31.『呪いの家』
「帰ってきたぞおおおお」
「…………おー」
セドニーシティを拠点とした期間は、グローシティを拠点とした期間よりも短い。
はずなのに、なんだろうこの安心感は。
やっぱり、いい思い出の数と人の温かさによるものかな。
「ルリはセドニー初めて?」
「……初めてじゃない。何回か来たことはある」
「そっか。まぁS級だし、色んなところ旅してきたんだね」
さて。
帰ってきてまず訪れるべきはやはりギルドだろう。
しばらく空けてしまったし――いやまぁ、別にセドニーの専属というわけではないので空けていても問題は無いはずなのだが。
でもタマユラのこともあるので、この街の人間からは実質的にセドニー専属S級冒険者みたいな扱いを受けているのだ。
「――これはヒスイ様ではありませんか。暫くお目にかかりませんでしたが、長旅を?」
「――アベンさん。お久しぶりです。ちょっと、野暮用がありまして……」
と、ギルドに向かって歩いていると背中から声をかけられた。
このツヤッツヤの長髪を垂らしたイケメンくんは、臨時近衛兵団長――つまり、タマユラの後釜ということになる。
タマユラが突然の離脱をしてから、副兵団長だった彼が兵団を上手くまとめているようだ。
アベンはタマユラのファンらしく、彼女を突如失った悲しみを共有できる仲間として俺と仲良くなるのに時間はいらなかった。
「それで、そちらの方は……」
「あぁ、こいつはル……『白夜』。こんなちっこいのにS級冒険者なんです」
「び、『白夜』様!? この方が、あの天才魔法使いの!?」
「…………ん」
得意気に平たい胸を張るルリ。
顔までは知られていないようだが、やはりS級冒険者『白夜』の名前はセドニーにも轟いているようだ。俺は知らなかったけど。
アベンの顔が驚愕に染まっていく。
「それで、こいつとパーティを組んだんです。固定で」
「S級冒険者様おふたりのパーティ――!? そ、それはなんと……こ、この街に滞在されるのですか?」
「ええ、この際セドニーに腰を据えようかと思いまして。専属契約はまだ考えていませんが、家でも買っちゃおうかなって」
「そ、それは心強い……しかし、S級冒険者様がおふたりもこの街におられるなら……私ども、必要なんでしょうかね……」
何故かその表情に影を落とすアベン。
彼は俺の実力も知っているので、ただでさえ近衛兵団の意味に疑問を持っていたらしい。
そこにもう一人S級冒険者が現れたら、少しばかり気を落としてしまうものなのだろう。
「いやいやいや、俺たちが出来るのはモンスターを倒すことだけですから。街の治安維持なんかはどう足掻いてもアベンさんたちにしか出来ませんよ」
「……兵団長ならば、どちらもこなせるんですけどね」
「めんどくせぇなこのメンヘラ!」
アベンはちょっと心が弱いのだ。
自身をタマユラと比較しては「私なんて……」と後ろ向きになる。それがこの男である。
俺から言わせてみれば、今まで自分が頑張ってきた功績を数えた方がよっぽど有意義なんじゃないかと思うがね。
しかも比較対象がタマユラっていうのが不憫だ。
「じ、じゃあ俺はギルドに用があるので……」
「あ、呼び止めてしまって申し訳ありませんでした。もしお時間がありましたら、ぜひ本部までお越しください。歓迎させて頂きます」
「ありがとうございます。では……」
アベンは優雅に一礼をして俺らを見送った。
仕事モードのスイッチが入るとやっぱりイケメンなんだよな。変なところに地雷があるだけで。
俺は彼の人間味溢れる性格は割と好きだ。
ぜひとも頑張ってほしい。
「…………変な人」
「ルリは人のこと言えるかなぁ……」
■
ギルドの前に辿り着いた。
なんとなく、この扉を開けるのが気まずい。
ちょっと前は我が物顔で練り歩いていたギルドだが、久しぶりだと若干の小っ恥ずかしさがある。
別に悪いことをしたわけでもないのに足踏みしてしまうのは、俺もアベンのこと言えないくらい面倒臭い男だという証明で――、
「…………早く」
「あっちょっと待っ」
俺の深呼吸を待たずにルリが扉を開ける。
強引なんだから、もう!
「――」
ギルドは騒がしかった。
別に何か問題があるわけではなく、いつも通りの騒がしさだ。
隣接している酒場では何やら盛り上がってるし、受付は混雑している。
いつも通りのギルドだ。日常に帰ってきたのだ。
「…………あっち?」
「うん、俺を担当してくれてるのはあの列の受付嬢だ」
とりあえず列に並ぶことにした。
それにしても、前はもっと皆話しかけてきてくれた気がするが……俺、忘れられてる?
ちらほら知ってる顔はいるが、俺と目が合わない。
これはまるで、わざと俺から目を逸らしているような。
いやいや、気のせいだろう。
これじゃ俺がメンヘラみたいじゃん。
「……おいヒスイ。ちょっと」
なんて考えていると、後ろから肩をつつかれる。
そこにいたのは、ギルドでよく見かけるB級冒険者の男だ。やっと話しかけてくれる奴がきた。
なんか話しかけづらそうに目を泳がせているが……うん、気のせいだろう。
俺は言われるがままに男に着いていくと、小声でこう言われた。
「タマユラちゃんがいなくなって寂しいのはわかるが、あの年齢はダメだ。しょっぴかれるぞ。悪いこと言わねぇから、あんな胸のないガキより裏道にある『ピンク★ぼいん』ってバーに――」
「――違ぇよ!?」
■
「――S級冒険者!? 『白夜』!? このちっぱいが!? ――おい、ちょっとなんかここ寒」
「やめろやめろやめろ! ステイ! 気持ちはわかるけど、こいつを氷像にしちまったら俺らは一転お尋ね者だから!」
状況を説明するとやはりアベンと同じような反応をされてしまった。まぁしょうがないよ、俺も最初は信じられなかったし。
騒ぎを聞きつけて続々と顔馴染みの冒険者が集まってくる。
「いやぁ、よかったなぁ。ついに自暴自棄になって犯罪者になっちまったかと思ったぜ」
「な! 俺も話しかけていいのか分からなくて……」
「ついにってなんだよ……」
俺はあらぬ誤解をされていたらしい。
ルリは見た目年齢は10代前半だけど、実年齢はそれよりちょっとだけ高い。
そもそも、この街では15歳を超えていれば自由恋愛は認められていて――って、別にそんなんじゃねーし!
「そういえば、あの噂聞いたか?」
「あの噂?」
「セドニーシティ七不思議だよ。なんでも今この街で色んな怪奇現象が起きてるらしいぞ」
と、突然そんな話を振られる。
全然聞いたことがないな、それ。
ここ最近で噂されるようになったなら、俺が知らなくても無理はないけど……なんだ、七不思議って。
「そのうちのひとつが、街のど真ん中に建っているあの豪邸だよ。何年か前に持ち主が死んでから、余りにも高すぎて買い手がつかなかったらしいんだが……」
「最近になって買い手が見つかったんだよ。だけど、新しい家主がみるみるうちにやつれていって……」
「前の家主が残した呪いなんじゃないかって言われてるんだよな」
へぇ。ありがちな怪談な気もするが、ちょっと面白そうだ。なによりもルリが隣でガタガタ震えてるのが面白い。
「その今の家主からギルドに依頼が出ててな。依頼名は『助けてください』の一言だけ。気味悪がって誰も受けねぇんだよ」
なるほど。
どんどん顔が青くなっていくルリがなんとなく愛しいので、俺はカウンターに向かう。
セドニーシティに帰ってきて一発目の依頼が決定した。
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