46.『S級の信念』


 意味がわからない。間違いなく倒したはずだ。


 そりゃ、中には不死っぽい特性を持つモンスターというのも存在する。




 例えば、アンデット系のモンスター。


 これは、死んだまま放置された人間の死体が、何らかのはずみで多量の魔力を取り込んだことで発生したりする。


 したりする、というのは、まだ完全には解明されていないメカニズムも存在するからだ。




 しかし、アンデット系モンスターは不死ではない。


 死体が動くというだけで、何度も蘇るものでは無いのだ。




 それから、再生能力を持つモンスター。


 上位種のスライムなんかがそうで、欠けた肉体を自身の魔力を使って再生させることができる。


 どちらかと言えばこちらのケースが近いように思うが、完全に生命活動を停止した肉体までもが再生するという話は聞いたことがない。




 さらに不可解な点はある。


 レベルが上がっていることだ。




 死んでも生き返る上にレベルが上がる。


 タチの悪い冗談にしか聞こえない。




 しかも、いかに目の前の不可思議に理屈をつけようとしても、俺たちがピンチなことに変わりはないし、何が正解なのかは分かるわけもない。




 とにかく、倒すしかない。


 俺のレベルはおよそ300。ルリのバフの効果を見積もっても、レベル402の化け物を倒せる可能性はトントンと言ったところだ。




 だけど、やるしかない。


 もし倒すことが出来ても、再び復活した上にレベルがさらに上がったら今度こそ勝ち目はなくなる――なんて無駄なことを考えるより、目の前の災害を封じ込める事だけを考えなくてはならない。




 そして、やることはたったひとつ。


 俺の渾身の一撃は、たったひとつの剣技しか存在しない。




「――【天籟一閃】!」




「さッきの痛ィやつかァ! 許サんぞォ!」




 無謀にもそれを素手で受け止めようとする化け物。


 いかにレベルが拮抗していようと、その一閃は簡単に受け止められるものではなかった。




 あっという間に化け物の両腕が破壊され、使い物にならなくなる。


 先程は一撃でその命を奪ったことを考えると、やはり強化されていることに疑いようはなかった。




 だが、いける。


 たとえ一撃で倒すことが出来なくても、優位はこちらにある。二撃目でも倒せればこちらの勝ちなのだ。




「――【天籟一閃】!」




「くソォおオ! フざケ――ァ」




「――【天籟一閃】!」




 2撃目でその命に終止符を打ったことに間違いはなかった。


 しかし俺は手を止めない。叫び続ける。




「――【天籟、一閃】!」




 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も剣を振り続ける。


 最後の一滴まで絞り尽くすように、繰り返す。




 消失したはずの肉体を再生させるような化け物だ。


 気休めにしか過ぎないかもしれないが、込められるだけの全霊を、今この時にかけるしかない。




 化け物の肉体が、止まない剣技によってぐちゃぐちゃになる――なんてこともない。


 3度目の奥義がその肉体を捉えた時には、すでにほぼ全てが蒸発していた。


 それでも俺は止まらない。何度目かの奥義を化け物があった場所に叩きつけた後、俺はついに息が切れていた。




「――はぁ、はぁ」




 剣技というのも、通常は魔力を消費して発動する。


 もちろん、俺の【天籟一閃】もその例外ではない。




 だけど、俺の魔力が多いのか、【天籟一閃】の燃費が優れているのか、剣技を使用することで体内から魔力がごそっと抜ける感覚を経験したことはない。




 今回ばかりは、俺は言い知れぬ倦怠感に苛まれていた。




「――これで、終わってくれたか……?」




 ルリは言葉を発さず、ただその場所を見つめている。


 俺も、瞬きひとつすることはなく、ただ訪れた静寂から意識を逸らさずにいた。




 これで、終わってくれたなら。


 そんな淡い期待は、当たり前のように破られるものである。




 澱んだ空気のうねりとともに、何も無い空間から小さな肉の破片が生まれる。


 脈打つように蠢くそれは、やがて生命を形作っていく。




 最初は小指の爪ほどだった肉片が、拳ほどの大きさに。


 拳ほどの大きさだった肉が、顔ほどの大きさに。


 顔ほどの大きさだった命が、人間の大きさを超え、あっという間に10メートルを超える化け物へと変貌していた。




「――もゥ、絶対ニ許さン。八十個ニ分解シてやル。悔いなガら、死ネ」




 そして俺の目に映ったのは、心の底から嫌悪感が湧いてくるほどに醜悪な姿と、『レベル653』という絶望的な数字だった。




 もう、無理だ。おしまいだ。


 こんなの、どうやったら勝てると言うんだ。




 魔法は効かない。俺の剣技でも、もう数回程度で倒すことは出来ないだろう。


 さらに、倒しても倒しても復活するのだ。


 しかも何故かレベルが馬鹿みたいに上がるおまけつきで。




 アスモデウスの時も理不尽を感じたが、今回はその比じゃない。


 こいつが魔王軍七星バエルだと言うのなら、同じ七星でここまでの差があることに驚きを隠せない。




 こいつが魔王だと言われてもしっくりきてしまうほどの存在だ、こいつは。


 改めて思う。こいつら『魔物』は、人類が太刀打ちできる存在ではない。別の次元の、支配者だ。




『――新たなスキルを獲得しました』




 ――だから、俺が倒さなくてはならない。


 俺が、俺たちが、人類最後の砦にならなくてはならない。




 ルリには怒られてしまうかもしれないけど、それが俺の信念であり、理想だから。


 やっぱり俺は――S級は、全てを受け止める希望でなくてはならない。S級が絶望することなど、あってはならない。




「――ルリ、力を貸してくれ。パーティ結成以来、一番の大仕事だ」




「――わかった」




 力強く頷くその目が、とても心強く思えた。


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