ただ、その後の一言で全てがぶち壊された。

「俺には二次元があるから恋愛しなくてもいいしな」

 俺は言葉が出なかった。

 虎徹と同じようにアニメやマンガが好きな花音であればその気持ちもわかるのだろうかと思い視線を向けるが、花音も苦笑いするだけだった。




 俺と虎徹の家の中間地点、コンビニまで行くとそれぞれ分かれて別の道を歩く。俺と虎徹は家へと、花音は駅前の方向だ。

 五分もあれば家に着く。俺はゆっくりと家に向かって歩いていた。

 一人で歩いていたのだ。

「青木くん。さっきぶり」

 曲がり角から花音が顔を出す。別の道に行ったはずだが、すぐに曲がって戻ってきた。

「かのんちゃん、何してんの?」

「もうちょっとだけ青木くんと話したいなって思って」

 勘違いしてしまうような発言だが、恋愛的な好意からの言葉ではないことを俺は知っている。

 そうなればどういうことなのだろうか。そう疑問に思ったが……、

「今度のデート、楽しみにしてるね?」

 この発言で意図は伝わった。連絡先は知っているが、直接話しておきたかったのだろうか。

「ああ、うん。てかデートじゃな……」

「デートだよ?」

 何故かそこは頑なに譲らない。

「なんでそんなにデートってことにしたがるんだ?」

 恋愛感情がないことはわかっている。デートなんて言葉を使えば勘違いしてもおかしくない。告白しないように釘を刺す発言をしておいて、『デート』をしたがるのが不思議に思えて仕方なかった。

「だってさ、みんなデートしてるじゃん? 友達同士で遊びに行くのってデートじゃないの?」

「ああ、そういう……」

 女子同士で遊びに行くことをデートと呼ぶことがある。それは教室で聞くこともあるため、言われてみればわかることだ。

 楽しそうにしている花音もそれと同じで、遊びに行くことをデートと呼んでいる。

 本性はやや黒い部分もあるとはいえ、学校生活での花音は猫を被っている。それでも学校一と言えるほど人気者……そして男子に好意を寄せられるのは、無自覚に相手を勘違いさせる『天然』なのだろう。

「行くところは任せて! 行きたいところいっぱいあるから!」

 俺の前というのに口調は『かのんちゃんモード』だ。それほどデートを楽しみにしているようで、花音のテンションが上がっていた。

 学校生活の時と同じだが、いつもとは違う様子が逆に落ち着かない。むしろ毒を吐いたり黒いところを見せる花音に慣れてしまったのだ。

 一つだけ気になったことがあり、俺は口を開いた。

「……さっき、虎徹といた時に本性出てたよ」

「え? 嘘?」

 ところどころ『かのんちゃんモード』の時には使わないような口調になっていた。虎徹に『付き合えば?』と言われた時に拒否した時が特にそうだ。

「虎徹とか若葉なら別に言ってもいいんじゃないか? 気楽に話せる人が多い方がいいと思うし。前も言ったけど、かのんちゃんの『本性』って別にそんなに性格悪いと思わないし、二人なら受け入れてくれると思うよ」

 虎徹はそもそも興味がなさそうに流しそうだ。そんな虎徹と幼馴染な若葉であれば、花音程度の黒さなら気にしないだろう。

「うーん……、いいのかもしれないけど、幻滅されたくはないからなぁ……」

 思っていたより前向きな反応をしたが、やはり言いたくはなさそうだ。無理強いする必要もないため、これ以上は何も言わない。

「そっか。……じゃあそろそろ家着くから」

「あ、うん。またね」

 十字路を過ぎた先に家が見えている。

 花音は十字路を曲がり、帰っていった。

「……あれ?」

 駅前に向かうには左の方向だが、花音は右に曲がっていった。

 わざわざ話すために遠回りしたのだろうか。


 友達という関係は難しい。

 長く続くこともあるが、学生の中だけで終わることだってある。

 俺も中学時代に仲の良かった人はいたが、今となっては連絡を取ることもさほど多くはない。今でも関わりがあるのは双葉くらいだ。

 クラスにいる友達も休日に遊ぶことはそこまで多くはなく、虎徹や若葉との交流が多い。

 人気者で友達の多い花音も同じように、関係の薄い友達もいるだろう。

 それでも距離を縮めようと話をしに来てくれることに、俺ももう少し仲良くなりたいと思っていた。

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