第15話 春風双葉は食べさせたい!

 午前十一時十五分。まだ早いとはいえ、今後の予定を考えるとちょうど良い時間に俺と双葉はチェーン店のファミリーレストランに来ていた。

「私これ好きですー」

 無邪気にメニュー表を指差す双葉に合わせるように、「俺はこれかな」と指を差す。

 ファミレスは種類が多い。イタリアン系のファミレスだが、それでも軽くもガッツリも食べられる上にデザートまであってリーズナブルだ。学生は重宝しているチェーン店だろう。

「俺はもう決まったけど、双葉はどうする?」

「あ、ちょっと待ってください!」

 メニュー表をパラパラとめくりながら頭を悩ませる双葉をただじっと待つ。

 数分悩んだ後、「決まりました!」と言って呼び出しのベルを押した。

 注文したものは大盛りのパスタ一品のみ。俺の分はそれだけだ。少し物足りないくらいだが、午後からが本番というのに食べ過ぎでも仕方ない。

 しかし双葉は違った。

 その細い体のどこに消えていくのかわからないほどの注文をする。パスタに加えてピザ、そこまではわかるが更にハンバーグまで付け加えた。

 それでも俺は驚かない。これくらいの量は双葉なら『まあ、食べるだろ』と思うくらいだからだ。

 店員が困惑することは目に見えているため、俺がまとめて注文した。周りから見ればシェアするためと思われるだろうと考えてのことだった。

「予定的に一番良いと思ったからここにしたけど、双葉的にはもっとオシャレなところが良かったりしたか?」

「いえ、私は普通のファミレス好きですよ。オシャレなところも好きですけどちょっと緊張しちゃいますし、ここなら安くていっぱい食べれますし!」

 予定的に良かったというのも嘘ではないが、双葉の言う安いという理由も正直あった。これだけ注文しても二人で千五百円くらいだが、少し高いところに行けば倍はくだらないだろう。

 高校生の味方、ファミレスもバカにはできない。

「それに……」

「ん?」

「先輩とならどこ行っても楽しいですし」

 満面の笑みを浮かべながら双葉はそう言った。

「……それなら良かったよ」

 その笑顔に気恥ずかしくなった俺はそっぽを向く。

 好意を全開に向けてくるのは嬉しいが、照れ臭いものは照れ臭い。

「先輩、照れてます?」

「照れてねぇし」

「照れてますよねー?」

 グイグイと押してくる双葉に照れ臭さは消え、むしろやり返したくなった俺は冗談まじりに言ってやった。

「双葉みたいな可愛い子にそんなこと言われたら照れるだろ」

 軽い調子でそう言うと、双葉はポカンと口を開く。

 流石に寒すぎたか、と考えていると双葉は俯いた。

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 声を上擦らせており、怒らせたか笑われているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 耳まで真っ赤になっていた。

 ……いったい顔はどれだけ赤くなっているのだろうか。

「お待たせしましたー」

 ちょうどその微妙な空気に店員が入って来る。

 注文の品が続々と運ばれて来ると、速やかに去っていく。飲食店のホールをやっている身としては学ぶべき姿勢だ。

「さ、さあ、食べよう」

 変に思われないようにか運ばれて来ている間はやや赤みの引いた顔を上げていたが、また若干下がっている。

 フォークとスプーン、ナイフを渡すと、双葉は起動したばかりのロボットのようにゆっくりと食べ始めた。

 それを見た後、俺も一口食べる。やはりチェーン店なだけあって安定した美味しさだ。

 食べ進めながらチラリと双葉に視線を向けると、その手は徐々に速くなっていく。二、三分もすればいつもの調子で「美味しいですねー!」と笑顔を見せた。……単純すぎて心配になってしまう。

「先輩の、一口欲しいです!」

 俺はミートスパゲッティだが、双葉は野菜たっぷりのスパゲッティだ。他人が食べているものが美味しそうになる気持ちはわかるため、俺は気前よく返事した。

「おう、いいぞ」

 慣れた……というわけではないが、以前のこともあって気にしなくなった。そもそも若葉とも同じ皿をつつくこともあったため、そこまで気にするほどのことでもないことに気がついたからだ。

 しかし、慣れていないこともある。

 俺が取りやすいように皿を双葉の方に寄せるが、取る様子もなく口を開けるだけだ。

「あーん」

 わざとらしく、わかりやすく、双葉は要求して来た。

「自分で取れ」

「えー、良いじゃないですか。可愛い双葉ちゃんにあーんするチャンスですよ? ほら、あーん」

 めんどくさい。

 正直、そう思ったため、寄せた皿を戻して自分で食べようとする。

「前してあげたじゃないですかー。ほら、あーん」

 もはや語尾のようになっている。

 めんどくささが勝った俺は一口食べると、続けてもう一口食べようとする。

「前してあげたじゃないですかー。ほら、あーん」

 一言一句違わずに同じ言葉を並べる。

 食べさせるめんどくささよりもゲームのNPCのように同じ言葉を繰り返す双葉のめんどくささが勝ち、渋々口の中に突っ込んだ。

「美味しいですね!」

 語彙力がない双葉は美味しいしか言わない。むしろ今までまずいと聞いたことすらないかもしれない。

「双葉って食べれないものってあるのか?」

「うーんと、そうですねぇ……。雑草とかは食べれないですね。苦くて」

「それ食べ物じゃないし……。てか食べたことあるのかよ!」

「だって、山菜の天ぷらとかあるじゃないですか? 小さい頃なんか見分けつきませんし、つい食べちゃいません?」

「食べちゃわないよ……」

 小学生までの双葉のことは知らない。家は結構近くても校区が違うため、別の学校に通っていた。その話を聞くだけで相当おてんばだったのだと予想ができる。

「ちなみに『山菜』の天ぷらを『三歳』の天ぷらだと思ってて、三歳の子しか食べられないと思ってました! 四歳になった時に晩御飯に出された時に食べて良いのかわからなくて大泣きしましたよ」

「知らんし……」

 今でもバスケ以外は抜けているが、小さい頃は相当な『アホの子』だったらしい。よくわからないエピソードを聞かされて俺は頭を抱えた。

「先輩、これお返しです」

 ため息を吐く俺の返事を聞く間もなく、双葉は口の中にフォークを突っ込んでくる。以前の玉子焼きの時もそうだったが、双葉は突拍子がない行動を取る。

 しかし口の中に広がる味に、怒る気も失せた。

「……これもいいな」

 俺がパスタを頼む時は九割がミートソースで一割がカルボナーラだ。初めて食べる味だが、野菜の甘みと醤油が合っている。

「ここに来る時は野菜が不足しがちなので、せめてって思って食べてたらハマったんですよね!」

 イタリアンとなれば、野菜はあまり多くない。コーンが添えてあったり、ピザやミートソースでトマトが使われていることはあるが、量もあまりない。メニューにサラダはあるとはいえ、進んで食べたいという高校生はあまり多くはないだろう。

 その中でも双葉は一応はバランスを考えているようだ。パスタとピザとハンバーグという炭水化物と炭水化物とタンパク質がほとんどを占めているが。

 バカな話をしながら食事を進める。

 会話をしながらの食事は決して行儀が良いとは言えないが、楽しく食事はでき、あっという間に食べ終えた。

「ごちそうさまでしたー!」

 双葉は満足そうに手を合わせていたため、俺もそれにならい「ごちそうさまでした」と手を合わせる。

「結構良い時間だな」

 携帯の時計を確認すると、十二時前くらいだ。三十分も経っていないが、そうは思わないほどゆっくりした気持ちになっている。

「じゃあ、早速次の目的地に行きましょう!」

 双葉は紙ナプキンで口元を拭うと、残りの水を飲み干して移動の準備をする。

「レジでもたつくの嫌なので、ここでお金渡しても良いですか?」

 そう言いながらカバンから財布を取り出す。

 悪くない提案だ。昼時の忙しくなる時間のためスムーズに済ませたいところ。後ろに並んでいるというのに長々とレジ前に居座るのはどうしても居心地が悪い。

 しかし、俺はその提案を断った。

「俺が出すから良いよ」

 伝票を取った俺は財布を持ち立ち上がろうとする。

「そんな、悪いですよ」

 焦ったように止める双葉に、立ち上がりかけていた腰をもう一度下ろした。

「先輩だし、カッコくらいつけさせてくれよ」

「いや、でも……」

「前の大会で活躍したって聞いたし、そのお祝い。ダメか?」

 元々奢るつもりだったが、遠慮はするだろうと思っていた。ちょっとした見栄もあるため、適当な理由をつけて奢ろうと前々から考えていた。

「それじゃあ……、お願いします」

 予想外に早く折れた双葉は、申し訳なさそうな顔をしている。普段の態度は大きい気がしなくもないが、こういうところが謙虚なところは双葉の良いところだ。しっかりと弁えているというのか。

 セットした髪を崩すのがはばかられた俺は、小動物を愛でる時のように頭を軽くポンポンとした。

「ありがとうございます!」

 輝くような笑顔で答える双葉に、俺は改めて良い後輩だと実感していた。

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