76.『鍛冶師モルダ』


「ヒスイ、その剣って……」


 温泉から帰還し、いつもの日常に戻ってきた俺たち。

 それはもうなんのことない平和な毎日を送っていたある朝、タマユラが俺の剣を見つめて言った。


 いや、俺の剣というのは間違いなのだ、実は。


 遡ること、タマユラと出会ったあの夜。

 俺が愛用していた剣は、バーミリオン・ベビーの肉体を前にポッキリと逝ってしまった。


 その後、タマユラと共にトライデントスネーク討伐の依頼を受けたはいいが得物がなかった俺に、タマユラが貸してくれた剣――それが、今まさに使っているこの剣なのだ。


「気付きませんでした。ずっとこれを使っていたんですね」


「あ、うん。いやその、返さなくちゃなーとは思ってたんだけど、なんというかこう……」


「今さら返せなんて言いませんよ。ですが……その剣も刃こぼれが酷いですね。ヒスイの剣速によく耐えたものです」


 タマユラはその剣をひょいと持ち上げながら、しみじみと言った。

 

 いつか返そうと思っていた剣。手入れを怠ったつもりもないのに、やはり刃はボロボロになっていた。


 さすがにこれをそのまま返すのはちょっとアレだろう。


「魔王との戦いもありますし……ヒスイの剣を新調しましょうか」


「え? まぁ、そっか。それも必要なことだよね」


「なんか煮え切らないですね。ははん、さては私から渡されたこの剣に未練が……なんちゃって」


「――――」


「――え? あ、本当にそうなのですか?」


 ぐう。

 実はそうなのだ。


 いきなり姿を消したタマユラを感じることの出来るものは、この剣だけだった。

 人のものでありながら、それなりの愛着を持って使ってきたわけで。


 いや、もはやタマユラは俺の手の届くところにいるわけだし、この剣に固執する理由もないといえばない。

 結局のところ剣なんてものは消耗品だし、いつかお別れの日は来るのが当たり前。


 それが今日だというだけ。

 なのに――、


「なんか、寂しいんだよね。思い出がひとつ消えちゃう気がして」


「なんで無駄に乙女ちっくなんですか。思い出なんてのはヒスイの胸の中にあるので大丈夫ですよ。それに、気になるなら捨てずに飾っておけばいいではないですか」


「それもそうなんだけど」


「まぁ、そう思っていただけるのは私も嬉しいですが」


 やたら女々しい俺の抵抗は、やたら男らしいタマユラに切って捨てられた。

 そうだ、別に捨てるわけでもないし。

 必要なことなんだ、これは。


「じゃあ、武具店にいこうか。ここからだとちょっと遠いけど、まぁデートがてらってことで」


「武具店なんて行きませんよ」


「え……? いや、だって――も、もしかして一人で行ってこいってこと!? 倦怠期ですか!?」


「あ、いやいやいや。市販の量産品ではどうせすぐ同じように刃こぼれしてしまうのは目に見えてます。腕利きの鍛冶職人を知っているので、打ってもらいましょう」



 暑い。というかもう、熱い。

 鍛冶場というのは、生半可な奴が入ると一瞬で頭が蒸発してしまう。


 ちなみに俺はギリギリ蒸発していない。

 生半可な奴ではない証明と言ってもいいだろう。


「お久しぶりです、モルダさん」


「『剣聖』……久しいな」


 俺たちを出迎えたのは、俺よりも一回りほどデカい体躯の筋肉質な男性。

 目は鋭く、寡黙で男らしい。

 いかにも職人って感じのカッコいい人だ。


「こちらの方――ヒスイの剣を打って頂きたいのです。市販品ではすぐにダメにしてしまう剣力なもので、モルダさんにと」


「……ほう。あんたと……同じか」


「私よりも数段は凄いですよ」


 それを聞いた職人――モルダは、その鋭い眼光で俺を射抜いた。正直ちょっとブルった。


 剣の重さというか、単純な破壊力では確かに俺の方が上なのだろうが……剣才ではタマユラに劣っているわけだし、その評価は嬉しくもあり恐ろしくもある。


 だってほら、怖い職人に絡まれそうだし。


「……ふん。確かに、並じゃねぇ」


「まぁ、一応俺もS級冒険者なので……」


「……そんな、ギルド連中の尺度に興味はねぇ。だが……あんたは確かだ。俺の目が……保証する」


「はぁ……」


 なんだ、この取っ付きづらさは。

 ただ褒められてるみたいだし、気難しい感じでもない。

 やっぱり職人ってのは、口下手なだけで情が深いのだろうか。少しだけ安心した。


「よかったですね、ヒスイ。モルダさんは気難しいお方で、気に入らない方には斬りかかったりするのですよ」


「超危険人物じゃん!」


 小声でヤバい情報を伝えてくるタマユラに、つい大きな声が出てしまう。

 しくじった、殺される――。


「……ふん。丁度……よかった。上質の金剛石が……入った」


 殺されなかった。

 訂正もしないということは、事実なのだろうが。

 

 ともかく、俺に剣を打ってくれるようだ。


 そして、金剛石というのは聞いた事がある。

 たしか、世界で最も固いとされる鉱石のひとつで、あの聖剣にも使われた素材だとか――ん? 聖剣?


「タマユラとおそろ?」


「そうですね。まさか金剛石が入ってるなんて……凄いですよ、こんなこと滅多にありません」


 タマユラは冷静を繕っているようだが、俺にはわかる。

 この子、結構興奮している。


 口元のニヤニヤを頑張って抑えようとしているのが丸わかりなのだ。

 やっぱり最強の剣士とあろう者は、剣マニア的な側面も併せ持っているものなのだろう。


 そんなタマユラのテンションを密かに爆上げさせている金剛石、素晴らしいものに違いない。


「それにモルダさんは、この聖剣を打った――伝説の鍛冶師ディアンの一番弟子なんです」


「え、聖剣っていつからあるの?」


「記録では、300年ほど前の『剣聖』が打たせた物だと」


「300年!? この人何歳なの!?」


 世界は広いもんで、中には長寿の種もいるが……人族に見えるこの職人は一体何歳なのだろう。

 まぁ、そんなことは些細な話だ。なにより、そんなに長いこと剣を打っている職人。これはもう、相当な仕上がりが期待できる。


「……待ってろ。3日はかかる」


「わかりました。3日後の同じ時間にまた来ます」


 というわけで、俺の新しい剣は素晴らしいものになりそうだ。

 タマユラの聖剣エクスカリバーと同じ素材で、王国でも指折りの鍛冶師に打ってもらう。


 ただレベルの暴力で威力特化の俺だ。

 名の知れた剣士というわけでもないのに、そんな剣士冥利に尽きるような高待遇、本当にいいんだろうかなんて思わなくもないが……とにかく3日後を楽しみに待つとしよう。


「ヒスイは、剣士として扱われることをどう思うのでしょうか」


 帰り道、タマユラがそんなことを呟いた。


「え?」


「いえ、私にとって剣は人生でしたので、ああいった鍛冶場や剣の素材、逸話なんかには心惹かれるのですが……少しばかり、押し付けがましかったかもしれません。舞い上がっていたようです。すみませんでした」


 俺がつい聞き返すと、神妙にそう続けた。

 どうやら、タマユラは俺が剣にそんなに興味が無いと思っているらしい。


 タマユラにとって剣とは生きる道だったが、俺にとってはそうでは無いのだろうと。

 なのにあんなマニアックで尖った鍛冶場に連れていかれたのは迷惑だったのではないかと。

 自分が無理矢理その道に引きずり込もうとしてる、そう捉えられかねない行いだったと。


 そんな、いらない心配をしているようだった。


「確かに俺はタマユラみたいに誇り高い剣士じゃないし、剣マニアってわけでもないけど……連れてきてくれたこと、本当にありがたかったよ」


 たしかに、俺は生きるために剣を握ったにすぎない。

 俺に魔法の才能があれば杖を握っただろうし、商売の才能があれば冒険者にすらなっていなかったかもしれない。


 事実、魔法を使えるようになった今、俺は剣と魔法の両方を用いて戦闘を行っている。

 まぁそれは一定以上の強さを持つ冒険者の中では珍しいことではないが、純粋な剣士というわけではないことも確か。


 だからって、珍しい鉱石でめちゃくちゃ凄い鍛冶師に剣を打ってもらえることが嬉しくないはずがない。

 というか、あれを迷惑だと思う人間なんて存在しないだろう。鍛冶師の人がちょっと怖かったのはあるが。


 それに――、


「それに、タマユラとお揃いみたいな剣を持てることは嬉しいし」


「――そう、ですか。それならよかったです」


 いわば、聖剣エクスカリバーの親戚みたいな剣になる。

 同じ素材で、聖剣を打った職人の技術を継いだ鍛冶師が打つ剣。


 もちろん、あのモルダという職人が同じ素材を扱って剣を打つのは初めてではないだろう。

 きっと、世界に何本かは親戚みたいな剣が存在するのだ。


 それにしたって貴重な剣であることは間違いないし、さぞ上質なものが出来上がるはずだ。

 しかし、それを抜きにしても――俺は、タマユラとお揃いのような剣を持てることが何よりも嬉しい。


「タマユラの聖剣は黄金色だから、俺の剣は銀色がいいな」


「――――」


「どうかした?」


「――いえ。モルダさんの打つ剣は綺麗な白銀色で有名ですから、ヒスイのお望み通りになると思いますよ」


「うお、マジか。それは楽しみだ」


 思わぬところで職人とセンスが一致した。

 これはもう、かなり期待していいのではないか。


 いや、最初からすごい剣になることは確定していたのだが、まさか見た目まで俺の好みと合致しているとは思わなかったからな。


「さ、ルリにお土産でも買って帰りましょうか」


「うん、そうしよう」


 ますます、3日後が楽しみになった俺だった。

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