第17話 春風双葉は思い出す

「あー、面白かったですね!」

「そうだなー」

 映画を見終わると、双葉は思い切り伸びをした。それに釣られるように、俺も同じ行動を取る。座ってスクリーンに集中していたため、思っていたよりも体が凝っていた。

「良い席で見られたのも先輩のおかげです! ありがとうございます!」

「どういたしまして」

 席はあらかじめ予約してあった。元々、どの辺りの席がいいのかという話をしていたため、双葉の希望通りの席を押さえておいた。

「チケットも、ありがとうございます」

「いいよ、代わりに飲み物とか買ってもらったし」

「それでも高いですし……」

 チケットの代金は俺が予約の際に払っていた。それを知った双葉は映画の前に払おうとしたが、俺はそれを断っている。

 その代わりに映画のお供のポップコーンやドリンクの代金は双葉が出してくれた。最初はそれも断ったが、双葉が納得してくれなかった。

 今までは少し多めに払うくらいで、ほとんど奢りみたいなことはしなかった。頑張っている可愛い後輩と久しぶりに遊ぶからと理由で奢っているが、言ってしまえば単なる気まぐれなのだ。

 流石に度が過ぎたのか、双葉は申し訳なさそうにしている。

「先輩。この後はどこに行くんですか?」

 まだ時間は三時過ぎ。解散するには早い時間のため、当然予定は考えてある。

「んー……その辺をぶらぶらしても良いし、せっかくだから映画の感想でも話すために喫茶店に入るかどっちかかなって」

 候補は絞ってあったが、決定はしていなかった。

 映画の後は、その時の気分で決めようと考えていたからだ。

 すると、双葉は「じゃあ……」と続けた。

「私がよく行く喫茶店あるので、そこに行きませんか?」

 ちょうど困っていたところなのでありがたい提案だ。店も量が多いと有名なチェーン店ぐらいしか候補がなかったため、双葉のお気に入りの店なら間違いないだろう。

 双葉が「お金は出しますので!」と言い、俺はありがたく了承した。


 ショッピングセンターを出てから五分。喫茶店は駅周辺にあった。

 中はいわゆる『映え』よりも、リラックスできる空間が意識されている。古めの内装は趣きがあり、落ち着ける『古き良き』と言った感じだ。

 双葉は「ケーキセットで良いですか?」と確認をとってきたため了承すると、手慣れた流れで注文する。

「この店、雰囲気が好きでたまに来るんですよ。お小遣いじゃ頻繁には来れないですけどね」

 チラッとメニュー表を見ると、そこまで高くはないが安いわけでもない。部活で忙しく、バイトのできない双葉にとっては自分へのご褒美というところだろうか。

「意外だな」

「そうですか?」

「双葉は静かな場所でリラックスするとかより、体動かした方が気分転換になりそうなタイプだろ?」

 中学生の頃から運動が好きなスポーツ少女だ。そんな双葉が静かなところで一人、あるいは友人とでも静かに話すイメージがない。どちらかと言えばオシャレなカフェで楽しく話しているイメージがあった。

 化粧をするということも意外ではあったが、年頃の女子なら興味を持ってもおかしくはない。

 それでも、このような喫茶店で来るというのは俺にとって知らない双葉の一面だ。

「んー……今が無理してるわけでもないですけど、先輩と初めて会った時の私って割と大人しかったと思いますよ?」

 そう言われて初めて会った時のことを思い返す。

 懐かしい気持ちになっていると、ケーキと飲み物……俺はコーヒーで双葉は紅茶が届いた。ホットのためすぐには口をつけずに話へと戻った。

「今は元気なイメージ強いけど、そういえば最初は真逆なくらいだったよな」

「自信がなかったので。……今もそんなに自信過剰ってわけでもないですけどね」

 双葉は紅茶に砂糖を入れてスプーンで混ぜながら、苦笑いをしていた。


 双葉との出会いはちょうど三年前に遡る。

 俺が中学二年生で双葉が中学一年生の頃、今ではバスケが上手いと言える双葉は、素人同然だった。

 三年生が引退してすぐの夏休み、居残り練習をしていた双葉に教えたことが、仲良くなるきっかけとなった。

 当時の双葉はバスケを始めたてで、入部してたった三ヶ月の初心者だ。俺も上手くはないものの、一応小学生の頃からバスケをしていたこともあってキャプテンを任された。弱小校だったこともあって準レギュラーからレギュラーに昇格もしていた。

 双葉はシュートが入らない、ドリブルが上手くない……その他にも基礎ができていない下手な子だった。ただ、居残り練習をするほど負けず嫌いというのは今も変わらない。

 俺はレギュラーになったばかりだったため少しだけ居残り練習をし、後片付けをして帰ろうとしたところで、ひたすら入らないシュートを続ける女子部員が目に入った。

 それが双葉だった。

 その時に少し教えたことがきっかけで、それからはほぼ毎日のように二人で居残り練習をした。それが仲良くなるきっかけだ。

 双葉に教えたのはシュートやドリブルなどの基礎やトレーニング方法くらいで、気がつけばすぐに上達していた。

 初めは大人しい……というよりも緊張しっぱなしでオドオドしていた双葉だったが、実力がつくにつれて今のような明るく元気な性格になっていた。徐々にそうなったこととあって俺は気がつかなかったが、最初の頃と今を比べると、別人かと疑うほどの変貌ぶりだ。

 自信がついた双葉も、冗談や軽いノリで自信過剰な風の言葉を吐くことはあるが、実際はそうではない。

 大会前とはいえ、ここ最近忙しくて顔を合わせる暇もなかったのは、それだけさらに努力を重ねていたからだ。邪魔しては悪いと思って、俺もあえて声をかけることをしなかった。

「私、先輩には感謝しているんですよ」

 少し冷めた紅茶を一口含むと、双葉は続ける。

「今こうやって頑張れているのは上手くなれたからで、それは先輩に教えてもらったからです。先輩はそうじゃないって言いますけど、基礎が上達したから他のこともできるようになりました」

 双葉が上手くなったのは、俺が教えたから。

 そう言われた時はいつも否定しており、実際にそう思っているから否定していた。俺が教えなくとも、きっかけさえあれば勝手に上手くなっていただろうから。

 ただ、この時ばかりは否定することもせず、双葉の言葉を静かに聞いていた。

「先輩がいなかったら、多分私は中学でバスケを辞めてました。上手くなったから、今も続けられていると思ってます。だから感謝してます。……そして尊敬もしてますよ」

 いつも双葉は『感謝しています!』や『尊敬しています!』と言ってくるが、その時の雰囲気もあって冗談だと思っていた。ただ、今の落ち着いているこの雰囲気で言われたことによって、その言葉が本当のことだったのだと理解した。

「その言葉、ありがたく受け取っておこうかな」

「どうぞ、受け取ってください」

 小さく笑いながらそう言った双葉は、いつもの冗談を言う時のようで、それでも全く違う落ち着いた雰囲気だ。

 落ち着いている双葉とは真逆で俺は落ち着かない。ケーキとコーヒーを一口ずつ含むと、口の中で甘さと苦さが交わった。

「……てか何でこんな話になったんだっけ?」

 喫茶店に入った理由は、映画の感想を語るためだった。しかし気がつけば思い出話となって、くすぐったい気持ちになっている。

「先輩が『意外』とか言ったから、昔は大人しかったって話になったんじゃないですか」

 そう指摘されると確かにそうだ。昔話をするためではなく、本当にそう思ったから言ったのだが、話の初めは俺の言葉からだった。

「なんか、真面目な雰囲気からいつもの感じに戻っちゃいましたけど、私が先輩に感謝していて、先輩のことを尊敬しているのは本当ですからね?」

「お、おう、ありがとう」

 さっきは落ち着いた雰囲気もあって動揺することなく受け取れたが、改めて言われると恥ずかしくなってしまう。

「それにいつも言ってますけど、私は先輩のことが好きですから」

「……なっ!?」

 その言葉は、この流れからしても嘘じゃないだろう。驚きのあまり顔が熱くなる。

 しかし勘違いしそうな言葉だが、双葉はからかうようなニヤけた笑い顔を見せたため、すぐに落ち着きを取り戻した、本心の言葉だが、それはただの好意の言葉だ。

「はいはい。それじゃあ映画の話でもしようか」

「つれないですねー」

 俺の反応が期待通りではなかったのか、双葉は残念そうな表情だった。

 ただ、話を始めるとすぐに双葉は映画の感想を熱弁していた。

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