第49話 死因究明

 扉が開き、初老の男性が入ってくる。


「お待たせいたしました。センター長のハイゼンと申します」

「サクラです」


 私はソファーから立ち上がる。


「この度はご足労おかけして申し訳ありません。どうぞお掛けください」

「失礼します」


 センター長に促されて私は腰を下ろした。


「サクラ先生は専門外かと思ったのですが、ご経歴を拝見したら解剖医の資格も持っているということでしたので、ご遺族の強い希望もあってお願いすることになりました」

「はい、院長から大体のことは聞いています。それで、ご遺体の発見状況について教えていただけますか?」

「承知しました」


 ハイゼンセンター長は机の上に資料を並べて行く。


「自宅のリビングで練炭を炊いて死亡しているのが発見されました。肌がサーモンピンクに変化していることから、一酸化炭素中毒かと推察されます」

「部屋の一酸化炭素濃度は?」

「発見された時は206でした」

「なるほど……後で計算してみます」

「分かりました。まあ、おそらく自殺でしょうけどね。遺書もありますし」


 センター長の口ぶりからして自殺として片付けたいのが伝わってくる。

他殺となると色々面倒なのだろう。


「でも、ご遺族の希望なんですよね?」

「まあ、自殺に納得できないご遺族は多いですからね。何かに縋りたいんでしょう」


 自分の子供が自殺したと言われたらそりゃ信じたくはないだろう。

私にその経験はないが、気持ちはなんとなく分かる気がする。


「ご遺体は今どこに?」

「霊安室ですが」

「解剖室へ運んでください。今から解剖を始めます」

「分かりました。すぐに手配します」


 ご遺体は23歳女性。

命を絶つにはあまりにも若すぎる。


 着替えを済ませると、私は解剖室へと入る。

そこで、初めてご遺体と対面する。


 助手にセンターの人間が二人。

センター長もその様子を見ている。


「では、始めます。黙祷」


 数秒間の黙祷の後に解剖が開始される。


「あなたの最後の声、聞かせてくださいね」


 そう言って彼女の肩にそっと手を置いた。


「口内に傷はありませんね。でも、虫歯が放置されています」


 私の言葉に助手が記録を取って行く。

かなり虫歯が放置されていることから何となく家庭環境が伺える。


「では、開いてみましょうね」


 メスを握る手に力は入る。


「心臓開けます。鉗子お願いします」


 鉗子を受け取り、心臓を開く。

その時、私は目を見開いた。


「これは……」


 左心室が赤いのに比べて右心室が暗い。

左右の色調差が明瞭にわかる。


「センター長さん、死因が分かりました」


 私は声に緩急つけずに口にした。


「一酸化炭素中毒ですか?」


 センター長の中で、死因は一酸化炭素中毒で決まりなのだろう。


「いえ、“凍死“です」

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