51.『性悪の悪神』
「なんて、冗談ですよ。まさか世界まるごとあなたの都合のいいように創られてるわけないじゃないですか」
「――っ、どっちなんだよ……!」
「もちろん嘘です。あ、何が嘘かはあなた自身で考えてみてください。答えが出るといいですね」
そんな無責任な話があるか。
結局、こいつは何がしたいのだ。
俺の奮起を促したいのか、俺を一生答えの出ない自問自答に叩き落としたいのか、どっちなんだ。
こいつにとって、俺たちは何なんだ。
本当はどう思っているんだ。
作り物の俺たちに真実を突きつけ、嘲笑いたくて仕方がないだけなのか。
「ですから、そんなのは大した問題じゃないんですってば。作り物ってのは言葉のあやです。あなたたちは自立した存在ですし、過去への感情も嘘じゃありません。あの世界も、これから長い長い歴史を紡いでいくはずですから。あ、これも嘘かもしれませんよ?」
「……つまり何が言いたいんだよ」
「魔王を倒してください、ということですよ。もちろん、あなたにとって倒さないという選択肢はないでしょう?」
「そんなことを言ったって、現実的に勝てるような相手じゃない」
「そうですね。あなたが怖気付いているからです」
またそうやって、キツい言葉を浴びせてくるのか。
お前からしたら体のいい暇つぶしのうちのひとつかもしれないが、俺の命はひとつしかない。
いくらなんでも、少しの勝ち目もないのにそれを投げ出すような使い方は出来そうもない。
「違いますよ。私は、あなたが人間であろうとしていることを言っているのです。無意識かそうではないかは分かりませんが……なんで、そんなに力を抑えるんですか?」
「……は? 抑えてなんかない。俺は常に全力で――」
「じゃあ、無意識の方ですか。困った方ですね……いいですか、レベルというのはあの世界の命の源ですよ。それを掌握するスキルを持っておいて、なぜまだ人間の範疇に収まっているのですか?」
「別に掌握するとか、そんなんじゃ――出来ることは、してきたはずだ」
「望めば新たなスキルが手に入るのにですか? 本当にそこが限界だと思いますか?」
正直、俺にも分からない部分ではあった。
というか、少しばかり恐怖を感じていた。
【幽玄獄舎】というスキルは、完全に人類の極みの境地だ。あれほどまでのスキルがないと倒せなかった化け物も大概だが、少なくともこれから普通に冒険者をやる上で必要となる場面は来ないだろう。
そんなスキルを全くリスクを負わずに手に入れ、おあつらえ向きにそれを行使するための魔力まで持っている。
あの場ではルリの助けを借りて使ったが、仮に俺が全快の状態であればひとりで問題なく発動することが出来るはずだ。
――だったらなぜ、最初からあのスキルを授からなかったのか。
アークデーモンだろうがアスモデウスだろうが、それこそ始まりのバーミリオン・ベビーだって、あのスキルひとつあれば何の苦戦も知らずに打ち破ることが出来た。
「あなたは、無意識のうちに人間であろうとした。ですが今回わかったはずです。それじゃ待ち受ける試練は乗り越えられません。ならば、どうしますか? 簡単です。――願えばいいのです」
そう告げて、神は目を閉じながらその両の手を組んだ。
まるで、こういう風にすればいいんですよ――と、手本を見せられているようだ。
そして、それしかないであろうことも理解している。
「というか、何故願う必要があるんだ? お前が神様なら、直接俺にスキルを渡せばいいだろ」
「ですから、あの世界は既に私の手を離れています。私から干渉することは出来ないんですよ。あなたは、あの世界のルールに則って生きるしかないんです。そして私は、それを眺めるだけ」
そういうものなのか。
結局のところ、俺の気持ちに劇的な変革が巻き起こったりすることはなかった。
誰がどう作った世界だろうが、俺は俺で、ルリはルリ。タマユラはタマユラだ。
彼女たちが他ならぬ自分の意思で動き、生きているのなら、その魂は彼女たちに宿っている。
ならば、もう考えたって仕方がない。そう、結論づけるしかない。
その上で、あとは俺がどうしたいか、ということか。
「何を悩んでいるんですか? あなたはあの世界で最も、神に近しい存在なんですよ。選択肢はひとつしかないように思いますが」
「……俺は、魔王を倒さなくてはいけない」
「そうです、そうでしょう。そのために必要なものが何か、あなた自身がよくわかっているでしょう?」
「力が、必要だ。あっという間に手に入って、それでいて世界の根幹を揺るがすような大きな力が。そのために、俺はスキルを最大減利用して誰よりも強くなる」
「ええ。とても素晴らしいことです。私としても、あなたは息子みたいなものですから。私のために、面白い世界を見せてください」
「――ただな」
ひとつだけ、勘違いしないで欲しいことがある。
この短いやり取りの中で、こいつが他人の気持ちがわからないクソだということは理解した。でも、それは諦めよう。
どうやら俺は――俺たちは、この性悪に生み出された存在らしいことも理解した。
だが、それはそれとして。
俺がされたことの意趣返しというわけではないが、ひとつだけこの脳ミソお花畑に突きつけてやることがある。
それは覆りようのない、事実だ。
「――俺は人間だ。神でも、それに近い存在でもない。ましてや、お前の暇つぶしの道具でもない。俺は俺のために力を使い、魔王を倒す」
「――――」
「俺を息子だと言ったな。丁度いいじゃないか。いつまでも息子にベッタリなダメな母親に教えてやる。――もう、子離れの時期だ。あとは遠くから黙って見てろ」
その言葉を聞いて、神はその気味の悪い薄ら笑いを崩した。
この表情は、人間と同じように感情が存在しないと出てこないものだ。
用意していたような怒りの言葉などではなく、心の内から湧き上がった顔だ。
そんな顔もできるのに、他人の気持ちはわからないのが、不思議でたまらない。
「――ふぅ。親不孝者は碌な死に方しませんよ。いいでしょう。どうせ、もう傍観するだけの立場です。大見得切ったあなたが、どんな無様を晒すのか見ててあげましょう」
「それも、息子に言うセリフじゃないけどな。お前、本心から何かを言ったことないだろ。覚えとけ、それがムカつくってことだよ」
「失礼ですね。人の心なんて、結局紛い物でしかないのに。私を人間と並べて考えるのがまず間違いなんですよ。――出口は、あちらです」
そう指さす方向に、先程まではなかった裂け目が出来ていた。
雪よりも白いこの場所には似つかわしくない、紫色の裂け目だ。
丁度、俺がここに飛ばされる原因となったそれによく似ていた。
俺はほんの僅かな不安感を目配せで伝えると、
「安心してください。ちゃんと帰れるようになってますから。あんなこと言われて、次元の狭間で行方不明になられても面白くないので」
そう、つまらなそうに告げられる。
確実に帰れるなら問題は無い。
だが、それとは全く別の懸念も同時に生まれることとなった。
「――干渉できてるんじゃないか、それ」
「これは特別ですよ――というより、あなたは神の世界に迷い込んだ異物ですから。この場所があなたを拒絶しているんです。つまり、私と会話しなくてもほっとけば勝手に帰れたということです」
「――は、訂正するよ。やっぱりお前は、心が無いわけじゃない。ドン引きするほど性格が悪い」
「褒め言葉として受け取っておきます――」
初めて見る心からの笑顔に、俺は不覚にもときめいた――わけがない。忌々しい、悪の権化に見えて仕方がない。
もしまたここに来ることがあれば、その時はルリたちも連れて一緒に一発ぶん殴ろう。
そんなバイオレンスな感情を最後に、俺の意識は再び闇に揺られて消えていった。
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