45.『理不尽な化け物』
7、8メートルはあるであろうかという体躯に、でっぷりとした図体。
さながら、巨大な蛙のような印象を受ける見た目。
そんな化け物が、バリボリと人間を貪っている。
どう見てもヤバい奴に違いない。こいつが、魔王軍七星バエルなのだろうか。
「――【氷晶六華】!」
俺が距離を詰める前に、ルリが動いた。
数え切れないほどの氷の刃が、瞬く間に化け物を包む。
勢いをつけた氷刃は、いとも容易く化け物を串刺しに――することなく、柔らかそうな肉に弾かれて落ちた。
「――なっ!?」
「カカ。そンなン痒クもねェゾォ」
「……ありえない。全力だった」
ルリの全力の魔法。
それを全くのノーダメージで弾くなんてありえない。
何かインチキをしているか、魔法に絶対耐性を持っているかの2択だ。
俺は相手の耐性を見ることは出来ないが、正確な戦力の差を測ることはできる。
久しぶりにパッシブスキル【レベル可視化】の出番だ。
「レベル358、か……」
俺のレベルは一番高い時で500程度あったが、ルリに分配してしまっているので現時点では300程度といったところだろう。
ルリの魔法が通じないとなると、これを1人で相手する必要がありそうだ。
その差は約50。
気合いで埋めるには少しばかり差が大きすぎる。
せめてルリをこの場から逃がしたいが、そのためには俺が囮になって――、
「……バカ言わないで。あと、あんまり私を舐めないで」
「そうは言っても魔法が通じないんじゃ――」
「魔法は攻撃するだけじゃない。――【身体鋼化】【神速付与】【攻撃力激化】」
派手な光とともに、体の底から力が湧き上がってくる。
おお、こんなことが出来るなんて。
体感だが、恐らくレベルが100程度上昇したのと同じくらいの強さが宿ったように感じる。
「S級って凄いんだな……」
「……今さらすぎ」
「でもルリさん、実は効果が1分しか持たないとか?」
「……2時間は持つ」
マジですげぇな、S級!
いや、S級というか、これに関してはルリが優秀すぎる。
もし、S級の中に他の魔法使いがいてもここまでは出来ないだろう。
なにより、自分の攻撃が通じないと分かったら俺に全部ぶん投げてくれるのが俺好みだ。
冷静で賢明な判断。俺が逆の立場だったなら出来ないかもしない。
「ナに、やッテンだァ? ナぁ!」
痺れを切らした化け物が、拳を正面に突き出す。
それは俺たちにはまるで届かないが、震えるほどの危険を察知した俺は咄嗟にルリを抱えて床を蹴った。
その瞬間、拳から強大な魔力の塊が、一瞬前まで俺たちがいた場所を襲った。
「この技は……」
バリアント=ヒューマンと同じだ。
魔力の塊を、何の工夫も味付けもなく押し出す。
その魔力自体が強大なため、それだけで容易く命を奪う一撃となり得るのだ。
バリアント=ヒューマンの使ったものは、俺にはダメージを与えられなかった。
だが、今の一撃は確実に俺にダメージを与える一撃であっただろう。
その証拠に、強い衝撃を受けた壁がボロボロと崩れて――、
「なんだ、あれは」
「……次元の、歪み?」
壁の向こう側は、見慣れた屋敷の一部屋ではなかった。
まるで世界そのものが破れたように、歪んだ紫色が渦巻いている。
もしこの壁の向こう側に踏み出してしまったら、この世界に帰ってくることは出来るのだろうか。
そもそも、一体ここはどこなのか。
そんな思案を許してくれるほど、化け物は律儀ではなかった。
「――肉ゥ! どコ見テンだァ!」
「――」
2つ目の魔力の塊が、ジメジメとした空気を切り裂くように飛んでくる。
どうなってるんだ、こいつの魔力は無尽蔵か?
連続でここまでの魔力を圧縮して、息のひとつも切らさない。
何かからくりがあるはずだ、何か――。
「――ヒスイ、考えるよりも」
「わかっ、てる!」
そんな余計なことを考えるよりも、一瞬でも早くこの剣をあの化け物に突き立てることが優先だ。
どんなに魔力が多くても、どんなに魔法が通じなくても、俺の全力の剣さえ届けばそれで終わりだ。
俺は遠慮をせずに床を蹴り飛ばす。
衝撃で、周りにあった人の残骸も弾ける。
仕方ない。気にしていられない。
ここで躊躇をすることこそが、この亡骸の群れにとって最も無礼である。
広すぎるほど広いと感じていたこの部屋ですら、俺の速度では数歩で端まで届く。
今はルリの【神速付与】があるのでなおさらだ。
化け物の反応速度を上回り、剣の届く距離までたどり着く。
あとは、全身全霊を込めるだけだ。
「――【天籟一閃】!」
「ォ――ぉおオォおオ」
刺さるような閃光の中、上半身を蒸発させる醜い化け物と目が合う。
今まさに命を落とそうという瞬間にしては、あまりにも呆けた顔だ。
自分が死ぬことなど、考えていなかったのだろうか。
こんなにも多くの命を奪っておきながら、自分が奪われる側に立つことなど、微塵も想定していなかったのだろうか。
――ふざけた野郎だ。
結局こいつの正体もこの場所の正体も、何も分からないままだが、ひとつだけ思うことがあるとすれば。
こいつが外に出てこなくてよかったという安堵感だけだ。
ルリの魔法が通じないほどの怪物。
こんなのが街にでも現れたら、被害は10倍で済んだか怪しいほどだ。おぞましいくらいに、理不尽な存在だった。
「さて、どうやって出るか……」
「……もう一回あの扉を開けてみる?」
それしかないか。
あの扉を開けたらそのまま屋敷に繋がっているなんて、そんな単純な造りをしている世界には見えない。
だけど手がかりがない以上、やれることは何でもやるべきだ。
「こいつが魔王軍幹部だったの、かな――」
扉に向かって歩き始めた俺たちだったが、やはり正体は確認するべきだったなと僅かな後悔が芽生え、振り返って戦慄する。
そこに倒れていた化け物の残骸が、ボコボコと蠢いて失った上半身の肉を作ろうとしていたのだ。
「ィ、う――痛ィナぁ。アぁ、痛ィ」
「――な」
あっという間に元通りの姿に――いや、元よりも幾分か巨大化した化け物が、命を宿して喋り出す。
ありえない。間違いなく命は奪ったはずだ。
「――ァあ。肉ゥ。ふザケた真似、スんナぁ!!」
失われたはずの命がこうも容易く火を灯し。
そればかりでなく、もう一つ俺を驚愕させることがあった。
俺の【レベル可視化】は、その化け物のレベルを402と指し示していたのだ。
決戦は、続く。
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