『オサナナジミーズ』を結成しよう

月之影心

『オサナナジミーズ』を結成しよう

 僕は日向ひゅうが尊通たかみち

 自分では勉強も運動も出来るしルックスも学校では上位にランキングされると思っているけど周りからの評価がイマイチ耳に届いて来ない高校生だ。


 此処は僕の部屋。

 僕は勉強机に向かって小説を読んでいる。

 部屋の真ん中に机があり、その机とベッドの間に寝そべって漫画を読んでいる者が居る。

 高鍋たかなべ修治しゅうじ

 近所に住む幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染で、小学校から高校まで別のクラスになった事の方が少ない『腐れ縁』とでもいうべき奴だ。


「なぁ。」

「ん~?」

「何でシュウは男なんだ?」

「は?」


 修治は顔の上で読んでいた漫画を横に避け、椅子に座って小説を読んでいる僕の方を見た。


「何でと言われても……男に生まれたからとしか……」

「何で超可愛くて超ナイスバディで超幼馴染属性満載の女の子じゃないんだ?」

「頭大丈夫か?」

「僕は常に冷静だよ。」


 寝そべっていた体を起こし、不思議そうな顔をして僕を見る修治。


「ならいいけど突然どうした?」

「世の中には『幼馴染』と呼べる存在が山ほど溢れていて、幼馴染同士が将来結婚の約束をしていたりそれを前提に付き合っていたりするわけだ。」

「いや……寧ろそういう幼馴染の方が少ないと思うけど……」


 僕は小説に栞を挟んで机の上に置き、椅子をくるっと回して修治の方を向いた。


「ところが僕が幼馴染と認めているのはシュウ、君だけだ。」

「そりゃ……どうも……」

「残念ながら僕もシュウも男で、さっき言ったような関係には成り得ない。」

「その一言でLGBT連合を敵に回す事になるぞ。って僕もタカとそういう関係にはなりたくないけど……」

「それはそういう性癖の人が考えればって事だろ?『LGBTも平等に!』も分かるしそれなりに理解はしてるけど、その主張は持ち上げるのに僕の恋愛に対する価値観を否定するのは矛盾していると思わないか?『女の子としか恋愛出来ない』って僕には普通の事で……」


 修治は口早に囃し立てる僕に、半分呆れたような目線を送っている。


「わ、分かったから。で、何でまた急にそんな事言い出したんだ?」

「まぁ聞いてくれ。」

「聞いてるよ。」


 僕は椅子から立ち上がり、修治に正対した。


「『幼馴染』とは、幼い頃から仲良くしている人の事だ。」

「うん。」

「これをほんの少し広げて考えれば『幼い頃遊んだ事のある人』でも幼馴染に認定出来るのではないだろうか……と。」

「ほんの少しどころかめちゃめちゃ範囲広げたな。」


 僕は修治を指差した。


「そこがポイントだ。」

「何の?」

「僕にシュウ以外の幼馴染と呼べる人が居ない原因は、幼い頃から『仲良くしている』という部分だ。」

「まぁ、タカは友達少ないもんな。」

「ぐっ……」


 胸を押さえて前屈みになる。


「そこはもう少しオブラートに包んで欲しかった。」

「すまん……」

「でだ。その原因さえ取り除いて『一度でも遊んだ事のある人』にすればチャンスがあるんじゃないかと思うんだ。」

「でもそれが幼馴染になるかって言われたら違う気もするけど……」


 腕を組んで小さく息を吐く。


「じゃあ逆に訊くが『幼い頃』とは具体的に何歳頃の話だと思う?」

「え?それは……そうだな……精々幼稚園くらいまでじゃないかな?」

「成る程。では幼稚園の頃に一緒に遊んだ人をピックアップしてみよう。」


 僕は本棚へ近付いてしゃがみ込み、下の段に置いてある箱を引っ張り出した。

 中には幼稚園時代に書いた絵や、最早地球外の記号にしか見えない何かを書いた紙などが入っている。

 その中から1冊の薄いアルバムを取り出した。


「あ、懐かしいね。卒園写真集だろ?どこやったっけなぁ?」

「こんな貴重な資料を何処に置いたか分からなくするなんて困った奴だ。」


 修治は微妙にイラッとした表情を見せたが、気付かない振りをして写真集を捲っていった。


「この子、憶えているか?」


 僕が最初に指差したのは、大きな目と可愛らしい鼻と口をして頭をツインテールに結っている女の子だった。


「あー憶えてるよ。高千穂たかちほさん。高千穂円華まどかさんだ。この頃から可愛らしかったよなぁ。」


 修治の言葉が終わる前に、僕は次の子を指差す。


「この子は?」


 幼稚園児に相応しくない鋭い視線をカメラに向けてはいるが、明らかに他の園児とは一線を画す整った顔の女の子だ。


「えっと……美郷みさと依里えり……同い年なのに『お姉さん』って印象だったよな。今も変わらないけど。」


 続けて別の子を指差す。


「じゃあこっちは?」


 少し垂れ目の、普通にしているのに何だか迷子の子犬のような表情をした女の子だ。


「ん~?居たのは覚えてるけど……名前はアレだ……米良めらさん?下の名前はぁ……何だったっけ?」

「米良志乃しのだ。」

「そうだそうだ。」


 僕と修治、そしてこの3人は幼稚園で同じきりん組に居た。


「そしてこの3人に共通している事があるのは分かるか?」

「この3人に?さっぱり分からんけど。」

「3人とも、実は僕たちと同じこの住宅街に住んでいる。」

「あぁ……そういう共通点ね。」


 僕は机の上のペン立てから赤いサインペンを取ってキャップを外し、おもむろに米良志乃の写真にバツを入れる。


「貴重な資料じゃなかったのかよ。」


 修治がツッコミを入れるが気にせず話を続ける。


「僕が得た裏情報によると、米良志乃は3年生のバレー部の先輩と付き合っている。」

「割と有名な話だな。(裏情報でも何でもないじゃん……)」

「既に手が付いている人をオサナナジミーズに入れる事にメリットは無い。」

「ん?」


 修治が不思議そうな表情に戻る。


「なぁ……何で彼氏の居る子を……幼馴染に入れるメリット……てか『オサナナジミーズ』って何?」

「彼氏が居るなら僕に靡く可能性は極めて低いじゃないか。」

「靡くって……いや、何の為の幼馴染なの?」

「何の為って……シュウも妙な事を訊くんだな。『幼馴染の彼女』を作る為に決まってるじゃないか。」


 修治は白目をむいて倒れそうになっていた。

 僕はそれを無視し、続けて美郷依里の写真に米良志乃と同じようにバツを描いた。


「あぁ……貴重な資料が……」

「美里依里。正直、幼稚園児の頃からこいつとは馬が合わなかった。常に上から目線で何かと僕のする事に文句を付けて来る。だからこいつも外す。」

「まぁ……そういう性格だから……けど何となくタカに友達が少ない理由が分かってきたよ。」


 僕は修治の言葉が聞こえなかった振りをしつつ、円華の写真を丸で囲んだ。


「唯一、僕の諜報部隊も高千穂円華については男関連はシロだとしているし、何より昔から3人の中では最も僕に対して優しかった。」

「諜報部隊なんか持ってんのか……」


 僕は赤のサインペンにキャップをして机の上に置き、広げた写真集を前に座った。


「と言うわけで、改めて高千穂円華には僕の幼馴染としての記憶を取り戻して貰う為に、そしてオサナナジミーズに入って貰う為に、積極的にアプローチを掛けていく所存である。」

「お、おぅ……」


 修治は僕の勢いに気圧されたように少し体を引き気味にしていた。


「善は急げだ。まずは高千穂円華をここに召喚する。」

「はぃ?」

「近所なんだし呼んで話をした方が早いだろ。」

「いや……そりゃそうだけど……連絡先なんか知ってんのか?」


 僕は机に敷いたマットの下から1枚の紙を取り出す。


「きんきゅうれんらくもぅぅぅ~!これがあればクラス全員の連絡先は入手しているようなものだ。」

「いやけどそれって保護者の連絡先だろ?高千穂さんのスマホの番号じゃないぞ。」


 そんな事くらい知っているという顔で修治を見る。

 修治がまたイラッとした表情になる。


「作戦としては、まず保護者に連絡をしてクラスメートである事を伝える。そして緊急連絡網の番号と本人の番号を間違えた旨を伝え、もし本人が保護者の近くに居れば代わって貰えばいいし、居なければ本人の連絡先を訊き出せばいい。」

「そ、それは……」

「いいアイデアだって言いたいんだろ?俺も自分で考えておきながらさすがだと思ったよ。」

「あ……いや……(そんな都合良くいかないなじゃないかって言いたかったんだけど……)」


 僕は机の上のスマホを手に取り、連絡網にある『高千穂円華』と書かれた電話番号へ掛け、修治にも会話が聞こえるようにスピーカーに切り替えた。


「もしもし。」

『はいもしもし?何方様?』

「あ、僕、円華さんと同じクラスの日向です。ごめんなさい。円華さんの連絡先と間違えて掛けてしまいました。」

『あら、タカ君?久し振りねぇ。元気にしてた?』

「えぇ、お陰様で元気にやってます。間違えた電話で申し訳ないのですが円華さんって今おられますか?」

『多分部屋に居ると思うわよ。代わろうか?』

「助かります。」


 電話の向こうでは円華の母親が円華の部屋へと向かっているのだろう。

 パタパタガサガサと音が聞こえている。

 僕は修治に向けて人差し指と親指で丸を作って見せる。

 修治は『マジかよ』みたいな顔になっていた。


『もしもしタカ君?』

「あぁ、いきなり電話してごめんね。」

『ううんいいよ。私のチョク電知らなかったんだっけ?』

「うん。聞いた事ない筈。」

『じゃあ後でショートメールで送るよ。それで今日はどうしたの?』

「大した用事じゃないんだけど、もし時間あるならうちに来ないかなと思って。」

『今から?それは構わないけど、何の用だろ?』

「それは来てからのお楽しみって事で。じゃあ待ってるよ。」

『分かった。準備出来たら行くね。』


 僕は電話を切った。

 前に座っている修治は信じられないという表情で僕を見上げていた。


「まずは第一段階チェックだ。」

「え?何で高千穂さんがそんなあっさりタカのお願い聞いてたの?」


 不思議そうに僕に質問をぶつけてくる修治だった。


「最初の概念から言えば確かに高千穂円華は『幼馴染』と呼ぶ程の付き合いは無いが、それ以前に『お向かいさん』だからな。」

「あぁ……『ご近所さん』って事ね。」


 そうこうしていると、階下から賑やかな声が聞こえて来て、続けて階段をパタパタと昇って来る音が聞こえ、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ。」


 ドアが開くと、そこにはさっき修治と一緒に見ていた幼稚園時代の写真をそのまま大人にしたような円華が立っていた。


「あら、高鍋君も居たんだ。お邪魔します。」

「あ、あぁ……いらっしゃい……」


 円華は修治にぺこっと頭を下げながら、机を挟んで僕の対面に座った。


「それで用事って何かな?」

「実はさっきまでシュウと『幼馴染』について熱い議論を交わしていたんだ。」

「幼馴染について?」


 修治が呆れたような表情で円華を見る。

 円華はきょとんとした顔でそれを受け止めてから僕を見て来た。


「実質、僕には『幼馴染』と呼べる人がシュウしか居ない。でも巷には『異性の幼馴染』が溢れ返っている。それはあまりにも不公平だろうと。」


 円華は不思議そうな表情になっている。


「そこで幼稚園の頃によく遊んだ円華を僕の幼馴染に認定して、僕とシュウと円華で『オサナナジミーズ』を結成しようという話だ。」


 円華は暫く『何言ってんの?』という表情で固まっていたが、やがて唇を震わせたと思ったら口元を押さえてクスクスと笑い出した。


「『オサナナジミーズ』って面白いネーミングねぇ。楽しそう!」

「えぇ?」


 驚いたのは修治。

 目を丸くして円華を見ていた。


「でも……」


 円華が口角を上げて修治をちらっと見ていた。


「何か問題でもあるのか?」


 円華に問い掛ける。


「私とタカ君と高鍋君だったら……依里も入れないとね。」

「依里?美郷依里の事か?どうして?」

「あ……いや……」


 目に見えて慌てた素振りを見せるのは修治だ。


「だって依里って高鍋君と付き合ってるんでしょ?」

「な……んだ……と……?」


 修治は片手で両目を隠すように押さえて溜息を吐いている。


「あれ?タカ君知らなかったの?」

「シュウ……それは本当か?」


 はぁ~っと大きく息を吐いて修治が僕を見る。


「あーその……つい言いそびれて……な……」

「つまり、シュウは『幼馴染の彼女』が既に居るって事なのか?」

「ま、まぁそういう事……かな?」


 僕は修治をキッと睨みながらワナワナと肩を震わせていた。

 それを知ってか知らずか、明るい声で円華が口を挟む。


「となると志乃も入って欲しいけどあちらさんはお忙しそうだからいいかな……と言う事でぇ……私とタカ君と高鍋君と依里でぇ……『オサナナジミーズ』結成だねっ!」


 楽しそうに言う円華。

 いやこれは、修治と美郷依里というカップルが目の前に居て、横にフリーの僕と円華が居ると言う事で、ひょっとしたら……


「因みに、円華は付き合っている二人がメンバーに居て『自分も~』とか思ったりしないのか?」

「あ~無いかな。今はその『オサナナジミーズ』が何するのか分からないけど楽しそうなのが大きいし。それに……」

「それに?」

「もし私が誰かとお付き合いしたらオサナナジミーズには居られないでしょ?」

「あ……そのオサナナジミーズに1人だけフリーも居るんだけど……」

「あはっ!タカ君の事?無いでしょぉ~!」


 あっさり撃沈。




 僕は『オサナナジミーズ』の結成を見送る事にした。

 窓の外……住宅街の向こうに沈んでいく真っ赤な夕陽がやけに目に染みた。

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