旅立ちの章 3-10
戦いは一時間程度で終わった。
その後は各家を回って生存者の捜索とゴブリンの掃討を行ったが、結果は芳しくなかった。
生存者はゼロ。そして、ゴブリンもいなかった。
多分、あの戦いに参加しなかったものはほとんどいなかったと思われるし、遊撃として動いていたアキホの話では、逃亡するゴブリンはほとんどいなかったから全滅したと思っていいんじゃないかという事だった。
本当なら、死体を何とかすべきだとは思うものの、すでに暗くなり始めている時間帯ということもあり、私達は比較的頑丈で、破損の少ない村長宅で一晩過ごす事となった。
一応、建物内の死体は表に出し、ミルファさんが警戒の結界を張る。
そして、火を起こして明かりを確保し、交代で休んだ。
もちろん、夕食も食べたことは食べたが、あまり食欲がないのと、非常用の食事の為にあまり喉を通らなかった。
諜報や暗殺なんて事をしてきた私だったが、ここまでの虐殺や大きな殺し合いは初めてだ。
唯一の救いは、アキホが特性のスープを作ってくれたことだろう。
なにやら独特の香辛料が使われているらしく、少しぴりりとしてそれでいて食欲をそそるものだ。
具は茶色の液体に刻んだ乾燥野菜や干し肉が入れてあり、水分を吸って柔らかくなった肉と野菜がアクセントになって実に美味しい。
多分、そのスープがなければ、乾パンや干し肉、乾燥野菜を食べようとは思わなかっただろう。
ノーラなんかは、「うまいっ。お代わりだっ」とか言って何杯も食べていた。
夕食が終わると、各自の明日の行動について話し合いが行われた。
私は、近くの町まで連絡に行き、人を集めてくる事だ。
一応、こっちに来る時に寄った町の町長にはアキホが顔つなぎで声をかけていたそうだから、アキホの名前を出して現状の報告と人手の手配を頼む事を伝えてなるべく早く戻ってくる事になったが、どんなに急いだとしても戻ってくるのは翌日になる可能性は高い。
そうなると、作業的に三人に余計な負担になる可能性が高い。
だから、なるべく急いで戻ってくる。
私がそう言うと、「無理はしないで…」とアキホが心配そうな顔で言う。
本当にお人好しな人のようだ。
だから、目が離せないんだが……。
そして、救援が来るまでの他の人の役割としては、ミルファは裏組織の資料や証拠集め、アキホとノーラは死体の処理となった。
「まぁ、仕方ないよね」
そう言って苦笑するアキホ。
それに対して、ノーラは「戦場ではよくあることだ。慣れるしかないさ」と言って慰めていた。
珍しいなと思ったが、多分、夕食のスープのおかげだろう。
実質、スープの半分は、彼女の腹に収まったのだから。
その後は、順番に休憩を取っていく。
二人休憩の二人警戒で、時間がきたら一人ずつずれて交代していく。
これは、一人ではある程度の数のゴブリンの残党がいた場合や他の魔物が出てきたときに対処できない可能性があるためだ。
私は、最初の当番で、火の番をしながら警戒していく。
「はい。どうぞ」
そう言ってコーヒーを差し出したのはアキホだ。
「ありがとう」
受け取り、コーヒーの香りを楽しむ。
「いい豆みたいだな」
「ええ。私の好きなブレンドのやつよ」
そう言って、アキホもコーヒーの入ったマグカップを手に取ると口に運ぶ。
「ブレンドか……。私はてっきりどれも同じと思っていた。でも……」
そう言って口につける。
少しの苦味とフルーティな味わいが口の中に広がる。
「このコーヒーは実にうまいよ。なんかフルーツティーを飲んでいるような感覚になりそうだ」
アキホは私の言葉にくすくす笑う。
「コーヒーも種類によってはフルーティな味わいになるって聞いてたからね。いろいろ試してみたんだ」
今の話が本当なら、このコーヒーの味わいは、アキホオリジナルということになる。
「そうか。これはアキホのオリジナルプレンドか……」
「そうだよ。どうかな?」
伺うように顔を覗き込むアキホ。
そんな彼女がとてもかわいく思えてしまう。
彼女は女性だというのに……。
「そうだなぁ……。このコーヒーが飲めるのならますます喜んで貴方と一緒に行動してもいいと思えるね」
私がそうおどけて言うと、アキホはくすくす笑った。
そして、それに釣られて私も笑うのだった。
翌日、リーナは最低限の荷物のみを持って近くの町に出発した。
一応、昼食にとサンドイッチと飲み物を用意して渡している。
「ありがとう」
彼女はそれだけ言うと早足で朝早くから出発した。
昨日、二人だけで話す機会があったが、私の中で彼女は十分に信頼に値する人物だと再度認識できた。
ぶっきらぼうだったり、無口気味なのは今までの仕事のせいだろう。
多分、大丈夫だとは思うが、彼女が無事に町までたどり着く事を祈る。
さて、彼女を送り出した後は、朝食を作って各自の仕事を始めた。
私はノーラと二人で死体の処理だ。
ゴブリンやホブゴブリンは、村の外れに大きな穴の掘り、そこに投げ込んでいく。
なお、三つの倉庫のうち、一つにはハルカの葉がゴブリン達に荒らされていたものの大量にあった。
最初は残しておこうかと考えたが、救援に来るのは隣の町の自警団や駐屯している兵士達だ。
変な問題になってゴタゴタするくらいなら、ない方がいいだろうということで、ミルファの魔法で倉庫ごと焼き払った。
一応、戦闘の途中で火事になったということで口を合わせてある。
そして、残った二つの倉庫のうち、空っぽだった大き目の倉庫が村人の遺体安置の場所だ。
もっともシーツのような布で包んで放り込んでいるだけだが、人手が足りないので勘弁して欲しい。
ともかく、死体処理を黙々としていく。
あまり気分のいいものではないが、放置するわけにはいかない。
大量の死体の放置は、疫病や獣、魔物といった人に害のある存在の元になりかねないからだ。
そして、なんとか午前中にゴブリン、ホブゴブリンの死体のほとんどを穴に放り込むことが出来た。
もう汗だくだ。
「そろそろ休もうか…」
ノーラがそう提案してたが、彼女も汗だくだった。
「そうね、そうしましょうか…」
私はそう返事をすると、ニーを呼ぶ。
「ニー、ご飯食べに戻るわよ」
すると近くの家の屋根にいたのだろう。
ぴょんぴょんと身軽な動きでニーが地面に着地すると、こっちにダッシュで走ってきた。
どうやら、警戒して周っていたようだ。
「ニー。なんか妖しい事なかった?」
そう聞くと、ニーは首を横に振る。
どうやら問題ないようだ。
そんな私達をノーラは面白そうに見ている。
「まるでこっちの言ってる事がわかってるみたいだな」
「ええ。わかってるわよ。だって、この子、すごく頭いいからね」
そして、事の発端であるハルカの葉を捜してきたのはニーである事をノーラに伝える。
「驚いたな……。そりゃ、頭がいいってレベルじゃねぇよ」
そう言って、指でニーの頭を撫でるノーラ。
ニーも気持ち良さそうに目を細めている。
「お前も気に入ったぞ、ニー。これからよろしくな」
ノーラの言葉に、ニーは「ミィー」と返事をしたのだった。
作業羽中断し、井戸の近くで軽く水浴びをして汗を流す。
まぁ、私達以外誰もいないのだから、あまり気にしなくていいのだが、少し落ち着かない。
反対にノーラは、いつもと変わらずに水浴びをしていた。
なんか、たくましいなぁと思ってしまう。
そして、お昼は、リーナに渡した時に作り置きしていたサンドイッチと、簡単なスープ(村にあった生野菜とベーコンを使ったもので、あっさりした塩味)、それに果物とコーヒーだ。
かなり用意していたがあっという間になくなってしまった。
気分がどうとか、気持ちがどうとか言っても、やっぱり身体を動かすとお腹が減るようだ。
私も結構食べたし、ノーラは言わずもがなである。
ミルファが「午後からはそっちの作業の手伝いに回るから」と食べながら言ってきた。
「証拠とかは?」
「ちゃんと確保しているよ。まぁ。末端の小さな施設といった感じだし、それほど重要な書類はないみたいだしね」
「部屋の中とは探したのかい?」
「ええ。かなり探したけど、隠し金庫とかはなかったわ」
そう言って、少し間があった後、「本棚の後ろに隠し部屋はあったけどね」とミルファは付け加える。
「それだったら、そっちに……」
ノーラがいい終わらないうちにミルファがため息を吐いて言う。
「そこにあったのは、村長の個人的な隠し財産みたいだったわ。どうやら少しずつちょろまかして貯めてたみたい。もうね、事細かに今日いくつ増えたとか事細かに書いてあってね、見てる方はもううんざり……」
げんなりした表情からかなり大変だったのだろう。
「おつかれ」
「ごくろうさま」
ノーラと私は、それぞれねぎらいの言葉をかけるしかなかった。
ちなみに、ニーもミルファの肩に乗ると頬をとんとんと前足で軽く叩いて慰めていた。
やっぱり、ニーはいい子だね。
食事の後、少し休憩して、私達は作業を再開した。
午後からはミルファが増えたおかけで、かなり作業は進んでいった。
そして夕方近くになって、死体の処理と安置が終了した。
「ふう、終わったっ」
「お疲れ様っ。さっさと汗流して戻りましょうか」
「そうだな。さすがに疲れた。警戒の時に寝ないように注意しなきゃいけないな」
それぞれそんな事を言いつつ、井戸に向って軽く水で汗を流すことにした。
もっとも、流すといってもさすがに夕方になって少し温度が下がってきた為、また井戸水はよく冷えている為に浴びると冷たい。
だから、濡れたタオルで身体を拭くだけで済ます。
そして、私は夕食の準備。ミルファは警戒のセットの確認。ノーラは、武器の手入れとそれぞれ別々の仕事を始める。
夕食は、ベーコンを分厚く切って焼いたベーコンステーキ。それに野菜の練りこまれたパンであるパルメ。とろみのある乾燥野菜を入れた少し塩が強めのシチューのようなスープ。後は果物と果実を縛って作ったドリンクとコーヒーだ。
力仕事をしたのだから、塩分多目で肉食べなければ……。
不思議とそんな気持ちになっていた。
だからそんな事を思いつつ作ってみたのだった。
「ご飯できたよぉ」
私がそう言うと、まず現れたのはノーラだった。
「おっ。今日のもうまそうだな」
「口に合えばいいんだけどね」
「口を合わせるさ」
そう言うノーラに苦笑して言い返す。
「それって褒めてないと思うわよ」
「確かにな。悪い悪い」
そう言いつつも、すでに食べ始めている。
「ごめん。おそくなった」
そう言ってミルファも入ってくる。
彼女も午後から肉体労働をしたのだが、やはり普段あまりこういった事をしないためだろうか、かなり疲れている様子だ。
それでもやはり身体を動かしたためか食欲はあるらしく、ベーコンステーキにかぶりついていた。
「ステーキ、お代わりあるからね」
「おおっ。いいねぇ。こっち、お代わりだ」
ノーラがそう言って、空になった皿をだしてくる。
「はいはいっ。どうぞ」
何枚か焼いてて正解だった。
そう思って、皿にお代わりのベーコンステーキをのせて渡す。
「おおっ。きたきたっ」
「アキホ、私もっ」
「おっ、珍しいわねミルファがお代わりとか……」
私がそう言うと、ミルファが苦笑して答える。
「私自身が驚いてるわよ」
その言葉に、私とノーラが笑うと、苦笑していたミルファも笑った。
やはり、身体は正直なのだと……。
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