第三章 『異形の行進』
30.『帰還』
「……おはよ」
「あ、あぁ。おはよう」
朝である。
誰がなんと言おうと朝だし、朝の前には夜がある。
何を言ってるのか分からないと思うが、つまるところだ。
「なんで同じ部屋なの? 今さらなんだけどさ」
「…………嫌だった?」
嫌ではないよ、そりゃ。
一応、ルリの名誉のために言っておくと、別に何も無かったよ。
無かったんだけど、気持ち的にやっぱり落ち着かないわけで。
元々宿にはルリが泊まっていた部屋と俺が泊まっていた部屋で、2部屋を確保していた。
ルリを助けたあの晩、普通に解散して自分の部屋に戻ればよかったんだけど、「ひとりは寂しい」って言うもんだからルリの部屋にお邪魔した。
いやぁ、つい話し込んでしまったと思ったら、気付いたら微睡みに落ちて夜が明けていた。
その晩もお呼ばれして、その次の晩もお呼ばれして――ってのを繰り返していくうちに、いつしか当たり前に同じ部屋に泊まるようになっていたわけだ。
繰り返すが、何もないよ?
「これ以上は精神衛生的に厳しい……!」
「……ん」
何も無いけど、何かあってしまう可能性はあるのだ。
ぶっちゃけ、ルリは可愛い。
女性的な膨らみは乏しいけど、顔は整っているし、なんかいい匂いがしてよくない。
くっ……これも俺への精神攻撃かッ!?
「…………違うけど」
「聞かれてた!?」
「…………照れる」
顔を赤くしてるのを見るに、どうやら口に出てたらしい。
まぁいいけどね、本当のことだし!
「…………でも、女性的な膨らみが乏しいって、なに……?」
「あっあっあっ」
かと思えば、眉間に皺を寄せ始める。
なんとなく、そうなんとなくだけど、部屋の室温が2℃ほど下がった気がする。なんかパチパチ言ってるし。
「大変失礼仕りましたぁ!」
「…………よい」
俺とルリは、こんな感じである。
あえて誤解を招くような言い方をすると、気心の知れた男女って感じだ。いや、なにもないよ?
「ところでなんだけどさ……ルリって、この街にずっと居たい?」
「……別にどこでもいいけど」
「じゃあさ、セドニーシティに行かないか? 俺、そこを拠点にしてるんだよ」
もう『暁の刃』は存在しないので、この街から出る理由もなくなってはいたのだが。
やっぱりセドニーシティが好きだし、あの街のギルドにもあてにされている。
そして何より、タマユラが俺に会いに来てくれるなら。
あの街を探すだろう。俺にとって始まりの街は、セドニーなのだ。
やはり、セドニーシティに帰った方がいい。
「……それはいいけど、どこに住むの?」
「この街よりいい宿が……いや待てよ」
宿暮らししている冒険者は珍しくない。
のだが、また同じ宿に泊まろうとしたら……今度は「1部屋でよくない?」とか言われてしまいそうだ。
断るのも忍びないし、かといってそうなったら俺の理性とルリの貞操が危ない。
プライベート空間は必須だろう。
やらしい話、S級は儲かる。
俺もルリも、既に大半の冒険者が一生かけて手にするような大金を持っていたりするわけで。
俺はセドニーシティを気に入ってるし、あの街に墓を立ててもいいのではないかと思い始めている。
つまり。
「――家、買うか」
「……ん。――ん!? 夢のマイホーム……!?」
パーティで住めるような広い家を買ってしまえ。よし、そうしよう。
これからパーティメンバーも増えるかもしれないし、余裕のある豪邸がいいな。立地も大事だし、近くに酒場があれば――、
「――なんで顔赤いの? うわ、めっちゃ目キラキラじゃん!」
「……愛の巣」
「違うよ!? お前そんなキャラだっけ!?」
正直ルリは俺の事好いてくれてるんだろうなーと何となくは分かっていたけど、そんなに積極的なタイプだっけ!?
いずれは他のパーティメンバーも住むんだから――いや、そうじゃなくても愛の巣ではないよ!
「……冗談」
「ほんとかな……」
目から輝きが消え、あからさまに不機嫌そうな顔になる。
本当にわかりやすい子だ。
「とりあえず、セドニーに帰ろう」
「……ん」
■
ということで、セドニーシティ行きの馬車を取った。
ここで金はケチらずに、広い馬車でゆったりと帰ろうと思っていたのだが。
「狭いなぁ」
「……ん」
「狭いよね?」
「……ん」
明らかに狭い。
もう2人乗りですらないだろ、これ。
1.5人乗りとかじゃないのか?
狭すぎて、お互いの肩や太ももがぴったりと密着している。ちょっとルリの方を向くと、綺麗な黒髪のつむじが見える。
うわ、やっぱりいい匂いするしダメだこれ。
華奢な体だと思っていたが、やっぱり女の子だからか太ももが柔らかくて意識してしまう。
危ない。主に俺の理性が。
ちなみに、狭すぎて荷物は入らないので別の便だ。
結果的に広い馬車と変わらないくらいのお金がかかっている。一体どういうことなんだ。
そんでもってなんで満足気な顔してるんですか、この子は。くそっ、ルリに手配を頼むんじゃなかった。
「ルリさん」
「……ん」
「セドニーまでしばらくかかりますよね?」
「……ん」
「とても窮屈です」
「…………今さら言ってもしょうがない」
その通りだよ、ちくしょう!
でもお前に言われるのだけは腑に落ちねぇ!
色々と限界なんですよ、こっちは!
お前の属性に、『あざとい』を追加してやるからな!
結局俺は、必死にアゲットの憎たらしい顔を想像することで耐え忍んだのだった。
――S級冒険者ふたりを乗せた便が、セドニーシティに到着する。
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