34.『答えを、出す』
「屋敷は辞めておこうと思う」
「……私もそう思う」
一夜明けて。
俺たちは結局、宿に泊まっている。
まぁ家を買うにしたって1日や2日で決まるもんでもないし、こうなってしまうのは必然なのだが。
「やっぱり同じ部屋なんだよな」
「……ん」
危惧していた通りというか、案の定というか。
いざ宿を取ろうと言う時に、ルリに「……1部屋でいいと思う」って言われてしまった。
そんなわけで、2人用の部屋を1部屋取っている。
もちろんベッドは別だ。
「パーティで住むってなったら……最大でも4人くらいか。それくらいの人数が不自由なく暮らせる広さで、立地もいいところがいいな」
「……私はヒスイと一緒の部屋でいい」
「俺が困るの!」
俺になら無理矢理襲われることはないと思っているのか、そんなことすら知らないほどに無垢なだけなのか。
ともかく、俺の理性のことなどこれっぽっちも考えてくれないのだ。
少しばかり、ちゃんとお話する必要があるかもしれない。
「あのね。ルリは可愛いんだから、あんまり引っ付いてると俺の心の男の部分が暴走状態に移行しちゃうんだよ」
「かわっ……」
違う。大事なのはそこじゃない。
そんな顔赤くして……あぁもう、かわいいなちくしょう。
「獣と化した俺に無理矢理襲いかかられたら嫌でしょ?」
「……嫌じゃないけど」
嫌であってくれ、そこは。
顔を赤らめてそんなこと言ってたら、そういう願望があると勘違いされちまうぞ。
「…………ヒスイは、私の事どう思ってるの?」
「えっ……だから、可愛いと思うよ」
「そうじゃなくて……女として、とか」
女として、か。
うーん、どうなんだろうか。
そういう、男と女――所謂、恋愛感情みたいなものにキッパリ分けるってのは、難しい話だ。
『異性として好きか嫌いか』で聞かれたら、間違いなく好きだ。嫌いに傾くことはない。
ルリのことは可愛いと思う。
だけどそれは、もし俺に妹がいたらそれに向ける感情と同じでもあるだろうし、恋人がいたらそれに向ける感情とも同じであるだろう。
要するに、よくわからないのだ。
「……こんなにずっと同じ部屋に泊まってるのに襲われない」
「そりゃ襲っちゃダメだろ……」
「…………魅力、無いのかなって。胸もないし」
なるほど、そういうことになってくるのか。
本当に難しいなぁ。
ただひとつ、確かに言えることがある。
「魅力はありまくりだよ。実際、一歩間違えたら襲いまくってそうなくらい自分を抑えてるし」
「――ひゃっ」
「控えめな胸が、ルリそのものを表してるようで愛しいし。その薄い唇も、眠そうな目も、全部たまらなく可愛いよ」
「――ひゃぁあ」
大丈夫か、これ。
俺、めちゃくちゃ気持ち悪い事言ってないか?
ルリが俺に好意を持ってくれてなかったら氷漬けになってるぞ。
「だけど、俺たちは恋人でもないだろ? そうじゃない相手に欲望を剥き出しにするのは違う」
「――――なら」
「俺には今、やるべきことがある。だから、それが終わったあとで、自分の気持ちを考えたいんだ」
「――――」
ルリの表情が、今にも涙を零しそうなほどに歪む。
随分と勝手なことを言っているし、ルリを悲しませてしまった。
俺が悪い。だけど、言葉にしなくてはならなかった。
「――魔王は、強いと思う。生きて帰れるかも……いや、必ず勝つつもりで挑むけど、不測の事態があるかもしれない。未練が残るような形で終わりたくないんだよ」
「……じゃあ、どうするの?」
「今までみたいに必要以上にベタベタするのはやめよう。普通の距離感に戻るんだ」
ルリという大きな戦力を得て、魔王討伐というのも現実味を帯びてきた。
もう1年後や2年後の話じゃない。
大事が起きる前に、なるべく早く倒さなくてはいけないだろう。
それもあり、なあなあで恋人ごっこのような距離感を保つわけにはいかないから。
俺のためにも、ルリのためにも。
一旦、距離感をリセットする必要があったのだ。
「…………やだ」
「え?」
「……私にとっては、魔王を倒すよりもヒスイの方が大事。やっぱり倒すのやめようなんて、言えないけど……ヒスイを失ったら、一生後悔する」
ついに大粒の涙を零しながら、初めて聞くハッキリとした口調で、ルリは話し始めた。
「せめて、後悔のないように……好きな人に好きって言いたい。言われたい。私はヒスイのことが好き。大好き。――ヒスイは、どうなの? 逃げないで、後回しにしないで、今聞かせて欲しい」
「――俺、は……」
「じゃあ、恋人になろうなんて言わない。困らせたくない。だからせめて、今のヒスイの気持ちを聞かせて欲しい。――もし、ヒスイも私を好きでいてくれるなら、この距離を離したくない」
俺は、自分で思った以上にルリの心の弱い部分にズカズカと踏み込んでしまっていたらしい。
恋人でもないのにベタベタするのは不健全だよね、やめようね。そんなのは、俺の気持ちの押しつけでしか無かったのかもしれない。
――ルリは、俺の事が大好きだと言った。
そんなこと、俺だって気付けていたのではないか。
いや、気付いていながら見ないふりをしていたのではないか。
年頃の女の子が同室を望み、誰が見てもわかるように好意を見せ。そんなの、不安だったに決まってる。怖かったに決まっている。
拒絶されたら、嫌われたら、軽い女だと思われたら。
そんな苦悩が、彼女にもあったに違いないのに。
そんな簡単なことに気付かないふりをして、傷つけて。
その上で、今はやるべきことがある?
距離感をリセットしたい?
何をほざいているんだ、俺は。
俺はここで、答えを出す。
それが、せめてものルリへの贖罪だ。
「俺は――」
自分で有耶無耶にしていた、靄のかかった俺の気持ちに蹴りをつける。
これが、今一番やるべきことだ。
「俺は、ルリのことが――」
答えを、出す。
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