第一章 『黄金色の少女』
3.『気高く輝く黄金色』
旅に出ることにした。
と言えば格好がつくが、早い話があいつらと同じ街にいると気まずいのでとっとと抜け出したい。というのが本音だ。
ここは王国でも三番目に大きな都市、『グローシティ』。主に冒険者業と商業が盛んな地で、駆け出しの冒険者が多く集まる。
今から俺が向かうのは『セドニーシティ』という都市で、王国二番目の都市。簡単に言うと、この街の上位互換だ。
この街よりも熟練の冒険者が集い、S級冒険者のひとり『剣聖』タマユラもこの街の出身だという。
集まる冒険者の質も高く、駆け出しの冒険者ではまるで相手にされないらしい。
ギルドの討伐依頼も最低ラインがC級。
E級冒険者など、パーティ丸ごとデコピンで弾かれておしまいだろう。
「いくらレベルが上がってもE級だしな……門前払いされたらどうしよう」
それもどれも、行ってみないことにはわからない。
というわけで俺は、セドニーシティ行きの馬車を手配するのだった。一番安い便で。
■
時刻は夜。
馬車で街道を移動していると、どうやら前方で騒ぎが起こっていることに気付く。
ズラーっと並んだ馬車の、ずっと前の方。
大人数の叫び声と、誰かが魔法を行使した時特有の大気が揺れる感覚。そして、彼方から聞こえる爆発音。微かに照らされる空。
山賊とのトラブルでもあったのだろうか。
通行止めになったりしてなければいいが。
俺が事の重大さに気付いたのは、更に2分ほど馬車を走らせた頃だった。
「――なん、だ……これは」
前方、数百メートルほど先だろうか。空を舞う豆粒が、地獄のような炎の渦に照らされている。
――否、あれは、人間だ。
幾多もの人間の命を、まるで塵を吹くように弄ぶ巨大な朱色の悪魔。それは――S級モンスター【バーミリオン・ドラゴン】だと、一瞬で理解してしまった。
そもそも、冒険者における『ランク』と、モンスターにおける『ランク』は、本質が少し違う。
冒険者の『ランク』は、主にレベルのほか、討伐したモンスターの強さなど、様々な要素を加味した実績で決まる。
それに対し、モンスターの『ランク』は言うなれば目安だ。
モンスターの『ランク』とは、ギルドと研究者が判断した『四人パーティでそのモンスターに勝利できる冒険者のランク』を元につけられている。
つまり、E級モンスター【ホワイトガルム】であればE級冒険者四人で倒せる程度。
A級モンスター【サイクロプス】であれば、A級冒険者が四人集まってやっと倒せる強さ。
――S級モンスター【バーミリオン・ドラゴン】は、世界に数人しかいないと言われるS級冒険者が四人集まってやっと勝機を見出せる天災だということだ。
「どうして伝説の存在がここにいるんだ!?」
そんな、本来であれば人生で一度も目にする機会などないはずのS級モンスターを、何故俺が知っていたのか。
それは、バーミリオン・ドラゴンの伝説が今なお王国に語り継がれているからに他ならない。
「かつて王国を灼き喰らい、世界を混沌に陥れ……そして、当時のS級冒険者パーティに討伐された」
あまりにも有名な話だ。
所詮おとぎ話だと思っていたが、目の前の地獄が、かつて王国を襲った悲劇が史実のものだという証明だ。
それが今、のどかだったはずの草原を蹂躙している。
あまりにも容易く人の命を奪っていく。
もし、この天災をなんとかできる人間がいるとすれば、俺だろう。
S級二人分以上のレベルを持つ俺ならば、もしかしたら今なお蹂躙され続けている人々を救うことが出来るかもしれない。
だが――、
「やっぱり、俺なんかが出ていっても……」
何の役にも立たずに、無駄死してしまうんじゃないか。
今ならまだ、経路を変更すれば逃げることができるんじゃないのか。
だって、この恐怖に抗うことの出来る人間はいないだろう。
この前までE級モンスターに四人がかりでヒィヒィ言ってた俺が、「ハイ! あなたは強くなったので、さっさとS級モンスターを倒してきてくださいね!」と言われてあの厄災の前に立てるのか。
無理だ。そんなことが出来る人間じゃないのは、俺が一番知っている。
そうだ。ここで俺がノコノコ出ていかなくても、きっとそのうち強い冒険者が派遣されてくるだろう。
目の前で命を奪われていく者たちは無念だが、これも天災だと割り切るしかない。
S級モンスターに出会うなんて、運が無さすぎた。
逃げられるなら、逃げてしまった方がいい。
誰だって自分の命が一番かわいいのだから。
――と、死屍累々の中。
その大部分を赤に染めあげた黄金色の鎧が、気高く輝いているのが目に入った。
その命を燃やしてバーミリオン・ドラゴンと対峙している少女が、見えた。
少女は何かを叫びながら、まだ息のある者を馬車に乗せているようだった。
遠目から見ても若い少女だ。
俺とそんなに変わらない、いや、俺よりも若いかもしれない。18歳くらいだろうか。
腕は裂け、足を引き摺りながらも、冷たく刺すような目つきには、熱い使命感が確かにあった。
そんな気高い少女が、なるべく多くの命を助けるために、たったひとりで。
「俺が……なんとかしなくちゃ」
戦う者もいるのだ。
どんな壁だろうと、退くことが出来ない強き者が。
俺も、そうあるべきはずだ。
咄嗟に馬車を飛び降り、全霊を脚力に乗せる。
驚くほど体は軽く、あっという間にバーミリオン・ドラゴンの眼前に立つ。
ここまできたら、もう退けない。
風のように突然現れた俺に、少女は驚きの表情を浮かべている。
「あなたは!? 危険です! 早急に下がりなさい!」
「――た、助けにきました!」
「助けに……? バカを言わないでください! 冒険者とお見受けしますが、一人や二人増えたところで戦況はどうにもならない! 直ちに退き、ギルドに討伐隊を編成させる必要があります!」
と、一番退く気配のない者が言う。
否。彼女は、「自分が足止めしている間に援軍を呼んできてくれ」と言っているのだ。
街に戻ってギルドに報告。事実確認ののち、ギルドからすぐに動ける者を数名派遣してもらう――となると、最短で十時間ほどだろうか。
耐えきれるはずがない。
ここでわかりましたと背を向ければ、この少女の命運は尽きることとなるだろう。
だが――正直、怖い。
生きた心地がしない。
スキルが覚醒してから、俺は実戦経験がない。
俺のレベル自体、誰かが見せた幻術かもしれないし、白昼夢かもしれない。
次の瞬間、俺は消し炭になっているかもしれないのだ。
怖い。怖い。
国を揺るがす伝説級モンスターに、俺なんかが勝てる道理もない。
逃げてしまえば、楽だろう。
今逃げれば、まだ命は助かるかもしれない。
――だけど、この少女は、戦うだろう。
――たったひとりでも、命が燃え尽きるまで。
だったら俺がここで退く訳にはいかない。絶対に。
ここで俺がこの赤トカゲをコテンパンにして、少女と、それからまだ生きている人全員とともに生還する。それ以外のシナリオは、ない。
「大丈夫。俺、S級より強いから」
「――なに、を」
自分に言い聞かせるように、噛み締めて言葉にする。
大丈夫だ。ステータスは嘘をつかない。
そんなことわかってたはずだ。
あとは、俺が一歩を踏み出す、勇気のみ。
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