19.『白夜』


 世にも珍しい、黒髪美少女だ。


 冷ややかな目が痛い。痛い。




「えっと、妹……娘さん? 『白夜』さんを出して欲しいんだけど、いるかな?」




「…………」




「あの、『白夜』さんを……」




「…………私」




 え? 私……私?


 主語しかねぇよ。なんだ、私がどうしたって言うんだ。


 なんか、グローシティって対話がままならない奴多くないか!?




「…………だから、私が『白夜』」




「…………へ?」




 この黒髪ジト目少女がS級冒険者『白夜』ぁ?


 またまた、ご冗談を。


 名前から察するに、『白夜』っていけ好かないキザなイケメン野郎でしょ。




「…………」




 こんなちびっ子がS級だなんて、全くもっと信じられる嘘を言いなさいよ。


 冒険者の中にはこういうタイプの子が好きなマニアもいるから、受付嬢とかが合ってるんじゃないかな。




 まぁ冒険者やるにしたって精々D級……あ、イヴたちと仲良くなれるんじゃない?




 年齢も近そうだし、胸の発育具合も……待って。なんか空気がひんやりしてきた。


 まだ暑い時期なのに、まるで雪が降るような……寒っ! っていうか痛っ! 凍る! 凍るってこれ!




「寒いわッ! なに!? 魔法ですか!? そんなことしなくてもいいじゃんよ!」




「…………当然の報い」




「すみませんでした! はい! 謝ったからこの寒いのやめて!」




 ふ。まさかこの俺にダメージを与えられる冒険者がいるとはな。流石はS級、といったところか。


 決して無礼を誤魔化そうとしている訳では無い。念の為。




「…………で、なに」




「あぁ、だから明日一緒にマウンテンザラタンと戦うだろ? その顔合わせだよ」




「……?」




「だから! 俺とお前が明日一緒に戦うの! 俺、S級! S級の! ヒスイって言うんですけど!」




 なんだその嫌そうな顔は!


 いいからとっとと消えてくれとでも言いたげなその顔は! 生意気だぞ!




「……そう」




「……そう。ってなんだよ!? もうちょっと譲歩してくれてもいいんじゃないですかねぇ!? 背中を預けることになるんだからさぁ!」




「……よろしく」




「あ、うん……よろしくお願いします」




 意外と素直だった。


 もしかしたら、こいつアレだ。


 絶望的にコミュニケーションが下手なタイプの人だ。




 誤解されやすいけど実は根は優しくて、仲間思いなんだけどそれが上手く伝わらなくて――、




「……早く帰って」




「帰りますよ! もう!」




 そんなことないかもなぁ!


 ただ他人に関心がないタイプの奴か、どっちだ!?







「ということがありましてねぇ……」




「あら、大変でしたね。明日、上手く連携取れそうですか?」




 無理だろ。どう考えても。




「無理だろ。どう考えても」




「そうですか……でも、実力は王国でも最高峰の魔術師ですから。ヒスイ様ならきっとなんとかなりますよ!」




 というわけで、俺は酒場に戻ってきていた。


 っていうか、声に出てた。




 俺は今、こんな無茶振りを押し付けた受付嬢に愚痴を吐いている。


 ありゃ曲者ですよ。俺の手には負えねぇ。


 なにより、俺は寒いのが苦手なんだ。




 当の受付嬢はというと、俺の話も半分に冒険者たちと一緒に酒を飲んでいた。おい、受付の業務はどうした。




 ちなみに、ついに俺の名前を伝えたのにやっぱり俺の事を覚えていなかった。俺は大きなダメージを受けた。


 受付嬢が最強かも知れん。明日、前線に出てみませんか?




「おい、『白夜』の顔見たのか? どんな奴だった? やっぱりいけ好かねぇキザなイケメンか?」




「『白夜』は人前に出てきませんからねぇ。私も気になるところですね」




 と、話題は『白夜』のことに移り変わった。


 なんだ、マジで何も知られてないのか。


 あいつ、どんだけ人が嫌いなんだよ。




「んー、胸の小さなジト目黒髪美少女だったよ。あと愛想が悪い」




「美少女!? 『白夜』ってのは、女なのか!?」




 性別すら知られてないってどんなだよ。


 俺が勝手に触れ回っていいのかと思ったが、どうせ明日一緒に戦場へ行くんだ。


 今日知られるか明日知られるかの違いしかない。




「女に困らねぇS級冒険者のアンタがそう言うってことは、そうなんだろうなぁ。S級で美女枠って肩書きァ、『剣聖』タマユラの椅子だったが……まさかのライバル出現ってわけかァ」




「おいタマユラの話はやめろ」




「お、おお? おお……そうか。悪かったなァ」




「さぁ、皆さんそろそろ帰って休みましょう! 明日に備えて、ゆっくり寝てくださいね!」




 と、受付嬢が高らかに声を響かせたのを合図に、今日の集会は終わった。


 と言っても俺は今日セドニーシティに帰るつもりだったので、宿を取ってない。




 そんな話を受付嬢にすると、快く宿を取ってくれたのだ。


 なんだ、意外と受付嬢っぽい仕事もするじゃないか。


 少しばかり、俺は勘違いしていたのかもしれないな。


 受付嬢への評価を少しだけ、ほんの少しだけ上方修正しよう。そう誓ったのだった。




 宿の名前を伝えられるまでは。




「――なんでアイツと同じ宿なんだよ!? やっぱりあの受付嬢アホだろ!」




 なんなら部屋まで隣だったことを、ここに追記しておく。


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