きっとそれは恋だった、だけど愛にはならなかった。

総督琉

はつこい

 それは春のある日、その季節に、俺は君と出会った。

 昼食後、俺はいつも通りの決まった時間に猫の散歩をしていた。病院の横を通った時、とある少女が俺の方へ叫びながら車椅子をこいで向かってきていた。


「そこの君、止めてぇえぇぇええ」


「え!?俺!?」


 車椅子は止まることなく、俺にぶつかった。幸い怪我もなく済んだ。少女も怪我はないようだ。だが一緒に歩いていた猫はいなくなっている。

 とにかく弁明を求めようと少女を見れば目線が合った。すると少女が僕を見てにこっと微笑んだ。


「えっと……大丈夫ですか?」


「ありがとね、君」


 彼女の笑顔を見て、悪い気はしなかった。


あかりさん、また病院を抜けだすつもりですか」


 車椅子の少女を追うように、ナース服を着た女性がこちらへ向かってきている。


「ねえ君、もうひとつだけお願いしても良いかな」


「何だ?言ってみろ」


「私を遠くに連れてって」


「は!?」


 既に看護士がこっちに向かってきている。それを見て少女は慌てている様子だ。

 大体予想はつく。きっとこの少女は病院から抜け出したのだろう。それを看護士が追っている。


「君、お願い」


「嫌だ。これから俺は猫を探さなくてはいけない。わざわざ病院を抜け出すことに付き合ってやる時間もない」


「もう、君って良い奴だと思ったのに」


「どうせ病院から抜け出したんだろ。だったらわがまま言わず、病院に戻れ。その方がお前の体も安全だ」


 俺は彼女の前から去り、猫探しに……


「って、何でついてきてんだよ」


「良いじゃん。だって君は私の誘拐犯にはなってくれないんでしょ」


「さっき追いかけてきた看護士が困るぞ」


「良いんだよ。私はそれほど重病じゃないし。すぐに死ぬってわけでもないしね」


 そう言って、彼女は車椅子をこいで俺の横にいる。


「私は来崎らいさきあかり。君は?」


「なぜ見ず知らずの人に名乗らないといけないんだ。もし俺が本物の誘拐犯だったら、お前、とっくに捕まっているぞ」


「それでも良いよ。だって私には、生きる意味なんてないからさ」


 こんなにも陽気に振る舞っているのに、意外と苦労をしている。だから彼女は少し顔は笑っていても、目は笑えていない。

 別に、同情を抱いたわけではない。だからこれからすることはそういいわけじゃない。


「あれ?いきなりどうしたの?」


 俺は少女の乗る車椅子を押していた。

 自分でもこんなことをするなんて驚いている。あれほど人に心を許したことのない俺がだ。

 まあだが、やっぱり、悪い気はしない。彼女の笑顔を見ていると。


「君ってやっぱり良い奴じゃん」


「俺は雪月神ゆきがみ冬樹ふゆき


「君、急に優しくなるなんて可愛いところあるじゃん」


「別に優しくしているわけじゃ」


 この女、普通に苦手だ。


「君、ここまでで良いよ」


「良いのか?せっかく病院を抜け出したのに」


「うん。今日は楽しかったよ。ありがとね」


 気さくな笑顔を浮かべる彼女は、車椅子を百八十度回転させ、俺に背を向けた。


「じゃあね。冬樹くん」


 彼女は笑みを浮かべ、病院へ戻っていく。

 確証もない、未来が見えるわけでもない。それでもなぜかまた会えると、そう思っていた。


 俺は背を向ける彼女に背を向け、猫を探しに行く。


「来崎灯……か」

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