MY ENEMY
雨瀬くらげ
火点し頃のワンショット
グラウンドからは部活生たちの健康的な奇声が聞こえ、青春アニメの放課後を思わせる。一方、淡い朱色の教室は対照的に静かだった。シャープペンシルの芯が紙の上を走る音だけが僕の耳に届く。なぜなら教室には僕しかいないからだ。放課後、女の子と駄弁るなんて行為は、チャラリラパラリラ運動系男子がやってればいいのだ。チャラリラパラリラって何だよと思いながら独り笑う。
パキッとシャー芯が折れると同時に、教室の扉が開いた。
「おう、やってるな」
校則違反だと疑われるギリギリの量のワックスで髪を横に流している。顔は特別イケメンなわけではなく高身長でもないが、一部の女子からは人気があるらしい。そんな感じの僕の数少ない友人の一人、成瀬が立っていた。
「何だよ成瀬、またサボりかよ」
僕はぶっきらぼうに言った。成瀬は、まあな、と笑いながら僕の前の席に座る。実は彼、この見た目で美術部なのだ。顧問があまり部員の作業を見に来ないためか、集中できないときはこうして校内をフラついているらしい。
成瀬は僕が書いていた原稿を覗き込むと、
「高梨お前、よくルーズリーフに小説かけるな。俺は無理だわ」
成瀬はたまに小説も書くが、文章は稚拙だし、ストーリーも雑だ。しかし、物語性や哲学はあった。漫画の方をメインで描いているようで、物語だけ秀でているのも納得だ。画力に関していうと中の上あたりだろうか。味のある絵だ。
「僕だって、パソコンで書けるなら書きたいよ。でもいくら文芸部だと言っても、学校へそういう物の持ち込みは許可されないからさ」
「面倒くさいな」
「面倒くさいよ」
成瀬は、じゃあ家で書けばいいじゃん、とあくびをしながら言った。
「誰もいない方が集中できるからさ」
あーね、と成瀬が立ち上がったので、僕は続きを書こうとシャーペンを握りなおす。しかし成瀬はそこから動かなかった。僕が見上げて成瀬の顔を覗き込むと、
「続きさ、美術室で書けよ」
「え、やだよ。人いるし。今、誰もいない方が集中できるって言ったばかりだよな?」
「気にすんなって」
僕は彼のこういう性格があまり得意ではない。だるいな、と思いながら次の言い訳を探す。
「あ、僕ちょうど帰ろうとしてたところだし」
「なら、俺も帰るかな。美術室から鞄取ってくる」
成瀬はそう言って美術室へ戻って行った。一緒に帰るのも嫌だなと思ったが、美術室で作業するよりマシだと、机に広げていたルーズリーフを片付け始める。
そういえば、どうして僕は彼と友達になったのだろう。僕の海馬に尋ねてみる。あの日が僕らの出会いの日だ。
そう、高校入学してからちょうど一か月の時。
「お、お前小説書くんじゃん」
成瀬は馴れ馴れしく書き終えていた分のルーズリーフを手に取り、読み始めた。その行為には嫌悪感しか感じなかったが、争いごとを避けるためにも、「そうだよ」と答えておく。
「文芸部だからね」
「へえ……」
一枚のルーズリーフを読み終えた成瀬は僕にそれを返すとこう言った。
「なあ、俺美術部の成瀬。良かったら、俺の描いた漫画読んでみてくれよ」
「漫画?」
こいつは漫画を描くのか。第一印象は悪かったが、少し興味は出た。とはいえ、それで読む気になったわけだはない。この見た目だ。いや、見た目で判断してはいけないのはわかっている。わかっているのだが、どう見ても絵を描くような奴には見えない。小説はもちろん、漫画ですら読んでるんか怪しいぞ。本を読むよりも女と遊ぶ方が楽しいぜ、という雰囲気を醸し出していた。
「あー、漫画は興味ないか。じゃあ、小説は?」
冗談じゃない、と思った。こいつが小説? ありえない。絶対に書けないだろ。その予想は半分当たって半分外れることになる。
僕はちょっと脳の整理が追い付いてなかったため、こう言ってしまう。
「小説、書けんのかよ」
真顔で言う僕を、成瀬はゲームでミスった時のように笑った。
「まあ、たしなむ程度にはな。お前、そんな俺を馬鹿扱いすんなよ。この学校県内ではそこそこの進学校だぜ」
「確かに。それなら頭が悪いはずがない」
「ホントやめてくれよ。俺こう見えて、入試、国語あと一点で満点だったんだぜ」
マジで言ってんのかこいつ。
僕はこの成瀬と言う人物が怖くなった。一体、何者なのだ。
予鈴が鳴ると、生徒たちはガヤガヤとしながらも、友との話を切り上げ自分の席に戻って行く。
「明日、小説と漫画持ってくるよ」
と、成瀬は戻って行った。僕は何も答えられなかった。
翌日、彼は小説と漫画を持ってきた。
「返すのいつでもいいから。読み終わってからでいいよ。感想はくれよな」
昼休み、人が少ない図書館で読んでみることにした。美術部だという彼のおおよその画力と、小説も書くという物語創作力を量るためにも、まずは漫画から読もうと思った。小説は、その漫画が面白ければ読もうと思った。
漫画は、綺麗に手作りで製本されていた。そのマメさにギャップを感じながら、ページをめくる。
一ページ目は物語のあらすじだった。
『2099年。世紀末。地球は既に消滅していた。
人類は2030年に完成させた人口地球での生活を余儀なくされていおり、緑はなく、海や空の青もない。監獄同様の生活だった。科学技術は発達しており、食料や医療の面で困ることはなかった。
ある日、一人の科学者が人口地球上のネットデータベースにひとつの資料をアップした。その資料の名は『第二地球誕生計画案』である』
SFだ。ありがちな設定だが、王道には王道の良さがある。さあ、漫画は短編のようだがどう描き切る? 短編にしては凝った設定に感じるが。
僕は次のページをめくる。そこから最後のページを読み終えるまであっという間だった。
素晴らしい。味のある画力。設定の世界観の大きさとは裏腹に、その世界にある小さなたった二人の男女の世界を描きだしている。
これが高校一年生の作品だろうか。
ワクワクしながら、小説の方を手に取る。これはだめだ、と思った。
その日の放課後、玄関で、帰ろうとしている成瀬に声をかけた。
「小説と漫画、読んだ」
「おお、そうか。どうだった?」
「すごかった。あ、小説はちょっとだったけど」
僕は二冊を彼に返す。
「わかってるよ小説は。漫画は良かったろ?」
まだ、余韻が残っている。僕は成瀬のその問いに大きく頷いた。
「俺の最高傑作なんだよ。来月の新人賞に出すんだ」
僕は気づけば「一緒に帰ろう」と言っていた。朱色の空の下、僕らは歩く。
成瀬は別れ際に、
「お前も、新人賞出してみたらどうだ? 昨日、あのルーズリーフ一枚しか読まなかったけど面白かったぜ」
と言って角を曲がった。
僕はそんな当時を横を歩く成瀬と振り返る。
「そんな事言ったっけな? 俺」
「言った」
あの日と同じような朱色の空。
まさか、二次選考まで行けるとは思ってなかった。成瀬も二次選考まで行って落ちた。
「まあ、二次までいけたってことはある程度才能はあったってことだ」
あー、印税生活してえ! と成瀬は坂びながら背伸びをする。
「僕たち二人がプロになれたら、二人で合作しようぜ」
成瀬の無防備な腹を僕は叩いてやった。
「痛えな、この野郎。確かに、世の中への文句がめちゃくちゃあるからな。二人の文句で世界変えてやろうぜ」
また馬鹿な青臭いこと言ってやがる、とはこの時は思わなかった。僕は小説家になんてなる気はなかったのに、なぜかなれる気がした。そして、自分のアイデンティティが爆発した気分になって、僕もただただ笑った。
夕日で伸びるそんな二人の影は、まるで写真のように美しかった。
その景色は、青春の一枚として『作家』を夢見る二人に刻まれる。
世界の怖さなんてまだ知らない二人に。
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