かのんちゃんはからかいたい!〜「勘違いしないでね?」と言う学校一の美少女がからかってくる〜

風凛咏

第一章 高校二年生編

第1話 かのんちゃんは人気者!

 夏が終わり、もう秋と言ってもいい十月に入っている。


 寒くなりつつある時期でも時折暑い日はあり、そんな日の昼ごろに体育の授業なんかがあった日は暑くてたまらない。


「……暑い」


 体操服から制服に着替えるとさらに暑さは増す。冬服に変わって普段は羽織っているブレザーも、この時は脱いで手元に持っていた。


「約束通り飲み物奢るから、自販機寄って行こうぜ」


「……おー」


 今日の体育の授業は体育館でバスケの試合をするという内容だったのだが、俺――青木あおき颯太そうた藤川ふじかわ虎徹こてつは飲み物をかけてどちらが多く得点を取るかという勝負をしていた。


 中学時代にバスケ部に所属していたこともあり、俺は見事にその勝負に勝った。しかしそれが今の暑さを助長する原因の一つでもある。

 そして、数分遅れで終わった授業の後に、購買で昼食のパンを買うために急いだことも原因の一つだった。

 ただ、急いだことと強面の虎徹が一緒だったことで周りの生徒が避けてくれたため、目的のパンを買うことができたのは不幸中の幸いと言える。


 暑さと引き換えに目的のパンを手に入れた俺たちは自販機へと向かう。体育館から教室に向かうには購買を通る道順だが、自販機は少し遠回りする中庭に設置されていた。

 ここは急ぐ必要もないため、特に内容もない話をしながらゆっくりと向かっていた。




 飲み物を買ってから教室に向かうと、さらに疲れは増していた。

 三階建ての校舎で何故か二年生は三階となっているため、一番遠い場所なのだ。


「一年生に戻りたい……」


 疲れることばかり続いたため、ようやく三階にたどり着いた俺はそうボヤいた。


 一年生は一階のため、階段を登り降りすることは移動教室でたまにあるくらいだった。帰宅部で体育くらいしか運動をしていない俺にとって階段を登ることは苦行でしかない。


「バカなこと言ってると来年も二年生のままだぞー」


「そこまでバカじゃないし!」


 成績は下の中から下の上くらいの俺は、赤点こそ取ることはあるものの留年をするほどではない。


 目つきの悪い金髪という、いかにも不良の見た目をしている虎徹の方が成績は悪そうなものだが、平均を大きく上回っているということが納得できない。


「大丈夫。後輩になっても遊んでやるから」


 そんな冗談を言う虎徹に何か反論をしてやろうと俺は口を開く。しかし、その口から声が発せられることはなかった。


 どこからか口論のような声が聞こえる。

 その声のする方に視線を向けると、虎徹も釣られて視線を向けた。


「……上の方?」


 そう疑問を口にした俺の声に、虎徹は「多分」と同調する。


 三階より上は屋上だが、屋上は立ち入り禁止となっている。その手前の入り口までは行けて人通りが少ないため、一種の告白スポットとなっている。

 しかし、普通に告白をしているのであれば、口論のような声が聞こえるのはおかしな話だ。


 野次馬する気はないが、俺は耳を澄ませてその内容を聞いた。


「なあ、一回だけでもいいからデートしようよ」


「すいません、デートはちょっと……」


「じゃあ遊びに行くだけで良いからさ。今日の放課後とかどう?」


「今日は日直なので……」


 告白というのは間違いなさそうだが男子生徒が迫っており、女子生徒が断っているという状況だ。


 遊びに行くのとデートは同じようなものだろうと心の中でツッコミを入れながらその後の会話を聞いているが、男子生徒は一歩も引く様子のない。


 告白は当人たちの問題だ。

 このままスルーしても良いのだが、明らかに困っている状況は見過ごせない。

 終わらない押し問答で女子生徒を不便に思った俺は屋上へと続く階段へと一歩足を踏み出した。


 そしてできる限り、相手に聞こえるような声を吐き出した。


「虎徹ー。腹減ったから早く来いよー」


 階段を登りながら声を上げると、その声が聞こえたようで上から聞こえる声はピタリと止んだ。


 片手にはパンの入った袋。片手には飲み物。肩から体操服の入った袋を掛けている。

 今の俺は体育終わりに人気を避けて友人と昼食を摂ろうと思ったらたまたま告白シーンに遭遇してしまっただけのように振る舞った。


 階段を折り返すとその二人とバッチリと目が合う。一人は同じクラスの本宮ほんみや花音かのん。もう一人は知らないけど、学年によって違うスリッパの色から察するに三年生だ。


「あっ……」


 わざとらしく俺は声を上げる。


「お取り込み中にすいません」


「……ちっ、タイミング悪りぃな」


 あからさまに不機嫌な様子で三年生は舌打ちをする。遅れて来た虎徹を見ると三年生はギョッと顔色を変え、再び舌打ちをして階段を駆け降りて行った。


「……俺ってそんなに悪そうに見える?」


「逆に悪そうに見えないとでもお思いで?」


 不服そうな表情を虎徹は浮かべる。

 そんな虎徹の肩をポンと叩いた俺は「教室戻ろうぜ」と踵を返した。


「あ、あの!」


 歩き出そうとしたその足は、花音の声によって止められる。


「青木くんも藤川くんも……ありがとう」


「お礼を言われるほどのことじゃないよ。さっきの人からすると邪魔しちゃっただけだし」


「それでも、ありがとう」


 笑顔を見せる花音に対して不覚にもドキリとしながらも、「じゃあ」と言って俺と虎徹はこの場から立ち去った。




 本宮花音は絵に描いたような美少女だ。


 成績はそこそこ良いらしく、運動神経もそこそこ。いたって普通の彼女だが、なによりも見た目が良いためとにかく男子にモテる。学校一ではないかというほどにだ。

 告白現場を目にしたのは今回が初めてだが、そんな噂は二年間同じクラスだったこともあって嫌でも聞こえてくるほどだ。


 そんなモテる彼女であれば女子に僻まれそうなものだが、そういったことも一切ない。男女問わず人気者の彼女は、容姿も性格も完璧だった。


 普通なら誰もが恋に落ちそうな彼女だが、俺は彼女に対して恋愛的な好意を抱かない。可愛いと思ったとしても、好きだとは思わない。

 どんなイケメンや運動部のエースが告白したとしても断ったという噂しか聞こえない彼女が、自分のことを好きになるなんて到底思えないのだ。


 男子の友達はそこそこいる俺だが、女友達は多くない。特に目立った人間ではないただのクラスメイトの俺に対して、好意を抱くなんて期待は微塵も生まれてこなかった。



『高校生になれば彼女ができる』



 高校入学前はそんな期待を抱いていたが、現実は非情だ。


 告白したことはないし、そんな勇気もない。女友達も少なければ彼女なんてできるはずもない。

 かと言って今でも十分学校生活に満足している俺は、彼女は欲しいが必要というわけでもなかった。


 高校に入学して一年半。俺はラブコメを半ば諦めていた。

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