本能寺、なし
白蔵 盈太(Nirone)
第1話 中納言さん
その「中納言さん」の事が気になり始めたのは、二か月ほど前のことだ。
気になり始めたきっかけは、彼がアップした安土城天主の写真だった。携帯で漫然とSNSのタイムラインを眺めていた僕は、スワイプして流れていく画面の中にあった彼の投稿写真に思わず目を奪われ、思わずスクロールを止めてその写真まで後戻りをした。
スマホで撮られたその天主の写真は、濃すぎて黒っぽく見えるほど深い青空をバックに、安土城の天主最上階の金箔瓦と黄金の柱が信じられないほどキラキラと輝いているというものだった。そのあまりの美しさに、僕は目を丸くした。
こんな人フォローしてたっけ? と自分の記憶をたどったが、全然覚えていない。
一体どんな人なのかちょっとだけ気になって、その「中納言」さんのアカウントを見に行ったら、どうやらこの人は毎日必ず一枚ずつ、自分で撮った安土城の写真をSNSにアップする事を日課にしているらしく、過去の発言を遡ると何枚もの安土城写真が続いていた。
写真は、時間帯は朝もあり夕暮れもあり、青空の日もあり雨の日もある。そのバリエーションの豊富さに、彼がとにかく足繁く安土城に通っていることはすぐに分かった。
五層六階の丹塗りの美しい天主であったり、豪壮な本丸御殿であったり。安土城が見せる複雑な美しさを様々な角度から上手にフレームで切り取った「中納言」さんの写真は、スマホで撮影された手軽なスナップ写真ではあるけれど、彼の苦心の跡が容易に見て取れた。
その面白い構図からは、今まで誰も気づかなかった安土城の新しい美しさを何とかして見つけ出してあげようという、中納言さんの安土城に対する深い愛情が伝わってくる。
そもそも、どの城でもそうなのだが、城郭というのはだいたいどこも定番の撮影ポイントというのが決まっている。そしてどの本を見ても、抜けるような青空をバックにした、ほぼ同じ角度からのどれも似たような構図の写真ばかり載っているのがほとんどだ。
しかし彼の写真には、そんなどこかで見たことがある写真は一枚も無かった。
「へー。こんな人いたんだ……。フォローしたの完全に忘れてた……」
僕が中納言さんをいつ頃なぜフォローしはじめたのかは、正直全く覚えていない。ただ、フォローしている人の一覧表を開くと、比較的最初の方に彼の名前があるので、僕がSNSを始めた初期の頃であるのは確かだ。
その頃の僕はまだ、SNSに必要以上の幻想を抱いていた。ここだったら普段の生活ではまず出会える事のない、自分と同じように日本史が好きでお城を巡るのが趣味だという仲間が見つかるのではないかという過度の期待があった。
そして、数撃ちゃ当たるだろうという安易な発想で、プロフィール欄を見ては「歴史」とか「日本史」などの単語が入っていればろくに何も考えずに片っ端からフォローするといった、非常に雑な使い方をしていた。
だからフォローするにあたって、僕は実は中納言さんのプロフィールをチラッと見ただけで、普段の発言内容などは全く見ていない。彼はその日僕が機械的にフォローした何十人かのうちの一人に過ぎなかった。
僕がフォローすると、中納言さんはすぐにフォローを返してきてくれたので、僕たちは形式上、「友達」という事にはなった。
とはいえ、こんなのはあくまでSNS上の社交辞令に過ぎない。ろくに相手を見もせず、当時の僕は300人近い人をフォローしていたから、中納言さんがSNS上で何かを発言しても、それは300人が垂れ流す情報の濁流の中に埋没して、ほとんど僕の目に入る事もなかった。
彼もおそらく僕と同じようなSNSの使い方をしていて、フォローしている人数は僕よりもずっと多くて800人近くに達していたから、きっと僕の発言が彼の目に触れる可能性はさらに低かったことだろう。
せっかく今年から近江大に入学して、安土城とは琵琶湖をはさんだ対岸にある今津に下宿を始めたというのに、実は僕はまだ安土城に行ったことがない。
日本史オタクとして、貴重な現存天主がある国宝の安土城は当然ぜひ訪問したい場所なのだが、始まったばかりの新生活でバタバタしているうちに、なんとなく漫然と先送りにしてしまっていたのだ。
でも、中納言さんがSNSにアップするその写真を見ているうちに、僕は無性に、安土城に行ってみたくなった。それぐらい彼の安土城の写真は、なんだか楽しそうだった。
それからというもの、僕は中納言さんのSNSをじっくりと全て読むようになった。
彼はどうやら安土城周辺を生活圏にしているらしい。自転車で安土城に行って、そこから徒歩で途中まで城に登って帰ったといったような記述が彼のSNSにはよく出てくる。
週末だけでなく平日であっても、散歩がてらに早朝に麓の武家屋敷群を巡ったり、夕方に山麓からライトアップされた天主だけを見上げて帰ったりといった事をよくやっているので、本当に安土城の事が好きで好きでたまらないようだ。
会話の中で自らはっきりと明言しているので、中納言さんは僕より1つ学年が上の大学2年生である事は間違いない。通っているのはおそらく文学部だと思われるのだが、一体どこの大学なのだろうか。
僕は次第にそれが気になってきて、いつしか自然と、彼の文章に出てくる地名や写真の背景などを注意深くチェックするようになっていた。
安土城の周辺にある大学といえば、何といっても日本の最高学府と呼ばれる安土大学が一番有名だ。
でも、安土という町はとにかく大学がやたらと多い。それは光格維新の際に、維新新政府が国家計画で安土を政治と教育の中心都市と位置付けたことが発端なのだが、そのため文学部も数え切れないほどあるので、中納言さんが安土のどの大学の学生であるかまでは分からない。
「もうね、ホント京は楽しいことばかり。私、東国出身の田舎者ですから」
「せっかく上洛したからには、大学四年間で日本史の聖地を巡礼しまくってやる」
「東国の史跡なんて、有名なのはせいぜい鎌倉くらいしかないから、歴史好きにとってはカラッカラの砂漠のようなところなんだよ。京は天国!」
中納言さんは事あるごとに、自分が東国出身である事をSNS上で自虐的に語っている。東国のどこ出身なのかはよく分からないのだが、大雪が降ると言っていた事があったので、少なくとも坂東よりは北か、北陸あたりだろうか。
そうやってSNSの発言から他人の個人情報を探り出そうとするのって、とても趣味の悪いことだよなとは自分でも思うのだが、SNSというのはどうしても、その人の日常がふとした行間や写真からにじみ出てしまうものだ。
世阿弥の「秘すれば花」ではないけど、普段は見えないものがふとしたはずみでチラッと見えると、どうしてもそこに注意がいってしまう。
彼がSNSで語る日常のちょっとした出来事、読んだ歴史の本の話、同じ歴史好きの人達との会話で飛ばすジョークやネタ。それらが面白いほど僕のツボにことごとくヒットするので、いつしか僕は、中納言さんのSNSでの発言を心待ちにするようになっていった。
どうやら多くの人が同じように感じているらしく、中納言さんのSNSはじわじわとフォロワー数が増えていて、彼の安土城の写真に付けられる「いいね」の数も少しずつ増えてきている。それは全く大きなお世話だが、彼の発言を丹念に追っている僕にとっても何となくうれしい事だった。
時々、中納言さんの日課である安土城の写真アップがなく、一日全く発言が無かったりすると、その日の僕は何となく物足りなく寂しい気がした。たった一日の事なのに、病気にでもなったのだろうか、事故とかに遭ってなければいいが、なんて事を勝手に心配したりしていた。
そんなものは、もちろん彼にしてみたら知ったこっちゃないのだけど、その翌日に「今日は友達と映画見て、その後ずっと飲んでた。楽しかった!でもちょっと疲れた……」などという彼の発言が出ると、僕は「そうだったのか……」となんとなく安堵していたりする。
一度も会った事もなければ会話もしたことがなく、顔も本名も知らないというのに、僕はいつの間にか中納言さんの事を、毎日の学生生活で一緒に過ごしている友人の誰よりも、気心の知れた親友のように勝手に思うようになっていった。
確かに、今までにも学校の授業の中では歴史が一番好き、という同級生はいた。ゲームやアニメを通じて、三国志の英雄や戦国武将や光格維新の志士たちにどハマリして、多分に虚構も交えつつ脚色されたドラマチックな英雄譚にだけは極端に詳しい友達もいた。
でも、史跡や博物館を巡って当時の情景に静かに思いを馳せるような、そういう自分と同じタイプの歴史好きの友人は僕の周りには一人もいなかった。
本屋や図書館に行くと、そういう類の歴史好きの人を相手にした本はたくさん出ている。それなのに、なんで僕の周りには自分と一緒に史跡巡りをして、歴史談議に花を咲かせられるような人が一人も居ないのだろうと、僕は自分の置かれた環境を恨んだりした。
中納言さんは、僕がずっと探していた、まさにそういうタイプの歴史好きなのだ。
僕がSNSを始めた理由は、自分と似たタイプの歴史好きな人を探して友達になりたいというものなので、つまり僕は、中納言さんと巡り会うためにSNSを始めたのだと言っても過言ではない。
でも、僕は中納言さんの事をこんなにも一方的によく知っているのに、彼と一度も会った事もなければ会話もしたことがなく、顔も本名も知らない。
確かにSNS上の位置付けとしては、僕と中納言さんは「友達」だ。
とはいえ、彼はSNSに毎日アップしている安土城の写真で注目されるようになり、歴史好きの人にフォローされる人数をじわじわと増やし、徐々に頭角を現わしつつある。
一方で僕はといえば、彼が機械的にフォローしていると思われる約800人のうちの一人に過ぎない。僕は彼の姿をその人混みの中からそっと眺めているだけの存在であって、たぶん中納言さんは、僕と「友達」であることもきっと忘れていることだろう。
せめて、会話がしたいな。
そう思ってたまらなくなった僕はある日、意を決すると、彼がいつものようにアップした安土城の写真にこんなコメントを付けたのだった。
「いつも楽しく拝見しています。この写真の安土城の高欄、こんなに鮮やかな赤色なんですね!中納言さんの安土城の写真はどれも素敵で、私も実際に見に行ってみたいという気持ちになります。これからも楽しみにしています!」
この百字足らずのコメントを書くために、僕は何度も何度も文章を読み返しては、あれこれと細かい言葉遣いの修正を重ねた。
それでも、本当にこの文章で大丈夫かな……失礼じゃないかな……痛い奴だと思われないかな……中納言さんに嫌われてブロックされたりしないだろうか……、という不安に駆られ、何度もやっぱり送信をやめようと弱気になっては、でも勇気を出せ自分! と思い返すのを一人で繰り返していた。
最後は、布団に寝転がりながら真夜中にずっと文章を練っているうちにだんだん変なテンションになってきて、その勢いで「もういいや!」とスマホの送信ボタンをタップしたのだが、タップした瞬間に後悔がこみ上げてきて、僕は布団の上をゴロゴロと身悶えして転げまわった。
そして、「やっぱやめた! 今のなし!」と、僕は今さっき送信したばかりのメッセージを削除しようと思った。でも、すでに中納言さんの元には私がメッセージを送ったという通知が行ってしまっているはずで、そこでメッセージを消したらもっと不審人物になってしまう。泣く泣くあきらめるしかなかった。
自分でも笑ってしまうが、手がかすかに震えていた。
僕がメッセージを送ったのは深夜1時頃だった。こんな深夜に送信するなんて失礼な奴だと思われるんじゃないか、と僕は自分自身の深夜の謎テンションを後悔した。そして祈るような気持ちで、返信来ていないかな…と三十秒おきくらいにスマホをスワイプしては、何も反応の無いスマホ画面を恨みがましく眺め続けたのだった。
結局、深夜の三時まで布団の中で何をするでもなくスマホをいじり続けた末に寝落ちした僕は、翌朝目覚まし時計に強制的に叩き起こされると、眠い目をこすりながらノロノロと学校に行く準備を始めた。
まぶしい朝日が、あれほどまでに思い詰めて深刻になっていた昨夜の自分の思考を、嘘のようにあっさりと溶かしていく。「返事、こないかな…」という軽い落胆も、朝のこざっぱりとした空気の下では憑き物が落ちたかのようにどうでもよくなっていた。
「まあ、返事、来ないよな」と気持ちを切り替えた僕は、パンを食べ、顔を洗い歯を磨き服を着替えると、学校に行くためにカバンに手を伸ばした。
と、そこで机の上に置いてあったスマホがブブブと震えた。
ん? と思ってスマホを取った僕は、SNSアプリのアイコンの右肩についた「1」の文字に息を呑んだ。タップするとそこには、あの中納言さんからの返信が届いていた。
「んああああぁあ!」
僕は声にならない声を上げると、誰もいないアパートの部屋で一人ガッツポーズをした。
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