75.『即断即殺』
「……どこのアホが宿の近くで爆発魔法なんて使ってるの? 絶対に許さない」
おかげで、踊り食いとかいう狂気を飲み込んでしまった。
口の中にあるだけでおぞましいが、胃の中にそのまま入るのも不快だ。
原因となったどこかのアホを、しばいてやる必要があるだろう。
私は杖を手に取り、部屋を飛び出した。
廊下を数歩、歩いた頃だろうか。
視界が突然ぐにゃりと歪み、気付けば闇に包まれていた。
最初は立ちくらみでも起こしたのかと思った。
あるいは、咄嗟に目を閉じてしまったのかと。
でも、いくら待っても視界は晴れない。
この闇の原因が、純粋に光を通さない場所にいるからだと気付いたのは数秒経ってからだった。
「――【陽光】」
私が魔法を使うと、昼と見紛うほどの強烈な光が辺りを照らした。
あまりの眩しさに、今度は視界が白く滲んだ。
やがて眩しさに慣れた頃、目の前にいたのは背中から羽を生やした巨大な犬だった。
「……羽、犬? 不思議なペット」
「……ワレヲぺっとヨバワリ、無礼ノ極ミ」
「喋った……」
よくよく見渡せば、自分が広い円状の部屋にいることがわかった。
私はここによく似た部屋を知っている。
そう、あれは忘れるわけもない、魔王軍――
「ワレハ"魔王軍七星ラボラス"――」
「玉塵に穿て――【垂氷刃】」
「グギャァァアアア!」
――――――
――――
――
■
「いや、即断即殺すぎるだろ!」
いい加減ルリのことはよく理解したつもりでいたが、案外そうでもなかったらしい。
少なくとも、こんなバイオレンスな子だとは――いや、ちょっと危ない一面があるのは知っていたが、こうも無慈悲だとは思わなかった。
「そのラボラスもまさか名乗り上げた瞬間に命の終わりがやってくるとは想像もしてなかっただろうに……」
「……だって、魔王軍七星って言うから。もうバエルの時みたいになるのは嫌」
「そりゃそうか……」
「でも、お手柄ですね。さすがルリ、たったひとりで魔王軍七星を撃破してしまうとは!」
たしかにお手柄だ。
お手柄なのだが、欲を言ってしまえばもう少し情報を引き出して欲しかったというわがままもある。
結局森で消えた冒険者やゴブリンはその魔王軍七星ラボラスと関係があったのか、とか。
なんでルリは突然そんなところに迷い込んだのか、とか。
魔王への至り方を聞き出せたり、とか。
ただまぁ、ルリが無事に帰ってきてくれることが何よりも大事だ。
そればかりか、よもやたったひとりで魔王軍七星を倒してきてくれたわけだし、文句を言うのはお門違い甚だしいってもの。
よし、今日はルリを褒めて甘やかして持ち上げよう。
「でも、森のゴブリンはなんだったんでしょうか。消えた冒険者の謎もありますし……ルリ、何か情報は掴めていませんか?」
タマユラは案外空気が読めない子だった。
いや、でもナイスだ。気になること聞いてくれた。
むしろ、俺が聞きづらいことを察して代わりに聞いてくれたのかもしれない。さすがタマユラだ。
「ん、これには続きがあって――」
■
「――ぁぁああ、あ?」
「……誰」
魔王軍七星を倒したと思ったら、突然知らない人が大量に現れた。
どこからともなく、いきなり。
「あれ? ここ、どこだ?」
「さっきまで俺ら、森で見えないモンスターと……」
「た、助かったの?」
「……誰」
ざっと、15人はいるだろうか。
その全員に見覚えがなく、敵にも見えない。
完全に謎だ。
身なりを見るに、どうやら冒険者っぽいことは察せたが、やっぱり意味がわからない。
どうして突然現れたのだろう。
いや、私がなんの脈絡もなく迷い込んだことを考えると、この人たちが突然ここに現れるのも不思議なことではないのか。
「……多分、あのドアから帰れる」
「うわっ! こんなちっちゃい子まで……」
「かわいそうに……冒険者をしないと生きていけない事情が……」
「わかるわ、私も小さい頃……」
私が部屋の奥を指差すと、それに気付いた冒険者たちが変な同情心を向けてくる。
いや、冒険者をやらざるを得ない理由があったのは確かだが、少し誤解されている気がする。
そもそもちっちゃい子じゃない。もう17歳だ。
そんなことより、早く帰りた――
「もしかして、俺の爆発魔法が原因か……?」
「そんなことあるのか?」
「いやでも、強力な爆発魔法は時空すら歪めることが……」
「言うほど強力じゃ……」
――聞き逃せないことを言ってる冒険者がいる。
私の聞き違いか思い違いならいいのだけど、念の為聞き返さざるを得ない。
「……爆発、魔法?」
「あ、ああ。俺の爆発魔法は格別でな。さっきだって、見えないモンスターを吹き飛ばすために――」
「――ふん!」
「ぐぼっ、えぇ!?」
あぁ、スッキリした。
胸のつかえがとれたみたいだ。
私の杖は見た目より重いから、メイスで殴られるよりも重い一撃だっただろうけど、私の負った精神的ダメージと比べればかわいいものだ。
それにほら、乙女の腕力だから、言うほどダメージは入ってないと思う。
心が澄み渡った私は、晴れやかな気持ちで歩き始めた――。
――――――
――――
――
■
「俺が聞きたかったのはさぁ! 魔王軍七星とゴブリンの因果関係とか! 大量の冒険者が転移した原因とか! 『鏡の世界』への行き方とか! そういうやつなんだよ!」
「ヒスイ……」
「ルリの復讐劇が聞きたかったわけじゃないの! あとあの杖で殴られたら普通に意識飛びかけると思うわ!」
「……ヒスイ。それはわからないけど、これだけは言える」
「――――」
「……殴りたかった相手を殴れると、すごくスッキリする」
ルリのバイオレンス化が止まらねぇ。
こんないい顔で暴力的なことを言う子ではなかった気がする。
ルリがこうなったのはいつからだろうか。お互いの気持ちを確かめ合った時からな気がするな。俺が悪いのかな。
いや、良くも悪くも自由で素直になったということだし、必ずしもマイナスではないのか。
ともかく、欲しい情報は手に入らなかったが。
結局のところ、魔王軍七星を倒してきてくれたことが何よりのお手柄。それだけでも十分お釣りがくるほどに素晴らしい功績だ。
それにしても……既に俺たちは、魔王軍七星を瞬殺できる強さになっていたのか。
レベルが規格外の領域にタッチしていることは今更だが、やはり強さはかなりのものらしい。
魔王も、近い。
■
「……やだ」
「ルリ。わがままを言いなさんな」
「……やだ」
「ルリ。また皆で来ましょう」
翌日。
セドニーシティに帰る日が来てしまったわけだが、ルリが陥落した。
数多の冒険者を落としてきた温泉の魅力に、ルリも取り憑かれてしまったのだ。
ゴブリンの謎も溶けていないし――いや、経験談からして十中八九魔王軍七星の仕業なのだが、やり残したことがないといえば嘘になる。
だけど、やはり長いことセドニーを留守にするわけにもいかない。
俺たちの帰る家はあの街にあるし、守らなければいけない人だって多い。
またくればいいのだ。旅なんてのは、後ろ髪を引かれるくらいが丁度いい。
「さ、帰ろう。我が家が待ってる」
「…………わかった」
ルリは悲しそうな顔をしていたが、長い沈黙の後に納得してくれた。
しかし、ルリですら虜にするとは、温泉恐るべし――。
「……さよなら、タタミ」
そっちか。
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